2人で迎える朝
「せんせぇ! お札がなくなりましたぁ!」
「よし! これ使え!」
清は葉子に黒棒を手渡す。
「それで適当に悪霊を殴れ!」
「はいぃ! せんせぇの黒い棒……硬くて太ぉい……」
葉子がふた振りするごとに悪霊が一体、消えている。中々の手際の良さではないだろうか。
一方清は、葉子をその場に残して墓地の周囲を走っている。そう、ここは無縁仏が集まる墓地。開発に伴い大掛かりな除霊を行う必要があったのだ。
後継者不足で廃寺となり、墓参りに訪れる者もいなくなって幾星霜。気付けば鬼村達ですら近付かぬ悪霊の吹き溜まりとなっていた。
迂闊に近付くと簡単にとり殺されてしまうほどの。
だから清がとった作戦は……
「うぎゃぁー! ひゃほぉー! ふんぬぅっ! うわーん怖いよぉー! あんぬっぷっ!」
「待たせたな! こっちに走ってこい!」
「はいぃ! せんせぇの胸に飛び込みます!」
しかし清は葉子に背を向けて走っている。
「あ、せんせぇ待って! 置いてくなんてひどぉい!」
葉子の後ろを悪霊の群れが追走する。
「早く逃げないと取り憑かれるぞ!」
「うわぁーん! せんせぇ待ってよぉー! せめて手ぐらい繋いでくださいよぉー! あぁ一度でいいからタキシードを着たせんせぇで埋め尽くされたプールに飛び込んでマイウェイを熱唱してみたかったですぅー!」
葉子がふと前を見れば、清が腕を広げて待っている。葉子は心で理解した。あれは清が自分をその胸で受け止めてくれるのだと。早く僕の胸に飛び込んでおいでかわいいスイートハニーと言っているのも同然だと。
勢いよく飛び込んだ葉子を待っていたものは清の靴の裏だった。葉子の顔を足で止めている。見事なバランス感覚である。
「ううぅん、せんせぇの胸って固いんですねぇ、男らしくて素敵ですぅ。」
葉子は清の靴の裏に頬ずりしている。清はそのまま広げた腕を閉じる動作をして何やら呪文を唱えた。
『広域結界魔方陣閉鎖』
『天魔覆滅不浄調伏悪霊退散』
早朝の墓地、広範囲にわたって光が溢れる。やがてその光が消えた時、悪霊は一体たりとも姿を見せなかった。
「いよーし! 終わり! やったぜ!」
「ううぅん、せんせぇって唇も固いんですねぇ。あそこも硬いんですよねぇでゅふふふ。」
葉子は先ほどからずっと清の靴の裏を舐めている。これには清もドン引きである。大仕事を終えてご機嫌なのにこれである。約束の手当てを無しにしてやろうか、なんて考えていた。
『鋭っ!』
「はあっ! せんせぇは!? 私の唇は!? 硬いアレは!?」
「終わったぞ。帰ろうぜ。今日は学校を休んだ方がいいな。疲れただろうからな。」
「そげなぁ、コトが済んだらすぐ帰るなんて。やっぱり私の体だけが目当てだったんですね。せめて朝焼け夜明けのモーニングコーヒーとクロワッサンでピロートークをぶちかましたい乙女心が!」
「ピロートークって何? 詳しく教えてよ。」
「えぇー、もーせんせぇったら知ってるくせにぃ。女の口から言わせるなんてズルい人。ピローとは枕、つまりは枕詞のことなんですよ。『たらちね』とか『あしひき』とか風流ですよね。そんな粋で雅なトークを朝からベッドで濃厚に語りたい!」
「……誰から習ったんだい……?」
「もちろんママですよ! 疲れたらせんせぇの所に泊まって帰りなさいって。もちろん勝負下着だってバッチリです!」
「乗りな……帰るぞ。」
清は話すのをやめた。
なお、葉子は車に乗り込んで10秒で寝た。寝言はいつもの通りだった。そんな葉子を葛原家まで送り届けてみると、やけに元気な母親と絞りカスのような父親が出迎えてくれた。
「先生おかえりなさい。ご飯にします? お風呂にします? そ・れ・と・も葉子? あ、私でもいいんですよ?」
イラっとしながらも冷静に振る舞う清。
「今回は助けられました。起きたらよくやったとお伝えください。では私はこれにて。」
「葉子に飽きたらいつでも言ってくださいね。待ってますよー!」
徹夜明けの妙なテンションに任せてこの母親をヒィヒィ言わせるのもいいかな、と一瞬考えてしまった清であった。
眠い目をこすりながら渡海市役所へと向かう。ヘリに乗れば少しは寝れるかも知れない……そんな淡い期待を抱きながら。




