第28話:夜明けの決着
「ぐぅ……! おのれ、よくも……私の自慢の翼を!!」
右の翼を斬り落とされたルージュは悲痛の表情を浮かべて俺を睨みつけている。
今までに味わったことの無い苦痛、屈辱、苦悶。それらの感情に塗り潰され激昂するルージュは、全身から稲妻の様に魔力を迸らせて俺を威圧している。
「いい加減諦めたらどうだ!? お前じゃ俺には敵わないぞ!!」
「黙れ……黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ!! 私は……誇り高き魔王軍の最高幹部! その私が……お前の様な貧弱な人間に遅れを取る事なんて……許されないわッ!!」
血管を浮き上がらせて、血走った眼を見開いてルージュは咆哮する。最早、彼女は冷静さを欠いている。
何としてでも俺を倒す、と言う強迫観念に思考を支配されどんどんと加虐性を増幅させながら。
翼を半分も斬り落とされ、美しさを武器とする彼女の【淫魔】としての矜持に傷が付いたのだろう。手足にドス黒く染まった魔力を纏って、ルージュは俺へと一気に詰め寄って来る。
「死んで私に詫なさい、ラムダ=エンシェントッ!!」
「悪いけど……俺はまだここじゃ死ねない!!」
右手のセイバーでルージュの攻撃を受け止めて、左腕を彼女へと向ける。超至近距離。この位置なら、確実にルージュへと攻撃を通せる。
「光量子輻射砲!!」
「―――ッ!! 甘いわ!!」
左腕から放たれる光量子の衝撃波。しかし、ルージュは大きく跳躍して攻撃を回避して、再び俺の背後に回り込む。
そして――――
「固有スキル発動ぉ――――【吸血搾精】!!」
「――――ッ!! しまっ……!?」
――――ルージュの尻尾が咄嗟に振り向いた俺の腹部へと突き刺さってしまった。
「獲った! これで、あなたも、おしまいよ!!」
その光景に勝利を確信し、ルージュは狂気の笑みを見せる。
尻尾から相手の生命力を吸収する彼女の固有スキル――――それが決まった事で、彼女は俺の生命力を勢いよく吸い始めていた。
身体から力が一気に抜けていく感覚、失神間際のふわっとした感覚が俺に襲い掛かる。それと同時に感じるのは『快楽』、愛しい異性に抱きしめられるような幸福感が俺の精神を快楽の海へと溺れさせていく。
「骨も皮も残さない! あなたの身も心も……全部、全部、私の血肉にしてあげるわ♡」
彼女にとって、これは既に『食事』なのだろう。俺が抵抗できず、快楽に溺れたまま息絶えるのだと確信している。
「残念だけど……俺はお前の虜にはならない!」
「――――ッ!? そんな、どうして……?」
だけど、俺の心は沈まない。
心臓に組み込まれた【第十一永久機関】――――このアーティファクトから供給される無尽蔵のエナジーは、ルージュの吸血量を上回って俺の身体に充填されていたからだ。
「ぐぅ、お、お腹が……お腹が……破裂しちゃう!?」
故に、俺の身体は何時までも瑞々しさを保ち続け、自身の吸収量を超過し始めたルージュの腹部が妊婦の様にみるみると膨らんでいく。
そして、吸収開始から僅か数十秒、ルージュの腹部は出産間近の妊婦程にまで膨らみ、その苦しさ逃れる為に彼女は尻尾を俺から切り放してしまっていた。
勿論、その隙を逃すほど俺も甘くは無い。
「覚悟しろ! リリエット=ルージュ!!」
右手に構えたセイバーで再びルージュへと斬りかかる。身重になった今なら、さしものルージュも回避は困難だろう。
「くっ、私を……見くびるなぁ!!」
しかし、相手は流石の魔王軍最高幹。ルージュは咄嗟に尻尾を突き出して、俺の右手から【閃光剣】を弾き飛ばした。
至近距離、武器は無し。丸腰で近付く俺を迎撃しようと、ルージュは右腕を突き出して魔法陣を展開する。俺の身体を突き抜ける様に表示される【行動予測】の朱い幻影。回避する余裕はもう無い。
「【光の翼】――――最大加速!!」
だから、意を決した俺は決死の覚悟で翼の光量子を最大出力にして加速し、一気にルージュの懐へと滑り込んだ。
「しまっ……!?」
「これで――――終わりだ!!」
左腕に光量子を纏わせて、左腕そのものを文字通りの『手刀』へと変化させ、ルージュの首元目掛けて一気に左腕を振り抜く。
そして、一筋の閃光は俺たちの間で煌めき、ルージュの二本の左角が斬り落とされて宙を舞った。
刹那の見切り――――俺の手刀の軌道を読み、首を傾けて回避を試みたルージュだったが大きな角は攻撃から逃れる事が出来ず、そのまま手刀に撥ねられて切断されていた。
「くそっ、外したか……!!」
反撃を警戒して俺は距離を放し、それと同時に“ゴトンッ!!”と言う重い音と共にルージュの角が地面へと落下した。
確かに角は落とせた、だがたったそれだけだ。すぐに回避行動を取らなければ、ルージュの反撃を受けてしまう。そう思って、俺は急いで後方に跳躍しようとした。
しかし、ルージュはその場で立ち尽くし、動こうとはしなかった。まるで糸の切れた人形の様に力なく呆けて、虚ろな目で視線を泳がせていた。
「あぁ、だめ……だめ……だめだ……わたしの……角……折られた! あぁ……あぁああああああああ!!」
そして、無惨に斬り落とされ地面に転がった二本の角を認識した途端、ルージュは頭を抱えて発狂し始める。
「角は魔人種の“力の象徴”……!!」
むかし、父さんから聞いた話――――魔人種にとって“角”は力の象徴にして、生命力の源だと。角を折られる事は人間に置き換えれば『心臓を刳り取られる』のと同義だと、そう教えてもらった。
つまり角を半分失ったルージュは――――
「ラムダ=エンシェント……ラムダ=エンシェント……ラムダ=エンシェント……わたしの角を折った………わたしの!!」
――――心臓を半分失った人間と同じ状態だ。
最早、ルージュに抵抗する力は残っておらず、心が完全に折れたのか、ルージュは力無くだらりと項垂れて俺の名前をうわ言の様に繰り返すのみ。
魔王軍最高幹部と言う“強さ”が故か、俺の手刀を躱してしまったルージュは、角の破壊と言う彼女にとって尊厳を破壊されるにも等しい屈辱的な敗北を喫する事となってしまう。
「お前が連れ込んだガルムのせいで俺は右眼と左腕を失った。お前が連れ込んだオークのせいでラジアータの人たちが大勢死んだ……! 相応の報い……受けて貰うぞ、リリエット=ルージュ!!」
しかし、その敗北が彼女が引き起こした“罪”の清算にはならない。
左腕を大きく振りかぶり、一連の事件で犠牲になった人たちの無念を込めて、俺はルージュのトドメの鉄拳を構える。
「ラムダ、ラムダ、ラムダ……覚えたわ、あなたの名前……! 次に会う時を楽しみに待っていてね♡」
「悪けど……お前とは金輪際、逢いたかないな!」
虚ろな瞳で俺を見つめるルージュ、その魔性の誘惑を跳ね除けて、光量子を噴射させて加速させた左腕で俺はルージュの顔面を思いっ切り殴り抜いた。
「が――――――ッ!?」
そして、殴られたルージュの身体はそのまま大砲の玉のようにどんどんと飛距離を伸ばして、遥か遠方を流れる川へと落下してその姿を消した。
「オリビアさん、村人たちの仇、ちゃんと取ったよ」
リリエット=ルージュは彼方へと消えた。あの勢いで殴ったからには恐らくは死んでいるだろう。そうで無かったとしても、角を折られた以上、もう彼女にはさした力は残らない。
二日前から続いた因縁に漸く終止符がうたれ、ルージュが消えた方角からゆっくりと朝日が登り始める。
「はぁ、疲れた〜! もう無理、少し休憩!」
登ってきた朝日を見た瞬間、身体に一気に疲れがのしかかり、俺は我慢できずにその場に仰向けになって倒れてしまった。
【吸血淫魔】リリエット=ルージュの撃破。ツヴァイ姉さんですら決着を着けれなかった強敵の打倒に、俺は自身の成長を実感する。
そして、改めて『遺物』の発見と、ノアとの出合いに感謝するのだった。
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