実験室の外の体育祭
時系列は1話の1年以上前です。
視点は化学部顧問です。
体育祭の模様。
梅雨入り前なのに夏が来た。
そんなかんじの今日この頃、この学校は体育祭という日を迎える。
この学校、進学校だからさ、さっさと文化祭と体育祭を終わらせて受験に取り掛からせよう、っていう魂胆で、この時期にほぼ同時にこの2つの行事がぶち込まれてる。ちなみに、中間テストもぶち込まれてる。
ね。生徒にとってはなかなかハードなスケジュールなんだけど、それでもそれなりに準備するなりなんなりして、相当面白いことを毎年毎年やってくれるから、まあ、楽しみではあるんだよね。
うん。教員が大変じゃない訳無いでしょ。生徒も大変だけど教員も死ぬほど大変だわ!もー!
……っていう、イベント群が駆け抜けてく中。
今年は部に入った1年生が相当曲者揃いだからさー、楽しめそうだなー、なんて思う訳。
……しかし、うん。暑いねー。なんなんだろーね、これ。
生徒たちは暑さより興奮が勝ってるみたいけどさ、僕みたいな、そろそろ自分の年齢を意識せざるを得ない人間としては、中々にきついんだよねー。
……って、社長に言ったら、「老化と共に代謝が落ちているはずですから却って楽なのでは?先生の場合、暑い原因は運動不足による肥満だと思います」とか言われた。
うん、いやー、もう笑うしかなかったね。はっはっは。怒るぞ。
1年生から3年生まで、くじ引きで各学年1クラスずつを選んで、チームにする。
で、競技の得点の合計で競う、みたいな、まあ、ありがちなルールだよね。
……ただし、パフォーマンス賞、みたいなのがそれとは別にあってさ。
毎年、開会式で各チームが色々やってくれたりするんだよね。うん。
それぞれ9チームが手の込んだ面白いことやってくれて、校長の挨拶にまで乱入したりして存分に場を盛り上げてくれた。
……うん、笑ってたら糸魚川に「笑いすぎです、先生」ってたしなめられた。
いや、僕は笑うのが礼儀だと思ったね!じゃなきゃあのクオリティ出してきた生徒に対して失礼だと思うんだよね。
……って返したら、「いえ、あまりに先生が笑いすぎててうるさいんです。静かにしてください」って返ってきた。
辛辣ー。
体育祭はこうして始まった。
競技は定番の100m走からスタート。
ね。実はさ、リレーとかに足の速い人置くよりも、100m走に入れた方が得点稼げるんだよね。
……っていうのを見越してそこでは温存するとかね。うん、そこまで考える奴は流石にいないかー。流石に全校生徒全員が社長みたいな奴な訳ないし。
ここでは今年化学部に入ってくれた1年生の角三が出て、運動部交じりの中で1位取っててなんとなく嬉しかったり。
あとで褒めてみようかね。あいつ、無口だからなー。どんな奴なのか未だにちょっと掴み切れてないんだよね。
どんな反応するかなー。はてさて。
次が2人3脚だった。
ここで糸魚川が出るんだよね。
パートナーは同じクラスの女子。茶道部の子だったかな。
お互いの脚を紐で結んで、何かちょっと話したなー、って思ったら合図があって位置につく。
……そして、ピストルが鳴った途端に全力疾走。
全力疾走。まじで。
最初から他のペアを抜いて、普通にそのまま転びもせず、速度を落としもせずに一直線。
で、1位取ってた。
こっち見て大層自慢げな顔してくれたんで素直に拍手しておこうかね。
……うん、息ぴったりで凄いけどさ、全力疾走する2人3脚ってさ、なんかビジュアル的に違うね。
女子高生の2人3脚って、もうちょっと「わっせ、わっせ」感が欲しいわ。
いや、糸魚川らしくていいと思うし、面白くていいけどさ。
次が障害物走だった。
此処では1年の針生と舞戸が出るんだよね。
こいつらも御多分に漏れず変な奴らだから楽しみ。
障害物走の障害は全部で5つ。跳び箱超えて、ネット潜って、平均台渡って、風船割って、パン食ってゴール。
跳び箱は身長高い方が有利だけど、ネットは小柄な方が有利だよね。
針生も舞戸もでかくはないからなー。うん、どうなることか。
とりあえず、男子が先だから先に針生だね。
ピストルの音と同時に男子9人が走り出す。
……うん。やっぱ体格差ってあるよね。跳び箱を飛ぶときに押し出されて出遅れた。
……うん、でもやっぱネットが速い。
スライディングするみたいにして一気に潜って最前列との差を埋める。
平均台も3歩で飛び越えて、すぐに受け取った風船を割って、で、パンが速かった。
走って助走付けて飛んだらもうパンが消えてたっていうか、もう、速い。
あ、選んでたのは一番近かったメロンパンだったね。
で、そのままゴール。
最初の遅れを殆どパンで取り戻して堂々の1位。
これは素直に称賛ものだね。
で、次が舞戸だった。
うん、こいつも速かったよ。ネットで手間取ったので遅れてたかな。ただ、元々女子の中ではそこそこ脚が速いんで、パン前には最前列に来てたね。で、軌道変えてまであんぱん狙いに行ってた。
で、こいつも一瞬でパン咥えて持ってったから滅茶苦茶2位と間離してゴール。なんだろ、こいつらそんなにパン好きなの?
次が借り物競争ね。
こういうネタ系の種目が多く入ってるのがこの学校らしくていいと思う。うん。
これには刈谷と加鳥が出るみたいね。
二人ともクラス違うから対戦って事になる訳だけど。
スタート走って、最初に50m先にある箱からくじを引く。
で、そこに書いてあるものを借りて持ってくる、っていう奴なんだけど。
……あれ。
なんか、二人ともこっち来てる。
え、どうしよ。逃げよっかな。いや、やめとこ。
「先生―、お題が「好きな人」だったんです」
「先生―、お題が「身長180cm以上の人」だったんですー」
……。
よし。
「刈谷の方に行くとあらぬ誤解を招きそうだから加鳥の方で」
だって、「好きな人」よ?
いや、そういう意味じゃないって分かるしさ、ネタ的にはいいんだろうけどさ。
「酷いですよ先生!」
それでも僕はエネルギーに溢れる女子高生たちにからかわれるのは御免なんだなー。
ちなみに、結局刈谷は担任の先生を連れて行った。
ほやほやした雰囲気のそこそこの年齢の先生だったから、皆でほっこりして終わってた。
うん、人選って大事よ。
午前中最後の種目は大縄だった。
うん、うちのクラス引っかかりまくりだったんで割愛。
もー、なんでこういう時に練習の成果がでないかなー。
いや、一番悔しいのは生徒たちなんだろうけどさー、でもさー。
……で、午後。
遂に来てしまった。
いや、午後最初の種目がさ、「部活動対抗リレー」なんだよね。
ルールは簡単。
運動部男子、運動部女子、文化部、の3つに分けて、各部で順位とパフォーマンス賞を競うっていう。
これは体育祭自体の得点とかとは関係ない、完全なネタ部門だね。
ただし、順位1位とパフォーマンス賞がそれぞれ図書カード500円分もらえるからさ、なんか、張り切ってるね。
……図書カード500円分って、そんなに燃える素材かあ?
で、運動部見てると非常に速い。
流石だなー、としか言いようがないね。うちのクラスの連中も何人か活躍してて僕は満足です。
……で。
遂に文化部の部門なんだけど、これ、去年まではうち、1位もパフォーマンス賞も狙えなかったんだよね。
こう……運動ができる奴がだれも居なかった、っていうのと、屋外で見栄えがして安全な実験、って、あんまり無いんだよね。それでどうしてもこの部は不利だったわけで。
文化部は必ず女子が1人以上入っていないといけない、っていうルールがあるから、特に運動ができない化学部女子連中が脚を引っ張る、っていうのもネックでだな。
でも、今年入った連中がさ。結構、足、速かったんだな、これが。
当然っていうか、角三が筆頭ね。で、速い順に選んで社長と鈴本と針生をセレクト。で、女子の中で一番速かったから舞戸。
この5人が……安全眼鏡に白衣、っていう実験室スタイルで走る。
バトン代わりにフラーレンの模型持って。
……うん。一番掴みやすくて渡しやすかったらしいよ、フラーレン。
ま、分子模型の中ではかなり丈夫だしな。うん。これには文句ない。
ということで、部の宣伝にも十分、かつ、そこまで走る邪魔にならないこのスタイルで走る事になったらしいんだわ。
1番走者は舞戸だった。後から追いあげていくスタイルらしいね。
スタートと同時に男子の数を揃えやすい吹奏楽部が真っ先に1位になる。
美術部とかは最初からパフォーマンス狙いで行ってるね。
文化部は必然的にパフォーマンス狙いが増えるからなー。
吹奏楽部は待ってる選手がリコーダー吹いてるし、美術部はバトンの代わりにでっかい筆(この日用にわざわざ作ったらしい)持ってるし、茶道部は茶碗と茶筅もってるし(あれがバトンらしい……)。
見てて飽きなくていいね。うん。
舞戸もそこそこ奮闘してたんだけど、すぐに差が付き始めて、先頭から置いて行かれるのが分かった。
遅くは無いんだけど、男子に勝てる訳もないんでね。4位で針生にバトン……フラーレンパス。
しっかり速度上げてからパスしてるあたり、こいつらの本気っぷりが見えるね。
しかし、針生も割と脚、速いね。1人抜いたよ。
その状態をキープして社長にフラーレンが渡る。暫定3位ね。
で、社長がまたこれが速かった。
こいつ、こんなに脚速いんだっけ?うん、びっくりした。
後で聞いたら「俺は短距離向きなんです」っつってた。うん、事実、250m走ってへばってたし。
そうして鈴本がフラーレン受け取った時点で2位。
うーん、いいね。盛り上がってるね。思わず見入っちゃうよね。
いや、こいつに関しては盛り上がり方が微妙に違うんだけど……うん、いいや。
1位が女子と交代したこともあって、だんだん1位との差が詰まってるのが分かる。おー、がんばれがんばれ。
そしてラスト、角三にフラーレンが渡った途端、スピードが上がった。
あー、やっぱあいつ、運動部の脚してるだけあるなー。
それにびびった他の部の人を追い上げて、抜かして、結局化学部が1位とっちゃった。
うわー、ありえねー。
いや、なんかフラーレンパスの練習とかしてるなー、とは思ったけどさ。まさかホントに1位取れちゃうとはなー。いやあ、おみそれしました。
「流石私の後輩達!流石だわ!流石だわっ!」
隣で糸魚川が凄くはしゃいでる気持ちも分かる。
うん、文化部でこれだけの人材が揃う、って、幸運だよなあ。
ちなみにパフォーマンス賞は吹奏楽部のリコーダー4重奏が持ってった。
ということで、顧問としてはそこそこ嬉しい結果の後、体育祭で一番物騒な種目に入る。
うん。騎馬戦。
毎年怪我人が出る奴ね。
女子は出ないから男子だけ。男子も騎馬戦に出る奴だけ。各クラス6名位なもん。
つまり、大体ガタイと運動能力に秀でた奴が出てる訳だから化学部連中は出てないよなあ、って、自分のクラスの応援だけしてよ、って、そう思ったんだけどさ。
鳥海と羽ヶ崎が出てた。
……何故に!?いや、素で驚いたわ。なんで?ほんと、なんでこの人選?
……後で聞いたら、誰も騎馬戦やりたがらなくてじゃんけんで決めて、で、負けたらしい。うん、そういうちゃんとした理由があってよかったわ。うん。
ちなみにその2人、意外と奮闘してた。
鳥海が馬の方で、羽ヶ崎が騎手の方だったんだけどさ。
ほら、鳥海は周り見るの巧いし統率力あるし、羽ヶ崎はリーチ長いし頭回るし。
その結果、敵陣の鉢巻2本も取ってた。うわー、快挙。後で褒めとこ。
1年生の方はそれで良かったんだけど、3年生の方で……今の化学部の部長が、歩いて3歩で騎馬崩壊っていう中々に救いようのないことになってて大笑いさせてもらった。
その後女子による棒引きで糸魚川が修羅になってたとか、男子による棒倒しで部長が踏み台にされてたとか、そういう面白画像も見られて満足した。
で、最後に綱引きやって体育祭終了。
僕のクラスのチームは3位というそこそこの順位を収めたし、部の方も中々健闘してくれてたし、良い1日だったね。うん。
さて、次は文化祭だ。
文化部にとっては数少ないハレの日、つまり張り切りデーな訳だけど、今年は例年以上に楽しくなりそうね。うん。期待してる。
「先生!フラーレンの模型が一部折れてました!アロンアルファでいいですか?」
……うん。
「先生、来年はゴール地点でテルミット反応っていうのはどうでしょう?」
「それじゃあ危ないじゃん。それよりシャボン玉まき散らしながら走るってのはどう?」
「べったべたになりそうだな……」
「他の部から絶対クレーム来るでしょ、それ」
「化学部の後ろを走る奴が悪いっ!」
「ケンカ売ってどうするんですか、やめてくださいよ!」
「今年の吹奏楽部みたいに、バトン待ちの人がやる分にはいいんじゃないかなあ」
「……え、俺、それやだ……」
……うん。すっごく期待してる。




