2-10 早く
全員が家へと揃いいつも通りの夕食が終わって、後片付けを済ませた。
テレザも挨拶をして家へと帰り、三人でのんびりと寛いでいたら、リカルドはワーウィックに向かって言った。
「ワーウィック。お前。今日は、竜舎に帰れ」
彼の言葉を聞いたワーウィックは、半眼になってリカルドとスイレンの二人を見比べた。彼からの視線に、スイレンは少し居心地悪くなってしまった。
(……別に。これから、何か悪いことをする訳ではないんだけど……なんか、照れくさいし恥ずかしい……)
「……まあ……今夜は、仕方ないか。邪魔しないよ。スイレン。何かあったら、僕の名前を呼ぶんだよ。絶対に、助けてあげるからね」
息をついて真顔でそう言ったワーウィックに、スイレンは苦笑して頷いた。
(……ワーウィックが心配しているようなことには、ならないと思うけど。あ……そういえば)
「ねえ。ワーウィック」
スイレンに呼びかけられたワーウィックは、首を傾げて彼女を見た。
可愛らしい彼の仕草に、思わず笑みが溢れてしまう。この可愛いらしい少年が、その気になったら、しごく簡単に自分を殺せてしまう恐ろしい存在だとしても。
「クライヴから、聞いたんだけど……リカルド様とあのジャック・ロイドの二人は、最後まで貴方との契約を争っていたんでしょう? 何故、最後にリカルド様を選んだのか。その理由を聞いても良い?」
スイレンの疑問に、腕を組んだワーウィックはうーんと小さく唸った。
リカルドは余裕のある表情で、ゆったりと座って二人のやりとりを見ていた。
当事者であるジャック・ロイドは、きっとそれを知りたかったはずだ。
竜との契約を諦めなければならないが、諦められない気持ち。そして、選ばれたリカルドを憎んだ。黒い感情が増幅して、あの凶行に至ったとすれば、その理由を知ってみたかった。
「……髪の色?」
ワーウィックが言った思わぬ理由に、スイレンは両手で口を押えて吹き出した。
(リカルド様の鮮やかな赤い髪は、確かにワーウィックの鱗の紅色と、とっても相性が良さそうだけど……)
「おい。ワーウィック。真面目に答えろ」
目を眇めたリカルドに言われたワーウィックは、ぺろと舌を出し揶揄うように言った。
「……まあ。竜との契約を争うまで来た竜騎士見習いはさ。正直言えば、能力的には誰が選ばれても、おかしくはないよ。ジャック・ロイドにはね……持って生まれた美しさのせいもあるかもしれない。どうしても、他人を見下すところがあった。けど、リカルドはただただ竜騎士になりたいだけだった。他に何も考えてなかったからね。それでかな」
「そうなのね」
そんな理由だったのかと、スイレンは真剣な顔で聞いて頷いた。
(私にはわからないけど……確かに彼ほど美しかったら。他人を見下すようにもなるのかしら)
納得した様子のスイレンを、リカルドは複雑な顔で見ている。
「でも。まあ、正直言えば好みの問題だから。ジャック・ロイドはこういった好みを持つ僕を選び運が悪かった。他の竜は、また違った考えをするかもしれないね。だが、選ばれなかった事実を逆恨みして、罪を犯したのはジャック・ロイド自身の選択だ。僕に選ばれなかったとて、どうしても竜騎士になりたかったのなら。他の竜との契約を争う道も、あったはずだ。何の罪もないリカルドを潰すために、これからの人生を全て投げ打ったんだから。本当に馬鹿だったんだなと、言うより他ないよ」
ワーウィックは自分の過去の選択が産んだ思わぬ事態に、複雑そうな表情を見せた。
「ただ……生きていく上で、大事なものは人それぞれ違うからね。他の誰から見てもおかしいと思うようなことでも、本人は大真面目だったりする。あの時に僕に選ばれなかったという事実は、彼にとってはそれほど大事なことだったんだろう」
ワーウィックはそう言うなり立ち上がると、リカルドを人差し指で指差した。
「明日。朝には、帰ってくるからね。スイレンは疲れているんだから。あまり無理させるなよ」
「……何も考えてなかったは、語弊があるだろう」
ワーウィックのさっきの言葉が、引っかかっていたのだろう。リカルドは、不満そうな顔になっている。
ワーウィックは肩を竦めながら、それを受け流した。
「別に……何も、間違ってないよ。あの頃はただ、竜騎士になりたいだけだったリカルド少年に、今はスイレンのことが好きで仕方ないって気持ちだけが加わっただけ。一応、君も貴族なんだから、少しは裏に考えを持ったら?」
軽い足取りでスイレンに小さく手を振って去っていくワーウィックに向かって、リカルドは近くにあったクッションを投げた。




