14 繋いだ手は
今回は夕月のターンです。譲りません。
説明を終えたその場には静かな空気が流れた。
想像を超えた過去に夕月も陽も口を開けない。楓という人間がどうしてそこまでボクシングに真摯に向うのか理解できたようだ。
「ま、こんなとこだ」
「こんなとこだ、じゃねえよ!! とんでもない過去話しやがって」
「…………藍原…さん……わたし…泣きそう」
陽凪はすでに号泣である。隣の陽の服で涙を拭いている。というか何故か聞き耳を立てていた周りからも啜り泣く声が聞こえてくる。
「や、やべえ空気になったかこれ?」
「しかたないなこれは。というか動物園でそんな話すんなよバカ!」
「おまえが聞いてきたんだろうが!!」
いたたまれない空気に耐えきれず楓は立ち上がる。ここに留まるのはもう無理だ。
「とりあえず出ようぜ。さすがにきつい」
「ははは。おまえもそんな顔するんだな」
逃げるように立ち上がると、余裕が無いのだろう夕月の手を握ると歩き出した。
「…………神代…くん………手」
「あ、悪い」
急いで手を離すと夕月はムッとして手を繋ぎ直してきた。
「別にいいけどよ。はぐれなくていいし」
「……………悪くねえだろ?」
「真似すんな」と軽く夕月の頭を突く。注意されてもクスクスと楽しそうに笑っている。そんな様子を見てさすがの楓も顔を真っ赤にしてそっぽ向いてしまった。
「……ねえ……神代くん」
「ん? なんだ?」
「…………そろそろね…呼び方……わたしは…夕月だよ?」
楓が弱っているところをガンガン攻めていく少女。今は夕月のターン。
「おまえ…」
「………おまえ……じゃない…よ?」
握った手をさらに指を絡めて繋いでいく。
「っ! ……夕月。これでいいかよ!?」
「…………うんっ!……これからは…そう…呼んで?…楓」
蕩けるような顔をする夕月。それを見た楓は直視できず手を額に当てて狼狽する。だがその顔の赤さは隠し切れていない。夕月も自分が何を言ったのか自覚してきたのだろう。真っ赤っ赤である。それでもしっかり繋いだ手は離さないが。
背後で悶えている男が一人。幼女としっかり手を繋いだ男は泣きそうな表情を作る。
「なんで! なんでおまえらはそれで付き合ってないんだ! おかしいだろう! なぁ? なんで俺の隣は妹なんだ? 説明しろ楓!」
あまりに切実な表情のため楓もドン引きだ。
「おにいちゃん指絡めた繋ぎかたしたいの? いいよー!」
「陽凪、違うんだ…それは違う…俺に効く」
恋人繋ぎをした兄妹はそれでも手を離さず歩き出す。
◇ ◇ ◇
終わってみれば怒涛の一日だった。昔を思い出したこともあり僅かにやる気も溢れてきた。
隣の夕月はなぜか物凄く機嫌がいい。たまにスキップをする勢いでぴょんぴょんしているため、転びそうになるのを楓が引っ張って支えている。握った手をコネコネと動かすのもやめてほしい。繋いだ手の指一本一本を確認するように動かしている。
「おまえ随分と機嫌がいいんだな」
「……………」
頰を膨らませてぷいっと視線を逸らした。
「なんで無視するんだ?」
「……………」
わざとらしくそっぽ向いている。
「はぁ…………夕月。なんでそんな機嫌いいんだ?」
「…………へへ…楓」
「だからなんだよ!」と言ってもまた前を向いて笑顔で歩くだけ。もう無理だと観念した楓は好きなようにさせることにした。
今日はもうずっと夕月のターン。どうやら諦めるほかない。
帰りの電車に乗る。さすがに乗車券を買う時は手を離さざるを得ず、そこでようやく解放された…かに見えた。
電車に乗り座席に座る。夕月はほぼゼロ距離で楓の隣へ。電車内はかなり空いている。わざわざ密着して座る意味は無いだろう。
楓は少し腰を浮かすと横にズレる。するとそれに合わせて夕月もズレる。
「…おい」
「…………」
頰を膨らませるとわざとらしくムッとしている。
「…おい!!………勘弁してくれよ…夕月」
「…………なに?」
ニコニコと楓を向く。百面相のようにコロコロと表情が変わる。さすがについていけなくなってきた。
「で、なんでこんな近くに座ってるんだ?」
質問には答えずに手を出してきた。意図はさすがに楓でもわかっている。"黙って手を繋げ"だ。
スカスカの電車内で、密着して座りながら、しかも手を繋ぐ。もはや楓にとっては拷問に近い。だが先ほどから夕月はかなり強気だ。まったく引き下がる気配を見せない。
楓だって男子高校生なのだ。最上級の美人にこんなことをされて平気なわけがない。もっとも夕月の狙いがソレなのだが。
大きくため息をつくと、観念したように手を差し出した。するとすぐに指を絡めて自分の太ももの上へ。うれしそうにその手を眺めている。
あまりにうれしそうな顔をしているため、もういいやと楓も諦めた。相変わらず夕月と一緒だと無言な事が多いのだが、やはり居心地がいいというか落ち着く。そこはさすがに目を背けられられない。
しばらく無言でいると肩に重みを感じた。
(おいおいおいおいおいマジかよ…殺す気か?)
幸せそうに肩に寄りかかり寝息を立てる姿に、もう呆れるしかなかった。
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