18 夏目響
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今回は夏目響という人物について少し掘り下げています。
夏目響という少女は基本的に楓に一切遠慮などはしない。昔ながらの間柄というのもあるが、異性というよりは共に競い合い高め合う、そんな関係を渇望していたし楓もそれに応えてくれていた。
女性として見るのではなく一人のアスリートとして。楓としても、常に高いモチベーションを維持して頂点を目指す響の姿に多分に影響を受けた。明と永別してからも真っ直ぐに進めたのは響の存在あってのことだろう。
だが神様は不公平で残酷だった。
楓には溢れる才能を与えた。常人のそれを遥かに上回る動体視力、恵まれた骨格、しなやかな筋肉。そして才能だけではなく、まるで狂人ではないかと思われる程の努力を上乗せしていく。最短の道を脇目もふらず駆けていく。
響にはそれがなかった。絶望的にセンスが無かった。身長は170㎝。5年前は160㎝、一般的な女子としては多少大きなほうかもしれないがWNBAを目指す響はそれを絶望した。隣の楓はどんどん目標へと近付いていく。なのに自分はどうして。こんなに頑張っているのにと。
バスケをやめようと考えたことはあった。だが隣で血反吐を吐きながら努力する楓を見ていると「おまえの努力っていうのはそんなもんか?」と言われている気がした。悔しくて涙が出た。
だから考えた。考えて考えて考え抜いた。自分に与えられたもので最強に挑戦する。そして勝つ。たとえ背丈が小さくても生き残る道はあるはずだと。
楓と離れてからもそれは続いた。走っては考え、走っては考え、楓とは別の方向に響も狂っている。
だがそれでも才能は容赦なく凡人を蹂躙していく。優れた身体能力を持った選手、非凡なセンスを持った選手。一流の世界へ踏み込む者は皆特別だった。
もう限界だった。楓にそれを伝えようと思って電話をした。
「ふーん、そっかバスケやめんのか。おまえがバスケやってんの割と好きだったけどな。残念だ」
「頑張ったけどダメだったわ。あたしには何もかも足りない」
楓は何か思い出したように伝えてきた。
「おまえに無理矢理見せられたからそれなりに詳しくなったけどよ。バスケって102対100とか得点の取り合いって見てて楽しいよな」
「なにが言いたいのよ!あたしに得点力が無いのはわかってるわよ!!」
「違うぞ。勝敗を決めるんなら35対30ぐらいのロースコアだって勝ちだ。俺はハイスコアゲームよりそんな試合のほうが見てて楽しい」
「え……」
「点が取れない? なら点を与えるな。得点なんて味方に任せとけばいいだろ。なんのために5人でやってんだ? 俺とおまえは違う。一緒の土俵で考えるのはそもそもおかしいだろ」
光明が見えた気がした。自分の進む方向。天才の住む世界に踏む込む手段。
「…………そっか。あたしは」
「ま、決めんのはおまえだからよ。せいぜい頑張れ」
「…もう少しやってみるわ!」
その日から響は走る時間を増やした。試合を最後まで走り抜く体力。ディフェンスだ。自分にはこれしかない。
ボールを触らずにひたすらフットワークを続ける毎日。だが苦痛ではなかった、むしろ楽しかった。目標がはっきりと定まり迷いが無くなったから。
苦汁を舐め、地べたを這ってようやく手に入れた自分だけの武器。
攻撃は最大の防御なり、とよく言われる。
だが響のそれは違う。"防御は最大の攻撃なり"。
攻めるように圧力をかけるそのディフェンスは天才の領域にもようやく届き始める。
狂ったように走り込んだ土台の上で凡人の牙をひたすら研いでいった。
これが夏目響という少女だ。世界に自分の名前を響かせる。だから自身の名に誇りと決意を持って戦う。
◇ ◇ ◇
保健体育の授業でこれだけ走るのはこの二人ぐらいのものであろう。教師ですら呆れていた。
「はぁはぁはぁ……おら、てめえはもう寝てろ」
「はぁはぁ!あんたが先に休めばいいでしょ!」
結局は響が先にダウン。グラウンドの外へ出て行った。「は! 俺の勝ちだ」と言われて悔しそうだ。
「はは、おつかれ! 楓とあんだけ張り合える人初めて見たよ俺」
「あいつ5年前とは比べ物にならないぐらいスタミナついてる。ほんと狂人よね」
陽は本当に感心していた。たまに楓のランニングに自転車で付き合うことがあったが普通じゃない。狂人という言葉は的確に的を射ている。そんな楓にあそこまでついて行くのだ。きっとこの少女も並々ならぬ努力を重ねたのだろうと想像する。そしてそれは恐らく合っているはずだ。
響が小休憩を終えて立ち上がろうとした時それは聞こえてきた。
「神代ってなんであんな必死に走ってんの?」
「キモいよな。たかが授業で。ははっ」
夕月と仲睦まじい楓にはこの手の敵は少なからず存在する。無論正面から直接文句を言おう、などという勇者はいない。しかしながらこの手の陰湿な陰口は後を絶たない。
「ちょっと文句言ってくるわあたし」
「はい、ちょっと待った。俺が言ってくるから座ってて」
響の返事を待たずに陽はその男子生徒に近付いていく。当の本人達も陽が近付いてきたことが意外だったようだ。
「よ! 楓の話してたのか?」
「あぁ、たかが授業でキモいよな、って話」
「うーん」と陽はしばし考える。
「例えばさ、アメリカに移住するのが夢だとする。必死に英語勉強するよな? 楓がやってるのってまさにソレなんだよ。だから一方的にそうやって非難するのはちょっとだけカッコ悪いって思わない?」
慎重に様子を見ながら続ける。
「ま、それでもさ。あいつも他の授業寝たりしてるからなー。文句言われても仕方ないよな、うん。それは確かに。でもさ…あいつも必死なんだ。ああやって全力で頑張ってるんだ。陰口じゃなくできれば心の中で留めてやってくれ」
「………たしかに言いすぎたかもな。ごめん」
「いいのいいのわかってくれれば」と笑顔で返せば、気まずい空気などどこへやら。それが陽の魅力の1つなのだろう。
(さて、じゃあ俺も行こうかな!)
「かえでぇぇぇぇ!! 俺も混ぜろよぉぉぉ!!」
「響の次はおまえか? 第2ラウンドは随分貧弱だな」
「お? 言ったな? 黒髪の俺はなかなかやるぞ? たぶん」
本当は苦しいだろうに。楓のことを気遣っての行動である。二人の様子を見ていた響も思わず笑みが零れる。
「へぇ…藍原陽だっけ。ふーん」
知らないところで好感度が上がったことに陽はもちろん気付かない。
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