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「何故だっ。何故、私がこんな目に会わねばならぬのだっ!?」
全身泥だらけの青年は、森を走り抜けながらそう叫んだ。落馬した時に泥沼に落ち、抜け出そうと掴んだ蔦がトゲだらけで手を負傷し、何処にぶつけたのか分からないが、額からも出血していた。
「くそっ。ベリス領の森もさっさと消し去らねばっ――うぉっ」
青年は木の根に足を取られ派手に地面に転がった。
青年の背後から、荒い獣の息遣いと、大地を蹴る足音が迫る来る。青年の姿を捉えると、その獣は立ち止まり、後ろ足で地面を幾度かなぶり、更に鼻息を荒くさせた。
落馬させられた時と同じだ。あの巨大な獣は青年をターゲットとして突っ込む気満々なのだ。
「ひぃっ。く、来るなっ。来るなぁぁぁぁぁぁぁ!?」
◇◇◇◇
「今、叫び声が聞こえたな」
「えっ? 私には聞こえなかったわ」
アルジャンモドキは森の奥に目を向けると、何か見つけたのか急に馬を飛び降り、拳大の石を拾う。
そして狙いを定めるとそれを遠くへ投げつけた。
『ふぎゃっ』
何か仕留めた。スゴいなぁ。
「エヴァはここで待っていて。見てくる」
「はい」
少しすると、アルジャンモドキが泥だらけの人間を背負って戻ってきた。青年は気絶していて、泥でよく分からないが擦り傷と打撲程度だろうとアルジャンモドキは言った。
「治療するわ」
「いいのか? 魔法が使えることは秘密なのだろう? これぐらいなら放っておいても死なないだろ」
「気絶してるし大丈夫よ。可哀想だし。もし見られたら、貴方がやったことにして」
「そうだな。俺は回復魔法は使えないけど」
アルジャンモドキの了承を得て、私は回復魔法をかけてやった。すると青年は意識を取り戻し、ゲホゲホと咳き込むと、口から泥を吐き出した。
「まぁ。川でゆすいでらっしゃい。立てるかしら?」
「俺が運ぶ。エヴァはノワールに乗って待ってて。不審者だしな」
「分かったわ」
アルジャンモドキが青年を立たせようとした時、青年はゴホゴホとむせ返りながらバランスを崩し、私の右腕を掴んだ。
泥まみれの手にグッと力がこもり、砂利の感触が腕に伝わる。
それに反応して、私の身体は石みたいに固くなって動けなくなった。
身体が人間を拒絶している。
全身が強張って身体が震えた。手を払いたくても力が入らなくて、怖くて怖くて瞳をギュッと閉じると、アルジャンモドキが青年の手を払い、私を抱きしめてくれた。
「エヴァ? 大丈夫。俺がいるから、ゆっくり息を吸って」
声に合わせて大きく息を吸い込み、ゆっくり吐くと体の緊張が解れていく。
息を吸うことも忘れていたのだと気づいた時、森の方から声がして、私はアルジャンモドキの後ろに隠れた。
『コルネリウス様ぁ~。コルネリウス様ぁ~』
「こ、ここだ! ゴホッ」
遠くからした男性の声に反応して、泥だらけの青年が体を起こして声のする方へ叫んだ。
あら? この声には聞き覚えがある。
それに、いま何と呼ばれていたかしら?
森の中から現れたのは馬に乗った二人の近衛騎士。
一人は青年を見ると後ろを向き……多分、肩を震わせ笑っている。
もう一人は泥だらけの主人を見て笑いを我慢し、その名を呼んだ。
「コルネリウス様!? ご、ご無事で何よりですっ」
アルジャンモドキが私の耳元で尋ねた。
「誰だ?」
「私の元婚約者である、この国の第二王子様です」




