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23 四面楚歌

いつも読んでいただきありがとうございます!


いただいた感想は夜に返信させていただきます。遅くなってしまい申し訳ありません。


また、今日はもう一度更新予定です。何時になるかはわかりませんが、読んでいただけますと幸いです。

 

 成瀬の後についていく。自分は今どんな表情をしているのだろうか。陽や夕月には見られたくないなと思った。


 しかしそんな願いも虚しく廊下で三人と会ってしまった。


「楓? あんた……」

「響。おまえらは付いてくるな。わかるだろ?」

「……わかった。やりすぎちゃダメよ」


 尋常じゃない楓の様子を見て響は察した。前に一度だけ見たことがある。響が散々バカにされて酷い仕打ちを受けていた時だ。理不尽に傷付けられたその姿を見て楓は拳を握った。


 夕月が心配そうに腕を掴んできた。その手を優しくどけると響に目配せをする。頷いた響は半ば強引に夕月の手を掴むと、楓とは反対の方向に歩き出した。夕月は泣きそうな顔で楓を見ていた。


「楓。怒ってるんだな。初めて見たよおまえのそんな顔。前歩いてる上級生だろ? たしかボクシング部の成瀬さん」


「ボコボコにしてやれ!」と胸を叩かれる。ただの挨拶のような軽いノリで陽はその場を離れた。その笑顔を見て少し安心した。心の中でありがとうと伝えた。


 成瀬と共に部室に着くと、ニヤニヤした部員達がリングを囲むように座っていた。


(なるほどな。公開処刑ってわけか。くだらねえ)


 全く物怖じしない楓の様子を見て部員達の表情も僅かに曇る。考えてみれば当然の話で、こんな貧相なギャラリーで心が乱される楓ではないのだ。


「2分3Rだ。KOで決着でどうだ? 3Rで決着が着かない場合はサドンデス方式。グローブは10オンス。これなら決着も早いだろ? どうだ?」


 アマチュアではあり得ないルール。おまけにグローブは10オンスときた。グローブが小さい分決着も早い。


「ヘッドギアは?」

「無しだ。おまえみたいなガキのパンチなんかもらうかよ」

「わかった。それでいい」


 ヘッドギア無しということは成瀬は相当自信があるらしい。体格から見ても楓とは階級も近いだろう。


 お互い準備をしてリングに立つ。

 ある者は嫉妬に狂い、気に入らない相手を蹂躙できるであろう喜びに震え興奮する。

 ある者は静かに闘志を燃やし冷たい眼光で敵を射抜く。


 ゴングが鳴った。


 いきなり仕掛けたのは成瀬。肩でフェイントをかけながら左を伸ばす。速さと威力がある。主将というのも伊達ではない。この左だけで同年代相手なら主導権を握れるであろう。


 相手が楓でなければの話だが。


 その左を楓はスウェー(上体を後ろに反らして回避)で避ける。速さはある。威力もある。だが見えるし、この程度では触ることさえできないだろう。


 その後も何度も左ジャブを繰り出す成瀬だが、楓は全てを避ける。ブロックで防いでいるわけでもないので触れさせてすらいない。


「チッ」


 成瀬の表情が僅かに曇る。


(さて、距離は確認したぞ。こっちの番だ)


 左を軽く突いて距離をしっかりと確認。右足に体重をのせた右ストレート。ブロックしたはずの成瀬を身体ごとロープまで突き飛ばす。筆舌しがたいその威力に部屋の空気が凍る。


 驚いたのは成瀬。信じられないという表情は困惑と若干の恐怖の色が見える。ノーガードで悠々と近付いてくる楓の表情は変わらない。

 一分の隙も無いその姿は本当に同じ高校生なのかとすら思わせる。


 ブロックしたはずなのに膝がガクガクと震える。1発。たったの1発で足を止められてしまった。受け続ければブロックの上からでも押しつぶされる。だが避けるための足は既に潰された。

 ならばカウンターだ、と成瀬は構える。


(こいつは何者だ! なんなんだよいったい!)


 成瀬の意図を察している楓はそれでも飛び込む。ミドルレンジ、中間距離で一番体重が乗る距離で足を止める。アストライドポジション。低く構えると打ってこいよと挑発する。


 その様子に激昂した成瀬は頭を振りながらワンツーを繰り返す。ダメージがあるとはいえ成瀬の左もなかなかのもの。成瀬自身もこれで主導権を奪うつもりでいた。


(今度はおまえがロープに張り付く番だよ! 死んどけガキが)


 だが、楓は成瀬のそのパンチ1つ1つに丁寧にカウンターを合わせていく。位置は変わらず、リング中央は楓に制圧されたままだ。もはやストレートに近い威力の左ジャブは成瀬の顔面を捉え、コーナーへと吹き飛ばす。


 楓は追撃の手を緩めない。悠々とコーナーへ向かうその姿を見て皆無言になる。


 軽い左を繰り返して顔にガードを強制させる。するとガラ空きの腹へボディブロー。角度の決まったボディは簡単に成瀬の身体の自由を奪った。


 ズルズルとコーナーを背に座りこむ。


 ダウン。


 ボディブローの怖いところは、意識が残ったままということだ。頭部へのパンチは意識を刈り取るため苦痛は一瞬だ。だがボディへの攻撃は意識を失うこともできず悶え苦しむ。ゆえに地獄の苦しみと言われる。


 楓はそれをわかったうえでボディを狙った。意識を失うことすら許さない、明確な殺意を感じ成瀬は震える。


 カウント5でギリギリ立ち上がると楓は追撃へと動く。


 しかしここでゴング。成瀬にとってはまさに悪夢ような2分間になった。


「……命拾いしたな。だが助かったと思うなよ? 先に言っておく。徹底的にボディだ」

「て、てめえ」


 息も乱さずコーナーへ帰る。椅子に座るとふう、とため息をつく。


(ま、こんなもんだろうな。足りねえよ。練習量も何もかも)



 突然部屋のドアが開いた。


「楓!!」


 夕月が立っていた。後ろには陽と響も。響は手を合わせて「ごめん」といった仕草を見せる。


「よう。なんだよおまえら。観戦にでもきたか?」

「……楓……顔が怖い……楓じゃない……みたい」

「夕月ちゃん。楓なら大丈夫だよ。あいつは絶対負けない」

「……そういうこと……じゃないの」


 夕月の顔を敢えて見ないようにした。夕月にかけるべき言葉がわからないのだ。だから無言で立つと2Rのゴングを静かに待った。

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