ラムダの思い出:彼女が一番幸せだった時
「もっともーっと……ほらほら、ふたりともくっ付いて!」
「シータさん、恥ずかしいよ……///」
「そ、そんな……殿方とこんなに密着するなんて……わたし、恥ずかしい……///」
――――眼を瞑れば色鮮やかに蘇るあの日の思い出。在りし日の『彼女』の姿。
冬の手前、ある秋の日の昼下り。
パルフェグラッセ邸、オリビアの部屋――――人形や絵本が所狭しと列べられた夢見る少女の私室で仲睦まじく椅子に座って、ぎこちなく笑うのは礼服とドレスに見を包んだ幼いふたりの少年少女。
「せっかくの『婚姻記念』でパルフェグラッセ夫妻が用意してくださった機会なんですから、もっと笑って笑って……ほら、まるで新婚さんのように『ラブラブ♡』って感じでー!」
「もう……僕たちまだ結婚してないよ///」
「うぅ……そう言われると余計に恥ずかしいですぅ……/// まだ結婚を了承した訳じゃないのにぃ……///」
未来の夫婦の在りし日の姿を肖像に納めよう――――そう提案したオリビアの両親とエンシェント家のお節介なメイドの計らいで実現したその日の出来事。
俺とオリビアの婚姻を『肖像画』にして既成事実にしたい大人たちの謀――――そうは思っていても、好きな子の隣で、まるで『夫婦』のように並んで絵にされるのはなんだかとても恥ずかしくて。
けれど、そんな大人の事情も、幼い子どもたちのこそばゆい心情もどこ吹く風と『彼女』は筆を握って俺たちとにらめっこしている絵師の後ろで騒ぎ立てる。
「もっと引っ付いて、もっともっと身体を密着させて……何ならもう“チュー♡”しちゃう勢いで抱き合ってーーッ!!」
「あの……すみません、メイドさん……」
「あ〜〜、その恥ずかしそうな笑顔、最高っ!! もっとわたしにふたりのあつ~い姿を見せて〜〜♡」
「シータさん……あの、絵を描く人が……」
「眉をひそめているんですが……」
絵師の後ろで『彼女』はくるくると回りながら自身の欲望を垂れ流しにして俺たちが恥ずかしがる姿を楽しむ。
あぁ、なんと意地の悪い人なんだろうか……それとも、単純なだけか。それでも、今まで見たことも無いような、まるで“子ども”のようなはしゃぎっぷりで『彼女』は笑っている。
今にして思えば……きっと、それが『彼女』の生きる意味だったのだろう――――幼い我が子の“幸せ”を願う、母としての想い。
その笑顔は屈託なく、幸福に満ち、希望に溢れて。
「遠慮しないで、さぁさぁ、わたしにふたりのあつい姿を――――」
「あの、すみませんメイドさん! 気が散って絵が掛けないんでもう少し静かにしてて貰えませんか!?」
「――――はぃ……たいへん申し訳ございませんでしたぁ…………」
「シータさん……」
あまりにもはしゃぎ過ぎて絵師に怒られて、借りてきた猫のようにしおらしくなる『彼女』。その打って変わりっぷりは、あまりにもおかしくて、面白くて……とても、幸せそうで。
きっと、そんな『彼女』だからこそ、オリビアも心を許したんだろう。
「…………ぷっ、あはは……あははははは!」
「…………ふふっ、シータさんったら……うふふふ!」
「あーーッ!? ラムダ様もオリビア様も笑うなんてヒドい! わたしは真剣なのにーーッ!」
「…………あっ、笑顔が柔らかくなった! 今なら良い肖像が描けそうだ……!」
笑い合う少年と少女、恥ずかしそうにふくれっ面をする『彼女』――――あぁ、懐かしい。あの時は、とても幸せだった。
「ねぇ、シータさんも一緒に肖像画に入ろうよ!」
「えぇ!? で、ですがわたしは一介のメイド……おふたりの記念の肖像画に紛れるなんて畏れ多いですぅ……///」
「一緒に入りましょ、シータさん? 絵師さんも良いでしょうか?」
「良いですよー、メイドさんが一緒に居たほうがおふたりの表情も柔らかくなりそうですしー」
「あ……あぅ……/// そ、そんなぁ〜」
「さぁ、シータさん早く! 貴女は……僕たちの『お母さん』みたいな人なんだから、遠慮なんてしないで!」
「――――っ! …………はい、仕方ありませんね、ラムダ様……♪ このシータ=カミング、一肌脱ぎます!」
「うわぁーーッ!? なにいきなりメイド服を脱ぎ始めているんですかシータさん!?」
「ふ、服は着たままで大丈夫ですからーーッ///」
【死の商人】と決着を付けて、宿屋のベットで横になっていた時にオリビアが教えてくれた――――彼女の部屋には、まだその時の肖像画が掛けられていると。
読み漁り過ぎて項がしわくちゃになった魔導書よりも、身体を鍛えるためにこっそり買った運動具よりも、クローゼットに仕舞われた高価な衣装よりも大切な…………オリビアの一番の『宝物』。
椅子に座って夫婦のように手を繋いで微笑む金髪蒼眼の少年と雪髪紫眼の少女、ふたりの後ろに立って母親のように微笑む黒い髪と青い瞳の天使の肖像――――在りし日の思い出を切り取った一枚。
あの冬の日、『彼女』を喪って、その肖像画を見るのも辛くて、一度は外そうとオリビアは思い詰め、それでも……どうしても外せなかった大切な思い出。
オリビアは言う――――今なら、またあの肖像画を笑顔で見れると。
「おふたりとも、末永く……幸せになってくださいね。それだけが……わたしの望みです」
シータ=カミング……愛しき我が騎士、愛しき我が母よ――――どうか安らかに、おやすみなさい。
これにて3章完結となります。
ややシリアスなストーリーでしたが、いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたなら幸いです。
次回からは第4章『“逆光時間神殿”ヴェニ・クラス編』を開始していきますので、変わらずの応援よろしくお願い致します。
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