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第四話 変態来たる


「その特徴の男なら、一人心当たりがあるぞ」

「あるんだ…」


ソファーから半ばずり落ちる様にして脱力を表す。少し目眩いがしたので再び横になると、氷枕に強打した頭部を押し付けた。地味にひんやりとした冷たさが染みる。

あぁ、とタイムセールで手に入れた破格の牛肉を噛み締めながら教官は平然と鍋に箸を伸ばす。他の皆は鍋を待つ間、勝手に飲み比べを始めたかと思うと瞬く間に酔い潰れ、雑魚寝に入ってしまった。酒臭い寝息が部屋に充満しつつあったので、急いで窓を開けて換気を促す。

オズさんはそんな彼等に毛布を掛けたり、辺りに散らばったビールの缶の片付けに勤しんでいた。


「カーヴァ・ヤーグ。狂人と称された男だ」

「全裸だからね」

「まぁな。彼は我々と同じ貧困層百以降の地区出身の孤児でな、革命家だったんだ」


言葉の端が過去形になったということは、既に彼が故人であることを暗示していた。

教官は箸を置くと愁いを帯びた瞳を静かに閉じる。それは亡き革命家への哀悼の意であり、また追想であるように感じた。


「カーヴァ・ヤーグが全裸なのは何故か知っているか?」

「変態だからじゃないの?」

「…そうかもしれないが、一応理由はある。あれは一種のアピールなんだ。『俺達孤児は食料は疎か着るものさえままならず苦しんでいる』というな」

「発想がダイナミック過ぎるだろ。逆に伝わらないって」


呆れながら言うと、教官は苦笑して同意を示す。しかし、その口調や先程の様子から察するに、彼女は随分と亡き革命家に敬愛の念を抱いているようだ。


「あれは丁度、第一次領土戦争が終結した後だな。そう、明真が終らせてくれた…。結局、礼を言えず仕舞いだ」


感慨深げに呟き、室内を見回す教官から顔を背ける。頭は淡い痛みを伴って醒めない悪夢の様にフレディの言った言葉が延々と木霊していた。


―国を救った英雄は、英雄として期限切れになりますよね…。


―期限切れのものはいりません…。


―だから役目を終えた英雄は死にます…。


フレディの言うことも一理あるのかも知れない。そう思うと胸が塞がる。誰かの犠牲がなくては成り立たない世界など反吐が出る。


「望んでないよ、そんなもの…」

「あぁ、明真は望まないだろうな。きっと、当然のことをしたまでだと快活に笑い飛ばすだろう」


僕の呟きを聞いた教官は、僕の内心を知る由もなく小さく頷いた。


「戦争が終わった後、相次ぐ凶作によりミケガサキの食料は国民の15パーセント分しか残されていなかった。物価は高騰し、商人と言えど物が手に入らない。富裕層以外の多くの者が飢餓に苦しんだ。今の富裕層と貧困層を大きく隔てた起因の戦争と言えるだろう。そこで立ち上がったのが、カーヴァ・ヤーグだ」


一糸纏わず、夥しい蝿の群れを道連れにその男は城にやって来た。それが後に革命家と謳われし狂人狂人カーヴァ・ヤーグ。数百の騎士相手に無謀にもたった一人で挑んだ愚か者。


「いくら斬撃を食らおうとその歩み、鼓動が止まることはなく、敵を薙ぎ払う姿は猛々しき獣の如き。まさに肉を切らせて骨を断つ…それが狂人の所以だ。そう考えれば、お前も少し似ているな。自分を殺してでも他人を救おうとする」

「そうかなぁ…。で、カーヴァ・ヤーグはどうやって革命を起こしたのさ?」

「強いて言うなら、その身をもってだ。狂人カーヴァ・ヤーグは女神暗殺を企てた重罪人として公衆の面前で無残に処刑された。だがその日を境に、城では積極的に孤児を引き取る様になったし、配給も出回るようになって飢餓による死者はかなり減ったらしい」


革命というには呆気ないと思うかも知れないが、カーヴァ・ヤーグの目論見は成功したと言える。

死の淵に立たされた人間というのは自暴自棄になり、どうせ死ぬのならと突拍子もない行動に出やすい。

公開処刑で牽制を促そうが第一陣は既に出馬済みだ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。死にもの狂いの人間が彼に倣って城に攻め込まれては、ただでさえ戦力不足のミケガサキ兵になす術はない。


「…つまり、結果より攻め込んだという実績が彼の狙いだったのか。それさえあれば後は前に倣えだからね」


しかし、女神暗殺(未遂)とまでいかなくとも、城に攻め込んだだけで目的は達成出来ただろうに。


「カーヴァ・ヤーグですか…。確かに政権を握っていたのは女神様ですけど、真の政治担当者は参謀ですからねぇ。孤児だからその知識が無かったのでしょうが、何にせよ神に刃向かうとは恐れ多いことを仕出かしますね。しかも全裸で」

「それはそうだが、たった一人で数百もの騎士を相手に女神を追い詰める手前まで行ったんだ。力量としては相当のものだな。一軍人として手合わせ願いたくもあるし、間接的にも命の恩人だ。尊敬はする」


その言葉に先程からビールの缶の片付けに勤しんでいたオズさんが手を止めた。


「…つまりそれは、会いたいということですか?」

「まぁそうなるな」


なら丁度良かったと、オズさんは片付けの手を止め、窓辺に近寄るとおもむろにカーテンを開ける。


―そこには仁王立ちの変態が腕を組んで薄ら笑いを浮かべていた。


「ごふぉっ!」

「オズさん、オズさん!閉めて!カーテン閉めて!教官これでも女子だから!」

「ど、どういう意味だ、優真…」


鼻から白滝が出そうな勢いで盛大に咳込んだ教官の前に立ちはだかりながらオズさんに指示を飛ばす。


「何あれ!?何で庭で待ち構えてるんだ!?てか、いつから居たんだよ」

「いや〜、貴方を轢い…突き飛ばしてから連れ帰った時、玄関に立っていたので邪魔だったから庭にでも立ってろって言ったら、そこに立つもんですから困りましたよ。そのうち諦めて帰るかと思ったんですけど。…アンナさん大丈夫ですか?駆除、お願いしても」

「鬼か、あんたは!?」

「でもこのままじゃ、いつまでもあそこに立ってますよ?夜だから騒ぎになってませんが、朝になったら近所の方はどう思うのか…」


そんな訳で教官と共に玄関から出て庭の様子を窺う。教官は剣を、僕は大量の塩を装備済みだ。

孤児と聞いていたから、てっきり痩せ細った姿を想像していたが、身長に伴う筋肉の付き方を見るに根っからの孤児ではないらしい。むしろ、富裕層辺りの出と言った方がしっくりくる。無駄な出費を抑えるため捨てられたのか、はたまた戦争孤児であるのかどちらの確率も等しい。

どちらにせよ、女神様が仮初めの政権者であると彼は分かっていたはずだ。ならば何故、女神暗殺を企てる必要があったのだろうか。ただでさえ戦後の不安定な情勢だ。女神という存在の精神的な支え無しにミケガサキ市民は生きていけないだろうに。


「優真…、何と言うか挫けそうなんだが…。アレにどう攻撃を仕掛けろと言うのだ」

「分かった、じゃあ出来る限りで良いから援護をお願い。頼むから一人にしないでくれ。…僕だって挫けそうなんだ」


物思いに耽ることで現実逃避に走っていたが、教官の言葉でそれも遮られた。教官が恐れ戦くように、フレディ達が窮地に立たされたのも頷ける。全裸の男に攻撃って無理だろ。

『魔眼』を発動し、固有結界を構築、形成する。闇に包まれた風景が瞬く間に森林へと塗り変えられた。


「おぉ…。君が田中優真君かい?」

「えっ、あの、はい、そうです…。貴方はカーヴァ・ヤーグさんで間違いありませんか?」


視線は斜め45度に固定。視界にギリギリ肌色が映るかの際どいところだ。視界の端で変態は頷いた。


「如何にも。私の名はカーヴァ・ヤーグ。…そちらの麗しきお嬢様は?」

「…アンナ・ベルディウスだ」

「二人とも中々強いね。二対一…、このハンデは大きい。でも足りないな」


カーヴァ・ヤーグの鋭い視線が僕等を射抜く。品定めされるかの様な居心地の悪さに身震いしながら、それを払拭しようと会話を交える。


「あの〜、出来れば戦いたくないんですけど」

「その意見は大いに賛同するけど、残念ながら悪を見過ごす訳にはいかないんだよ」

「勇者系魔王と善良なる閻魔騎士なんで、どーぞ勘弁して下さい。なんなら百円あげますから」

「誰が閻魔だ、誰がっ」


教官が隣で青筋を浮かべなら激を飛ばす。容赦なく拳骨をお見舞いされた。


「いってぇ〜…」

「―優真君、だったかな?どうして君のみたいな子が『魔王』なんだろうね。僕にはそれが不思議でならないよ。多少歪んでいるにしろ、君は優しい。僕には彼女の考えがまるで分からないな。正直、心が痛むよ」

「その良心の呵責に免じて見逃して下さい」

「それが出来たら此処に居ないって」


ですよね〜と笑いたいけど笑えないこの状況を如何に打破するかが最大の問題である。向こうは全裸という無敵の鎧なる武器に対し、こちらは塩と剣。勝敗は火を見るより明らかだ。

教官はすっかり乙女モードに入ってるし、僕は僕でヘタレだ。仮に魔術で応戦するにも、片目だけの今の僕ではやはり力不足と言えよう。負けても白旗を上げても死しか待ち受けていないが、不死身の肉体を持ち合わせている以上死ぬことはない。だが相手は殺す気満々。つまりは平行線を辿ることになる。これを打開するにはやはり勝利しか道はないようだ。

溜め息と共に杖を掴むと身構える。教官も剣を構えて戦闘体勢に入った。


「『ビィーネの業炎』っ!」

「雷撃ッ!」


杖の宝石が僕の魔力に共鳴し禍々しい光を放つ。瞬時にカーヴァ・ヤーグの足元に形成された魔法陣から天をも焦がさんばかりの火柱が上がった。さらに教官が追い打ちをかけるように雷を落とす。槍の如く火柱を裂く勢いで落下した雷は、やがて大蛇のように火柱に纏わり付くと放電した。まばゆい光が火柱を包み、僕等は思わず目をつぶる。


「やったのか…?」


数分後、光が徐々に収まりつつあったので恐る恐る目を開ける。直後、僅かな風が髪を揺らした。目の前には黒い影が悠然と立ちはだかっている。


「え……」


頭が理解するより先に鈍い音と痛みがやってくる。遅れて骨の軋む嫌な感触がじわりと浸みてきた。体が吹っ飛び、受け身を取る間もなく強かに地面に打ち付けた。打ち付けた衝撃と肋骨何本かにヒビが入ったせいで呼吸が詰まる。思わず潰れた蛙のような声で呻く。


「優真っ!」


見兼ねた教官が電気を帯びた剣で斬り掛かるも、カーヴァ・ヤーグは流れるような動作で教官の神速の剣技を易々と避けていく。「くそっ…!」


流石の教官にも焦りの色が浮かぶ。教官の剣技は力より速さだ。そしてそれに見合うだけの洞察力があるのだから、僕等の誰よりも的確に相手を仕留めることに長けている。

僕の勘が正しければ、カーヴァ・ヤーグは彼女の剣技を見切って避けている訳ではない。恐らく、教官の方が無意識にもカーヴァ・ヤーグを避けているのだ。


「当たり前か…。性格がアレとはいえ、嫁入り前の花も恥じらう乙女だぞ」

「無事ならとっとと加勢しろ!」

「勝ち目のない戦いには加勢しない主義なんだ」


加勢しても二の舞を踏むのは目に見えている。

教官の剣ではカーヴァ・ヤーグは倒せない。しかし、カーヴァ・ヤーグの方も相手が女性だからなのか反撃に打って出る素振りはないところを見ると、こちらがやや有利…いや、これもハンデの一つか。

僕と教官が束になって挑んでも刺し違えられればまだいい方だ。それも結構な賭けである。


「くそっ…!全裸じゃなければ躊躇しないのに…」


これに関しては今までで一番下らない悩みだと自負出来る。

固有結界の陣に一手間加えれば空間ごと潰すことが可能だがそれは外道の所業だ。それに片目だけじゃ新たに陣を形成出来ない。

誰か、誰かいないのか!?それなりに高い戦闘能力を持っていて、全裸の変態に対して躊躇しない奴!


「………………………………………………………あ」

一人、思い当たったぞ。


「ぐうっ」


甲高い音を響かせて教官の剣が弾き飛ばされた。剣は宙を舞い、放物線を描きながら地面に突き刺さる。


「優真、行ったぞ!」

「あぁっ!」


返事をすると共に地鳴りを響かせて変態が突進して来た。その距離僅か五十メートル。僕が陣を形成するのが先か、カーヴァ・ヤーグが僕を殴り殺すのが先か。杖を片手に爪先で乱暴に陣を描く。


「召かっ…」


僕の声に呼応して陣が輝き出す。そうはさせじとカーヴァ・ヤーグはいつの間にか握っていた土を投げつけた。思い掛けぬ攻撃に僅かに怯み、陣の発動が遅れる。―瞬間、視界がぶれた。脳天を揺さ振る振動は死角をついた打撃によるもの。

―不覚にも侮った。僕がカーヴァ・ヤーグの行動を注視していたのと同じ様に、彼もまた教官の攻撃を交わしながら既にこちらの打つ手を読んでいたのだろう。

『魔眼』を持っているならわざわざ陣を描いて形成する必要はない。最初の『ビィーネの業炎』も空気中に漂う魔力分子をこちらが魔力を発することで呼応させ結合させた不安定な陣だ。形成が早い分、陣は輪郭がぼけた様に曖昧で、その威力が十分に発揮されない。まぁ、発揮されてもカーヴァ・ヤーグは手傷一つ負わないだろうが。

恐らく、その時点で疑問視していたと思う。しかし、僕が陣を描くその行動により疑問が確信に変わったのが分かる。

陣を消しにかかろうと地をスライドしながら、僕の死角を突いて横殴りこめかみをえぐるように拳が減り込む。土を投げたことにより体重が乗っかり切っていなかったことが幸いと言えよう。そのまま地面に押し付けられるようにして殴り倒された。地を穿つほどの衝撃に、辺りは濛々と土埃が蔓延し視界を濁らせる。


「優真っ!?」


辺りを覆う土埃と轟音に混じって教官の切羽詰まった声が聞こえた。それを嘲笑うように肉を断つ独特の音が響き渡る。少し遅れて、種明かしとばかりに風が土埃を連れ去ってゆく。

余韻のようにうっすらと重なり合うシルエットが浮かび上がった。


「セキュリティーシステム・コード0724カルマ。先日振りですね、タマさん」


埃が晴れた時、淡々とした無表情の、しかしとても美しい少女が立っていた。手にはナイフが握られており、鈍く輝く刃からは赤い血が滴っている。


「敵に『召喚』されるとは不本意でしたが、私とタマさんの仲です。貸し一ということで」


やはり淡々と、しかしどこか楽しそうにカルマは言い放った。

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