第83話:終幕
「ありがとうございます、トリニティ卿……兄さんに、こんな立派な墓を建立してくれて……」
「彼は……ゼクス=エンシェント卿は紛れもなく、【死の商人】メメント討伐の立役者……如何にあなたを殺そうとした“悪”であったとしても……メメントに対しての彼の行動は――――己のが“騎士道”に殉じたものだったのでしょう……!」
「兄さん……」
――――“享楽の都”【アモーレム】共同墓地、【死の商人】メメントの討伐から三日後。
俺たち【ベルヴェルク】とトリニティ卿、そしてシャルロットの8名は第三師団の騎士たちが見守る中、この墓地に建立されたゼクス=エンシェントの墓標に花を手向けていた。
黒曜石で造られた墓標に刻まれた名は『“死神殺しの騎士”ゼクス=エンシェント』――――命を賭して【死の商人】に抗った、愚かしくも不器用な我が兄の名。
「ラムダさん……」
「いいんだ、ノア……。ゼクス兄さんは、俺を殺そうとして、メメントを討とうとして……欲張って死んだ…………こう言うの、『諺』で何て言うの?」
「…………『二兎追う者は一兎も得ず』…………!」
「そういう事さ……ただ、それだけの話だよ」
「ゼクス様……ツヴァイ様が哀しみますよ……!」
「アインス卿とツヴァイ卿には……わたしからゼクス卿の訃報と……彼の武勇を伝えます……ラムダ卿、どうか気を落とさないで」
命を賭してメメントに対する決定打を与え、そして俺に全てを託して死んで――――兄さんは『英雄』となった。
その“死”は痛ましく、悲しい事だけど――――兄さんの“死”には確かに意味があった。だから、俺は俯かない……ゼクス=エンシェントの『生きた証』を胸に、俺は生きていく。
「兄さん……ちゃんとメメントは倒したよ…………ありがとう。俺は、もう行くよ…………さようなら、ゼクス兄さん……!」
「王立ダモクレス騎士団の騎士たちよ! 【死の商人】メメント討伐に尽力した英雄――――ゼクス=エンシェントに敬礼!!」
憧れの騎士たちに敬意を称されて、ゼクス=エンシェントは眠りに付く――――さようなら、我が兄よ……忌々しく、嫌味ったらしく、傲慢な……血を分けた不器用な兄さんよ。
王立騎士になる機会を棒に振ってまで、俺との決着を望んだ黒騎士よ。
どうか、安らかに。
「シャルロット様、王都まで我ら第三師団がお送りします」
「ありがとうございますわ、トリニティ卿……! さて、ラムダ卿……流石は私の従兄弟――――貴方の勇姿、このシャルロット……深く胸を打たれましたわ!」
「えっ……? シャルロットさんってラムダさんの従兄弟だったんですか……?」
「えぇ……まぁ……」
ゼクス兄さんの墓標から立ち去る王立騎士団の面々を尻目に、俺に別れの挨拶を送るシャルロット。何を隠そう、このシャルロット=エシャロットはエンシェント家とは縁のある家系――――エシャロット家当主の娘がシャルロットであり、当主の妹が俺の父さんの妻『ツェーン=エンシェント』だ。
つまり、シャルロットはエンシェント家の従兄弟であっても、『シータ=カミング』の息子である俺とは血は繋がらない……なんとも複雑な関係である。
しかし、ラムダ=エンシェントの出自はあくまでも『秘密』――――事が公になれば、俺はアハトとシータの“不義の子”として何かしらの不利益を被るだろう。
故に、シャルロットが真実に気付くことは……恐らく無い。
「もうすぐ、私も『神授の儀』を受ける……その後は、貴方のお力になれるように精進致しましわ!」
「あれ……? シャルロットさん、まだ14歳だったの……!?」
「ありがとう、シャルロット……! お陰で、俺は大事な人の仇を討てたよ」
「…………なら、やはり私の存在は必要不可欠でしたのね……うふふ……オーッホッホッホ!! また、お会いしましょう……ラムダ=エンシェント卿!」」
「うるせぇ……」
気高く、喧しく、勇敢で――――“悪役令嬢”とは名ばかりの“正義の伯爵令嬢”シャルロット=エシャロットは再会を誓い、一時の別れを惜しむ。
「た、大変です、トリニティ卿……!! レ……レティシア殿下が……その………し、失踪されました!!」
「…………あ〜、お花がきれい〜♡」
「トリニティ卿! 現実逃避して花を愛でている場合ではありません!! 急ぎレティシア殿下の捜索を!!」
「はわわ……レ、レティシア様が居なくなったなんて…………陛下になんて言い訳すれば……!?」
「な、何を可愛らしい仕草で慌てているのですか、トリニティ卿!? 急ぎレティシア様をお探し致しませんと!!」
「だ……第三師団!! 直ちに消えたレティシア様を……お、お探しします〜……!!」
どうやら、シャルロットとトリニティに別れの余韻に浸る時間は無さそうだが。レティシアが消えたと一報を受けて、シャルロットとトリニティ率いる第三師団の騎士たちは慌ただしく撤収の準備を始める。
恐れを知らぬ王立ダモクレス騎士団にも、弱点はあるらしい。
「ラ、ラムダ卿……! それでは、火急の用事が出来ましたのでこれで失礼致しますね〜〜うふふふふ〜!!」
「あ、ありがとうございます……トリニティ卿……」
「また近いうちに王都でお会いしましょうね…………それでは~、騎士団よ、急ぎなさーい!!」
「またですわー!! ラムダ卿ーっ!!」
「さようならー! また会いましょー!」
急ぎ足で駆けていくトリニティ率いる第三師団と、メイドに抱えられてこちらに手を振りながら去って行くシャルロット――――“死”の螺旋の中で巡り合った新たな出会い、その別れは些か慌ただしく。
美しきエルフの騎士と高貴なる伯爵令嬢は風のように去っていった。
「…………近いうちに王都で? どう意味だろ、ノア?」
「さぁ……? しばらくは王都に居るんじゃ無いでしょうか?」
「ふ~ん……」
「それよりもラムダさん……ルージュちゃんの件、分かってますよね?」
「あぁ……そうだな……」
ゼクス兄さんの墓の前に残ったのは俺たちだけ。なら、いよいよ『その時』はやって来た―――――リリエット=ルージュの断罪の時。
魔王軍を率いてラジアータ村を壊滅させ、ミリアリアの両親や村人達を嘲笑いながら鏖殺した【吸血淫魔】への裁きの時。
ルージュは俺の前に跪き、自らの首に裁きの刃が振り下ろされるのを静かに待っていた。
「ルージュ……」
「御主人様……いいえ、ラムダ=エンシェント様…………私を……私をメメントの魔の手から救っていただきありがとう御座います……! この御恩は忘れません……たとえ、今ここで首を刎ねられたとしても……!」
右手に“魂剣”を握り締めてルージュの首に刃を添える。
彼女は……人を殺し過ぎた。無関係な……戦う意志も、死ぬ覚悟も持たない、平和を愛していた罪なき人々を嘲笑いながら殺してまわった――――許されるべきでは無い。
オリビアも、コレットも、ノアも、何も言わずにルージュを見つめる。いかに魔族と言えど人間に組みした以上、避けては通れぬ運命だ……たとえ、裁かれて命を落としたとしても。
「言い訳や弁明があるなら聞き届ける……リリエット=ルージュ……!」
「ありません……私は人間を殺した…………ただ、それだけ――――名誉ある騎士となられた貴方の側に仕える資格は……もうありません」
「…………」
「泡沫の夢を観させてくれて……人間を憎み続けた私に手を差し伸べてくれて…………ありがとう御座いました……! 我が主……ラムダ様……!」
ルージュの瞳から流れる雫――――後悔の涙。
彼女はきっと後悔しているのだろう……復讐に囚われ、メメントと契り、燃えるような復讐心に踊らされて人を殺した事を。
けれど、ルージュはそれを口にしなかった。言い訳にしたく無かったのだろう……罪を受け入れている証だ。
だから――――
「君にはリリエット=ルージュは裁けない……優しいね、ラムダさんは……!」
「アリア……」
――――ミリアリアの指摘通り、俺には……どうしてもルージュに白刃を振ることは出来なかった。
ルージュはメメントとは違う――――きっと、やり直せると……信じてしまったから。
けれど、彼女に両親を殺されたミリアリアは違う。
許さない筈だ、憎い筈だ、殺したい筈だ――――腰に掛けた片手剣を引き抜いて、ミリアリアはルージュの首に刃を当てる。
それを、俺に止める資格は無い。
俺は陪審ではない……そも、リリエット=ルージュを裁く権利も資格も無い、これは俺自身のただの独善なのだから。
「僕の父さんと母さんを殺した悪魔め……! 許さない……僕は、お前を絶対に許さない……!!」
「…………ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「父さんも母さんも……なんにも悪いことしなくて……僕を愛してくれたのに…………お前が奪ったんだ!! 僕の大事な家族を…………お前が……お前が……うぅ、うぅうううう……!!」
「ごめんなさい……貴女の家族を……奪って…………ごめんなさい……!!」
ボロボロと涙を流しながらルージュを罵るミリアリア、彼女の怒りにただただ懺悔するしかないルージュ。
母さんを奪ったメメントを俺が憎んだように、両親を奪ったルージュを憎むミリアリア――――分かっている、避けようの無い結末だ。
「ミリアちゃん……後悔しないの?」
「うぅ……うぅうう…………うぁああああああああ!!」
「――――――ッ!!」
「いや……ッ!」
ノアの一言に少しだけ戸惑い、それを振り切るように剣を振り上げるミリアリア。オリビアが眼を背け、コレットとノアと俺が見守る中――――断罪の時が来たる。
「――――ぎゃあッ!?」
「ひ……平打ち……!!」
「ミリアちゃん……!」
剣の側面でルージュの頭部を強打したミリアリア――――『平打ち』と呼ばれる“不殺”の一撃。
それが、ミリアリアが出した答え、ルージュに下された断罪。
「〜〜〜〜ッ!! ど、どうして……私は、貴女の両親を愉しんで殺したのよ!? どうして許すの……!?」
「許してなんかいない……!! リリエット=ルージュ……お前は、生きて償え!! 僕の両親を……ラジアータのみんなを殺した罪を……生きて……償え……!!」
「…………あぁ…………あぁああ…………!!」
「僕の大事な人たちの“死”に――――意味を持たせろ!! 殺した数以上の人間をお前が救え!! それが……それが、お前の裁きだ――――リリエット=ルージュ!!」
「あぁああ――――あぁああああああん!!」
勇者はあらん限りの勇気を持ってルージュを処さなかった――――生きて償え、俺と同じ結論に至ったのだ。
「これで……良いんだよね…………お父さん、お母さん……!! うぅ……うぁああああああん!!」
空を見上げて慟哭の涙を流すミリアリアと、自身に与えられた贖罪の機会に涙を流すルージュ――――ふたりの少女の涙は、悲しく木霊する。
【勇者】ミリアリア=リリーレッドの決断。それは、人間を憎悪し続けたリリエット=ルージュが改心する為のささやかな……それでいて大きなきっかけ。
汝、人を愛せよ……と。
「御主人様……私は、人間が大っ嫌いでした……パパとママを愉しんで殺した人間が、憎くて憎くて仕方が無かった……!! でも……今は違う……」
「ルージュ……」
「人間にもいい人が居るんだって、御主人様たちが教えてくれた……だから、私は……人間と魔族を和解させたい…………それが、私の新しい願い……!」
「人間と魔族の和解……! そんな事、今まで誰も出来たこと無い……不可能よ……!」
「だからって、最初から諦めていたら……一生出来ないままよ、オリビア……! 魔王軍は……“暴食の魔王”グラトニス様は――――私が止める。この身命に懸けて……!!」
力強く大地を踏みしめて、かつての鏖殺者――――【吸血淫魔】は再起する。
俺に頭を垂れ、自らの素性の全てを曝け出して……リリエット=ルージュは誓う。
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名前:リリエット=ルージュ
年齢:19 総合能力ランク:Lv.25(弱体化)
体力:120/130 魔力:230/230
攻撃力:150 防御力:50
筋力:60 耐久:40
知力:140 技量:100
敏捷:160 運:15
冒険者ランク:なし 所属ギルド:【魔王軍】→【ベルヴェルク】
職業:【吸血淫魔:Lv.4(弱体化)】(MP・魔力・敏捷に成長ボーナス)
固有スキル:【吸血搾精:Lv.4(弱体化)】
保有技能:【吸血:Lv.4】【魅了:Lv.4】【房中術:Lv.1】【隷属魔法:Lv.4】【隷属紋章(ラムダ=エンシェント):Lv.4】【隷属首輪(ラムダ=エンシェント):Lv.4】【快楽体質(ラムダ=エンシェント):Lv.4】【角折れ(ラムダ=エンシェント/弱体化スキル)】
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「私の名はリリエット=ルージュ。元魔王軍最高幹部……そして、今は“アーティファクトの騎士”ラムダ=エンシェント様の忠実なる下僕――――末永く、私を愛してください……愛しき私のダーリン……ラムダ=エンシェント様♡」
「ルージュちゃん、地味に19歳だった……!? 本当に19なの……? うそ……年齢詐称しているの私だけ……!?」
年齢詐称してたのか、ノア……何歳だよお前。
「なんだ……この【快楽体質(ラムダ=エンシェント)】ってスキル……??」
「あぁ……それは~、『ラムダ=エンシェント様から受けたあらゆる行為が快感に変わる』スキルです♡ オトゥールで角を折られた時に発現しました♡」
「…………だから、オトゥールで戦った時、全力で顔面を殴ったのに死んでなかったのか……!」
「はい♡ 殴られた時……私〜絶頂しました……♡ 御主人様……私のこと、もっといっぱいいじめてね♡」
「えっ……女の子の顔を全力で……!? ラムダ様……鬼畜……♡ わたしもラムダ様に夜這いされていじめられちゃうんだ……♡」
「え゛っ!? ご、誤解だよオリビア! あの時は戦っていたから仕方なくだな……!! ルージュも言い訳してくれ!!」
「あぁ……あの時の御主人様……と〜っても、鬼畜で……素敵♡ 私、ドキドキが止まらない……♡」
「DV男に惚れる女みたいな心理ですね……流っ石、ラムダさん――――鬼畜ぅ♡」
「うぅ、違う! 俺は紳士だ! 信じてくれーーッ!!」
俺に抱きついて甘えてくるルージュ、それを見て嫉妬に震えるノアとオリビア、頭を抱えるコレット、お腹を抱えて笑うミリアリア――――あぁ、なんて楽しいのだろう。
この時の為に俺は生きている。
この時の為に俺は生きようと思える。
だから――――ありがとう、みんな。
【死の商人】メメントの討伐――――グランティアーゼ王国に駆け巡ったこの報せによって、ラムダ=エンシェントの名は王国はおろか国外にまで轟き、俺の名を知らぬ者は世界から居なくなった。
これが、“アーティファクトの騎士”が本格的に世界へと名乗りを上げた瞬間――――後に始まる“大戦争”の契機となることを、当時の俺はまだ知らずにいた。
その時はただ……愛しき仲間たちと今を楽しみながら、生をただ謳歌していただけだった。
ただ、それだけ。
それはそれとして……“鬼畜男”の汚名は何としても雪がないと。
【この作品を読んでいただいた読者様へ】
ご覧いただきありがとうございます。
明日、投稿する第84話と同日投稿の幕間2つで、第三章を締めくくりたいと思いますので、お楽しみにして頂ければ幸いです。




