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61 記憶を辿って

深夜にこっそり更新。

実は好きだったりします。

 

 目的地に向かう車内。

 運転席に幹、助手席に楓、後部座席には夕月と梓という布陣。


 正直なところ、楓としては助手席は避けたかったのだが、身体が大きいため助手席がいいだろうと意見が一致した。「背丈なら母さんも…」と言いかけたところで殺気を感じたので空気を読んだ。さすが楓の母といったところか。


 なぜ楓が助手席を避けたかったのか。


 それは現在進行形で目の前でわちゃわちゃと動いている小さな手、これが理由である。以前あずみの車内で起きた事なので警戒していたのだが……回避に失敗した。


「…………だ〜れだ?」


 両目を覆う小さな手。


「あのなぁ、それを母さんが俺にやったらどう思うんだおまえは?」

「……ぶ〜……時間切れ……です…………残念……夕月ちゃん……でした」

「好きにしろ。知るかよ」


 梓はそんな夕月を見てキュン死している。バンバンと内側からドアを叩いている様子を見て、幹の顔は強張る。「こ、壊さないでね」との言葉は梓には届かない。


「おとなしく座ってろよ。危ねえだろうが」

「なんだと楓! それはお父さんの運転を信用していないという意味か!?」

「楓。幹は無事故無違反だ。心配しなくていいぞ」

「……」


(うぜえ)


 絶妙に伝わらない言葉、だがそれで会話が成立してしまうのが神代一家の良いところなのだろうか。もっとも成立しているのは幹と梓の間だけであるが。

 とはいえ、この両親が一緒だと車内が沈黙で気まずい……などという心配は皆無である。そこに関しては楓も良かったと思っている。


 今回の場合は夕月も同乗している。梓の目には夕月の言動、仕草が全て可愛いものとして映るため、楓にちょっかいを出しているのを止める理由もない。


 要するにやりたい放題である。


 小さな手は、唇に触れ、頰に触れ、髪に触れ、余すところなく網羅していく。

 我慢していたが流石に鬱陶しくなってきたため、軽く「パン」とその手を叩く。


「……痛い」

「おまえは何をやっている! 夕月さんの手を……責任を取れ!」

「楓! お父さんも女性に暴力は感心しないなぁ!」

「…………」


 何を言っても無駄だと悟った楓は外に視線を移す。

 長いトンネルを抜けると、見慣れた田園風景が視界に飛び込んできた。





 ◇ ◇ ◇



 幹の両親、つまり楓の祖父母は既に他界している。


 早すぎた死は病気や自殺といったものではなく、車での事故によるものであった。単独事故だったとは聞いているが、詳細については知らされていない。

 楓に物心が付く前の事であったため、祖父母の記憶も残ってはいない。


 それでも実家の建物自体は残っているため、幹も梓も時間があれば帰るようにはしているようだ。


 今回の目的は墓参り。


 神代家の墓参りがメインではあるが、それは幹と梓で済ませるらしい。なので楓と夕月の行き先は二つ。



 ――楓と明が出会った公園。そして明の墓参り。



 行き先は事前に幹に告げてある。

 車は見知った道を最短で公園へと向かっていく。近付くにつれて増していく懐かしさ、そして僅かに胸を刺すような痛み。この感情だけはやはり変わらない。


「はい着いたよ」

「……あぁ」


 何かを考えている楓の様子を見て、梓はその背中を「パン!」と叩いた。


「行ってこい! 今回は何か意味があるのだな? 男だろう! しっかりと向き合ってこい!!」


 そう告げた梓は、強い口調とは不釣合いな優しい笑顔を浮かべている。


 目を閉じてゆっくりと息を吐く。



 ――さぁ会いに行こう。


 あのムカつくおっさんに。そして人生を変えたあの記憶に……。



「あぁ! 行ってくる!」

「そうだその顔だ。行ってこい!」






 ◇ ◇ ◇



「ここだ」

「……ベンチ?」


 久しぶりに歩く公園はあの時から何も変わっていなかった。


 そういえば明と初めて会ったのもこんな季節だった気がする。視界に広がるの鮮やかな緑色、草刈りの機械音と夏の匂い。


 あの日もこんな風が吹いていた。

 ベンチに座って読んでいた小説の内容は、今となっては思い出せそうにもない。直後に強烈な出会いがあるのだからそれも当然だ。


 ブンブンと聞こえる拳を振る音。

 軽快なフットワーク。


 何よりその男の表情が強く脳裏に焼き付いている。周りにどれだけ人がいようが、指さされて笑われようが「関係無い」と言いたいかのように笑っていた。


 思えば全てはここから始まった。


 あの日、あの時、この場所に居なかったら……きっと自分の人生は大きく変わっていた。その確信がある。



 ――目を瞑る。


 ――そして記憶を辿っていく。



 思い出したどの場面でも明は笑顔だった。嬉しくて仕方ないといったように指導してくる。

 偉そうなその態度に最初はムカついた。だが徐々に楽しくなっていき、しまいにはボクシングの魅力に惹かれていった。


 様々な記憶が頭の中を駆け巡る。

 一つ一つを噛み締めるように思い出していく。


 そんな楓の様子を夕月はじっと見守っていた。何も言わず楓が口を開くのをただ待つ。


 五分ほど経っただろうか――。

 楓はゆっくりと瞼を上げると口を開いた。


「このベンチに座ってたんだ」

「……本……読んでたの?」

「あぁ。内容なんざ全く覚えてねえけどな」

「…………天童さん……は?」


 ベンチから少し離れたところに視線を移す。その楓の様子から夕月も察したようだ。


「……そっか……あそこに」

「そうだ。ブンブンうるさかったんだよな。いい迷惑だったぞ」

「……ふふっ」


 荷物をベンチの上に置き、着ているシャツも脱いでそこに置いた。


「座ってろよ。ちょっとシャドーやるから見てろ」


 夕月は勢いよく頷くと、すぐにベンチに座りニコニコと眺めている。


(イメージするのはおっさんのミット。久しぶりに相手しろよ! 今ならKOしてやるから!!)


 あの頃と違うのは楓が成長したという事。明に教わっていないパンチを選んで繰り出していく。



 相手のジャブを払い除けて飛び込み左ボディブロー。


 下がりながらの左カウンター。


 左フックをダブル。そこから踏み込んで右ストレート。



(おら! ミット持てねえだろうが!! はははっ!)


 楽しい。


 楽しくて仕方がないのだ。ミットを持った明のイメージがしっかりと作れている。ここに打ったらそっちに移動して、フェイントを入れながら圧力をかけていく。まるで会話をするように拳を振っていく。


 一連の流れるようなシャドーは、対戦相手の姿形が浮かび上がってくるようだ。それほど綺麗なものであった。


 夕月はその姿から目を離せない。初めて楓のシャドーを見た時の感動とは別物であった。とにかく楽しそうに拳を振っており、その姿を見ているとつられるように自分も楽しくなってくる。


「これで……終わりだおっさん!!」


 左ジャブから右ストレート、所謂ワンツーでシャドーを終える。楓の動きが止まったのを見計らって夕月はパチパチと拍手をする。


「なんで拍手してんだよ」

「……綺麗……だったから」


 夕月の賛辞に照れ臭くなり頰をポリポリと掻いた。汗を拭いながらベンチへと近付いていく。



 パチパチパチパチ――。



 その拍手の音は夕月のものではない。

 後ろを振り返ると懐かしい人物が立っていた。あれから年月が経ったのに、容姿は全くと言っていいほど変わっていない。


 そこにいたのは天童明の母であった。


面白いと感じていただけましたら、下の評価欄から評価いただけますと幸いです。


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