第19話 告白
「……何で」
アルフォートが私へと告げた言葉、それはいつかは言い渡されるだろうと覚悟を決めていた言葉だった。
「……何でなんですか!」
けれども、私にはアルフォートの言葉を受け入れることはできなかった。
いつかは言い渡されるだろうと覚悟していたはずのその言葉。
だが、アルフォートの切り出しは覚悟を決めていてもなお冷静さを保てなくなるほど急なものだった。
アルフォートが他人に対して壁を作っていることなんて分かっている。
私でさえ例外ではなく、壁を作られていたことも。
……けれども、私は自分とアルフォートの関係を築いてきたつもりだった。
実際私とアルフォートの関係は、今の今まで決して悪いものではなかった。
一緒に夕食を食べて。
笑いあって。
私はその時間にまるで家族とともに過ごすような安心感を覚えていて、そしてアルフォートもそこまでは言わずとも、心から笑っていてくれたと私は思っていた。
……だからこそ、こんなあっさりとこの関係が終わってしまうことが私には許せなかったのだ。
家を出ろ、その言葉をいつか言われるなんて分かっていた。
覚悟だってしていた。
ーーー でも、こんな風に無造作に今までの生活に幕を下ろそうとするのは許せなかった。
もし、アルフォートが私のことを何も思っていなければそれでもよかったかもしれない。
けれども、アルフォートはいつも必死に感情を抑え、まるで私に嫌われようするように振舞っていた。
そのことに対して、私が溜め込んでいた苛立ちが今、爆発する。
「………どうでも、よかったんですか」
「………何が」
私は今、人間への恐怖の所為でこの家から出ることに抵抗がある。
けれども、そんなことが一瞬頭から抜け落ちるくらい、私はアルフォートの態度に怒りを感じて、気づけば大声で叫んでいた。
「私なんて、どうせどうでもいい人間だったんですか!」
「ーーーっ!」
その私の言葉に、アルフォートの顔に驚愕が走った。
それは大声で怒鳴った私を見て、まさかそんな反応を取られるとは思っていなかったとでもいうような反応。
そしてその反応に私は、まるでアルフォートが自分と別れることに対して怒りを露わにする私が信じられないとでもいうかのように考えているように感じた。
驚愕の後、冷静さを取り戻したアルフォートは薄っすらと笑みを浮かべて口を開いた。
「……君にこの家から出て行ってもらう、それは正確には誤りだった。
ーーー 貴女は自分からこの家を後にする」
アルフォートの言葉、それは私の問いに答えるものではなかった。
それどころか、言葉だけを聞けばまるで私の質問を誤魔化そうとしているようにしか感じられない。
けれどもこの時、私はアルフォートに対して怒りの声を上げることはなかった。
「ーーーっ!」
私にそう告げたアルフォートの顔を見てもなお、アルフォートの言葉はただの誤魔化しだとは私は思えなかったのだ。
私に静かな微笑みとともに視線を向けてくるアルフォートの顔、そこに浮かんでいたのはあまりにも複雑な感情だった。
喜び、罪悪感、そして達観が入り混じったあまりにも複雑な感情。
……それはあまりにも生々しい絶望だった。
どれだけの出来事がアルフォートに降りかかれば、こんな表情をするようになるのか私にはわからない。
……けれども私は反射的に悟る。
彼のこの絶望こそが、他の人間に対する壁の正体なのだと。
「アルフォート様……」
そのことを理解した瞬間、私の胸に走ったのは鋭い痛みだった。
何が過去にあり、何故アルフォートがこれ程の絶望を抱いたのか私は知らない。
けれども、彼は間違いなく過去酷い目に遭ってきたことだけは確実で、その事実にどうしようもなく私の胸は痛んだのだ。
「レシアス嬢、本当に君は優しい人だな」
その私の反応に、一瞬アルフォートは笑った。
本当に嬉しそうに、けれどもこの時間は直ぐに終わるという達観がこもったちぐはぐな表情で。
「だが、私にそんな気遣いは必要ない。何せ私は人じゃないらしいからな。人々を喰ひ殺す悪鬼、竜神。それが私だよ」
「………え?」
その笑顔のままアルフォートが告げた言葉、それに次の瞬間私の顔は凍りつくこととなった。




