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4 医療行為(Side Ricardo)

(あの女の子なら、さっき竜舎に来たよ。今は、ブレンダンとクライヴと居るみたいだよ)


 心配になり家に帰れば、居るはずのスイレンが居ない。


 慌てて竜舎にやって来たリカルドに、呼ばれたワーウィックは面倒くさそうに答えた。


 近くに居た騎士見習いに言って、気乗りしない様子の赤い竜に急いで鞍をつけさせる。式典用の正騎士服は見た目華やかだが、動きづらい。だが、この後も面倒な予定があるために、着替えている暇がなかった。


 リカルドはとにかくやる気のないワーウィックを急かして、空へと舞い上がる。


 竜同士は近距離であれば、お互いの気配がわかる。


 ワーウィックが近くの空を飛んでいたクライヴを見つけるまでに、そう長くはかからなかった。


(あ。あの女の子。ブレンダンが、あんなに近づいてる、どうするの? リカルド)


 青い竜クライヴの背に乗り、寄り添っている二人を見て少し面白そうな声でワーウィックはリカルドに尋ねた。


 リカルドはスイレンに顔を近づけているブレンダンを見て、頭に血が上る前に逆に冷静になった。


(この距離にこの角度か。あいつなら、すぐに躱す事も可能だろう。まあ、当たってもクライヴの背に乗っているから、竜の守護はあるはずだし。あのバカの背中が、軽い火傷を負うくらいだな)


 スイレンには危険は絶対にないという計算をして、リカルドはワーウィックに言った。


(ブレンダンに向けて、ブレスを吐け。ワーウィック)


(えーっ! 万が一にでも、女の子に当たったらどうするんだよ。リカルド)


 戸惑う相棒の声が、聞こえてくる。


(あいつは何をどう間違っても、女の子のスイレンに当てるような真似はしないだろう)


 そこに関しては、ブレンダンに対して妙な信頼感があった。それに、クライヴはこちらの気配に気が付いている。ブレンダンがスイレンに見惚れて何もしなくても、あの聡い竜が何とかするだろう。


 リカルドの本気を感じたワーウィックは、口の中に力を溜め始める。


(正確に狙えよ)


(うるさいなぁ。もう。気が散るから。リカルドは、黙っていてよ)


 ブレンダンから奪い返したスイレンに花を貰ったワーウィックは、今までに見たことがないほどに上機嫌になっていた。すこぶる機嫌の良い時の、鳴き声をしている。この声を聞くのは、久しぶりだった。


 一方、リカルドは華やかなお洒落をしているスイレンを、後ろから抱き竦め落ち着かない気持ちで胸はいっぱいだった。


(服を買ったのが、ブレンダンなのは気に食わないが……どこからどう見ても、妖精以上に可愛い。存在しているのが、信じられない)


 リカルドは伝承に聞く妖精を直接見たことはないが、きっと存在しているんだとしてもこのスイレンには敵うまいと思った。彼女の細い体に良く合ったドレスを着て、リカルドには何がどうなっているか全くわからない凝った髪型をしていた。


 それに……ただでさえ可愛い顔に、化粧もしていた。


(その愛らしい唇を、今奪うことが出来たら……)


 そんな不埒なことを考えていたリカルドの頭の中に、スイレンに夢中になって存在をすっかり忘れていたワーウィックの声が響いた。


(ねえ。リカルド。このお花甘いからもっと欲しいって言って。それにスイレンのことが気に入ったから、いつでも会いに行くから、会いたくなったら呼んでくれても良い。さっきのクライヴなんかより、僕の方が魔力も多いし。レベルだって高い。飛行だって早いし、優れているのは僕の方だよ)


 年齢の近いブレンダンの竜クライヴを、以前からライバル視しているワーウィックは言った。


 どうにもクライヴがスイレンの花を先に食べていて、それを去り際にワーウィックに自慢していたのがとても気に食わないらしい。


 ワーウィックとクライヴは同じ時期に生まれたらしく、持って生まれた性質が真逆のせいか良く争っている。


 レベルは抜きつ抜かれつだからそう変わらない気もするが、さっきの話からすると現在はワーウィックの方が高いらしい。


 スイレンにワーウィックの言葉をきちんと説明してやると、やっと満足気な声を出した。


(……リカルド。スイレンは、可愛い格好しているんだからちゃんと褒めてあげなよ。なんで君は、そんなに不器用なんだろうね。貴族なんだから心にもないことも言わなきゃいけない身分だろうに。心から大声で叫んでいることくらい、口にしなよ)


 家に帰るために下降をし始めたワーウィックは、呆れたようにリカルドに言った。


 リカルドだって、それは痛いほどに理解していた。


 頭の中にはどう言えば良いか、こういう時に使う賞賛の言葉が渦巻いている。迷って迷って末に、口から出て来た言葉はワーウィックに(もっと上手い言い方出来なかったの?)と、呆れられるものではあったが。



◇◆◇



 スイレンと妹のクラリスの二人は、同じ年頃ということもあって意気投合したみたいだった。その事実に、リカルドは安心して胸を撫で下ろしていた。


 唯一の肉親であり、武骨な自分とは違い、貴族として処世術に長け抜け目のないクラリスに気に入られれば、スイレンと結婚してもそう障害もあるまい。


 クラリスの病気に、スイレンはひとつの推論を示してくれた。彼女の住んでいたガヴェアでは良くある症状らしい。


 もしその推論が当たっていたなら、もう治らないと思っていたクラリスの病状も良くなるかもしれない。


 とりあえず、自分の持っている仕事がひと段落したら調べてみようということで、その話は落ち着いた。


(リカルドリカルドリカルド)


 その日の夜は、溜めていた書類仕事を家に持ち込んで処理をしていたため、リカルドが寝たのは真夜中になってからだ。


 深い眠りの中で、泣きそうなワーウィックの声が呼んでいるような気がした。彼の声がまた頭の中で繰り返されて、リカルドは慌てて飛び起きた。


(……ワーウィック? 何があった?)


(大変なんだ。早く起きて! スイレンが!)


 起きたての頭に、一気に情報が流し込まれた。


 寒い高山の岩場で、黒い裂け目に落ちてしまうスイレンの映像も。


 リカルドはとにかく寒い場所に行く用の服に着替えて、戸棚から適当な冬服を掴むと、窓から飛び降りた。


 ワーウィックは、背に鞍を載せていない。帰りにスイレンを連れ帰ることを考えれば、一度竜舎に行くしかないだろう。



◇◆◇



 最速の速度で飛行したワーウィックは、件の岩場まで辿り着くと、リカルドをスイレンの落ちた岩の裂け目まで早く早くと急かした。


 リカルドが大きな裂け目に入り込めば、意識を失っているスイレンは倒れ込んでいた。


 その手には、鮮やかな黄色の花だ。スイレンの細い体を触れば、ひどく冷たい。


 急いで冬用の大きなマントで包み込めば、冷たくなった肌を直接温めるために彼女の服を脱がせた。下着と体に似合わぬ大きな膨らみも見えて、リカルドの頭に血が昇る。


(これは、医療行為だ)


 そう言い聞かせて、温めるためにリカルドも服を慌てて脱いだ。


 ヒヤリとした肌の感覚が、触れている部分全体に当たった。


 スイレンの冷たくなっている身体を抱き締めて、こんな時なのにある部分が固くなり始めるのを感じていた。


 初めて見るスイレンの寝顔は、可愛い。それに、彼女からは花のような良い匂いがする。あどけない寝顔に、キスがしたくなって堪らなかった。


 何度か名前を呼び掛ければ、スイレンははっとして目を覚ました。


 無事に意識を取り戻した事実にほっと安心したが、このままでずっと抱いていたい気もしてリカルドは複雑な思いだった。


 ぎゅっとスイレンの身体を抱きしめれば、この状況に動揺しているのか顔が真っ赤になっていた。


 やきもきしながら外で待っているワーウィックからの急かす声に心の中で応えながら、マントの中でスイレンに服を着せてあげた。


 ぶかぶかでサイズの合わないリカルドの服を着ているスイレンは、本当に可愛かった。


(スイレン! 無事で、良かった。今度デートする時は、絶対にもう離れないからね)


 甘えるように声を掛けたワーウィックに、リカルドは大人気ないことを言いながらその背に乗った。


 後ろから抱え込んだ柔らかな温かな体を、失わずに済んで良かったと心から思う。


 スイレンは心配をかけてしまったせめてものお詫びにと、帰る途中、ワーウィックに花を出してあげていた。


 竜にはその花がひどく甘く思えるらしく、お菓子をねだる子供のようにもっともっとと高い声を出して甘えている。


 あまり食べると太るぞ、と言ったら(これを食べて太るんだったら本望だよ)と、振り返って満足げなどや顔をされた。


(それはそうとして、お前。飛べなくなったらどうするんだ)


 黙ったまま呆れた顔をするリカルドを不思議に思ったのか、スイレンは振り返って首を傾げた。


 彼女の微笑んだ顔を朝日が照らし、とても綺麗だったのが印象的だった。



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