32 楓はそれしか知らない
いつも読んでいただきありがとうごさいます。
いただいた感想は夜に返信させていただきます。たくさんいただきまして感謝しかありません。
また、時間はわかりませんが今日はもう一度更新いたします。読んでいただけますと幸いです。
星空を覆い尽くすように視野に広がる鮮やかな光。気を抜くと顔にまで火の粉が降ってきそうだ。
煌めく線は大きく弧を描くと残滓となり暗闇に溶けていく。
ドン! と音がする度に隣の少女の顔も照らされる。少し恥じらうような、楓も見たことがない表情を見せる。
やわらかで少し茶の混じった大きな瞳。夕月は魅入られたように花火を眺めている。楓は花火より夕月の横顔に魅入られる。美しい横顔は今は幼さを潜めている。
(よく見ると……いやわかっていたことだが、こいつは本当に綺麗なんだな)
ずっと眺めていると、さすがにその視線に気付いたのか楓に視線を移す。
「……楓? どうか……した?」
「いや、おまえが綺麗すぎて見惚れてた。言い寄る男が多いわけだよ」
「……ふあ? ……き、綺麗って」
小声で「ありがとう」と言いながら沈黙してしまった。
「ま、役得だな! 美人とお祭りはラッキーってことにしとく。だが来年は勝つ」
なかなか根に持つタイプであるため、勝つまで諦めそうにない。雰囲気ぶち壊しの発言も楓らしいな、と夕月は小さく笑う。
「さて。もうすぐ花火も終わりそうだし、混む前に帰るか」
「…………楓……お願いが……ある」
夕月の顔をじっと見つめる。この顔はよからぬことを考えている顔だ。ロクなことではないだろう。いち早く察すると先手を取る。
「だめだ」
「……まだ……何も……言ってない」
「断る」
「……むう」
やはりな。と確信を得る。何かををお願いする時、少しだけ小悪魔っぽい色が見えたらそれは危険。よからぬことを考えているサインだ。
「んじゃ送ってく。帰るぞ」
「……聞いて」
「ほら行くぞ。暗いから足元気をつけろよ」
「……うぎぎぎ」
その場から動かないという意思表示。こうなると話を聞くまで動きそうにない。それは重々承知している。
頭をガシガシと掻くと口を開く。
「ったく……なんだよ? めんどくせえのはやめろよ?」
「……大丈夫」
この時点で嫌な予感しかしない。大丈夫は大丈夫ではないのだ。
「……泊まる」
「そうか。ホテルでも取ってんだな。んじゃそこまで送る」
「……楓の家に」
「断る」
「むう」と頬を膨らませている。それでもダメなものはダメだ。
「おまえなあ。軽々しくそういうこと言うなよ」
その一言に空気が急変する。
「……軽々しく……ない!」
今にも泣きそうな表情だ。予想外の反応に楓も困惑する。
夕月がこのような表情を見せるのは……家族絡みだろうか。予想ではあるが確信に近いものがある。
どうしたもんかと下を見ていたら、水滴がポツポツと地面に落ちる。ゆっくりと顔を上げた。そして目を大きく開く。
夕月は泣いていた。
声を震わせ、大きな瞳から流れ出る雫。頰を伝い地面へポツポツと落ちていく。
「…………わかった。泊まれ」
このような状態の夕月をそのまま帰すなど、それこそありえない。理由などどうでもいい。このまま放っておいたら小さく消えていなくなってしまう気がした。
ハンカチなど持っているわけもない楓は、着ているシャツで夕月の涙を優しく拭き取っていく。
「……汚れ……ちゃう」
「おまえは綺麗だよ。汚くねえ」
少し離れたところにベンチが見えたので2人で座る。
痛いぐらいに手は固く握られていた。
何を話していいかわからない。だから落ち着くまで側にいることしかできない。
不意に電子音が鳴った。夕月のスマホだろうか。画面を眺めている。
「……響ちゃん」
「出ろよ。待ってるから」
「うん」と頷くと電話に出た。
「……うん……え? …泊まり?」
響から泊まりに来いという誘いだろうか。楓はため息をつくと、スマホを半ば強引に手に取った。
「よう。響か?」
『楓? 何でいきなり代わったのよ』
「手短に言うが、今夜は夕月は俺の家に泊まる。悪いな」
口調から何かを察したのか響は少しの間無言になる。
『……わかった。夕月ちゃんのことよろしくね』
「おう。任せろ」
短い返事と共に電話を切った。ほら、とスマホを夕月に返す。
「まあそんなわけでおまえを拉致る。嫌とか言ってももう遅えぞ」
夕月があまり気を遣わないように、あえてぶっきらぼうに。これが楓ができる精一杯の気遣いだ。
意図はもちろん夕月には伝わっている。愛しい人のことだ。わからない訳がなかった。
「…………ふふっ……楓らしい」
「ほっとけ」
少しだけ元気が出たようだ。表情に色が戻っている。しかしそれでもなお悲壮な顔のままだ。無理して笑ってもそれは楓が求めているものではない。
考えてもわからない。だから自分がやってきたことをやるだけだ。
「俺の家に泊まるのはわかった。だがちょっと寄り道するぞ」
携帯を借りて電話をする。相手は叔父。身内の電話番号は緊急用に財布にしまっていた。それが幸いした。
「夜遅くにすいません。あのちょっと使ってもいいですか? ……はい、はい。わかりました。鍵はかけておきます」
行くぞ、と夕月の手を強引に引く。
道中に会話は無い。いつもなら居心地のいい空間なのに、今日は暗くて重い。
しばらく歩いて着いたのは楓が通うジム。電気はついていない。今日は皆練習を終えて帰宅している。
鍵を開けて中に入る。ロッカーからハーフパンツとTシャツを持ってきてそれを夕月に押し付ける。
「着替えろ」
「……え?」
「いいから着替えてこい」
背中を押すと誰もいない更衣室へ押し込む。
しばらくすると着替えた夕月が出てきた。
「まぁサイズは勿論大きいけどなんとかなったな。じゃあ手出せ」
困惑しながらも、言われるがままに手を差し出す。軽くバンテージを巻くとグローブをつけた。
「何か嫌なことあった時、俺はひたすらサンドバッグを叩いてきた。何か気の利いたこと言えればいいんだが……俺には無理だ。だから俺がやったことをおまえにやらせる」
サンドバッグの前に夕月を立たせる。
「拳は目元より少し下。足は肩幅より少し広く。構えろ!!」
「……え、と」
言われるがままにファイティングポーズを取る。
「そのまま少し内側に捻るように左を突き出せ! 一直線にだ!」
ポンっと可愛い音が鳴る。
「だめだそれだと! 脇閉めろ! 腰を落とせ!」
パン! 先ほどとは違い心地の良い音が鳴る。
「やるじゃねえか。それだよそれ。悪くねえぞ」
「……気持ちいい!」
その後は右ストレートを教え、ワンツーを教えた。
笑顔で繰り返す。性格的にはダメだが、筋は悪くなさそうに見えた。
「どうよ? スカッとするだろ? ま、俺はこれしか知らねえ。他は期待すんな」
「…………ありがとう……楓……ありがとう」
また泣かせてしまった。胸の中に飛び込んできたが好きにさせる。先ほどまでとは違って、その涙は少しだけ綺麗に見えて安心した。
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作者のモチベがかなり上がります!




