野郎共の調理実習
時間軸は80話です。
視点は刈谷です。
野郎共がご飯を作ります。
「……じゃあ、いくぞ」
「……うん」
鈴本が宙に投げたそれを、ありえない速さで振った刀で1口サイズに斬りました。
それを下で加鳥が受け止めます。
……はい。芋です。ジャガイモです。
「あ、ああああ、ごめん刈谷!指切った!へるぷ!」
そして隣では針生が人参の皮をナイフで剥いて手を切り。
「……」
角三君が黙ったままぼろぼろ涙をこぼしながら覚束ない手つきで玉ねぎの皮を剥き。
「え、これどうすんの?ハムとか無いっしょ?」
「ベーコンはありますけど」
鳥海と社長がプリントを前に頭を捻り。
「鈴本、この肉挽肉にして」
「無茶言うな」
羽ヶ崎君が食料庫との間を行ったり来たりして。
……はい。俺達、今、調理実習状態です。
発端は簡単な事でした。
『やばい今日帰れないかも』とだけ、いきなり『交信』が来たんです。
……舞戸さんも大変ですよね。今、吹奏楽部の人達と接触してる途中みたいですし、時間が掛かる、って事はパターンAで……平和的交渉の方で何とかなったんでしょうし、助けを求められた訳でも無いのでそこは安心できるんですけど。
……それとは別に、俺達は「晩御飯どうしようか」っていう、そういう問題に突き当たっちゃったんですよ。
俺も多少は料理できますけど、炊飯器なしにご飯は炊けないです。はい。流石に。
それに、調理機材とかが整ってる状態で、っていう条件が付きますし。
ガスコンロじゃなくて薪の火、或いは『火魔法』で舞戸さんは調理、やってますから。
それに、食材がもう、分からないです。
肉は肉でどーんっ、ってあります。薄切りとか挽肉じゃないです。塊です。
野菜はもう、何が何だか分からないです。サイズは凄いことになってるし、色は不思議だし、性質も違うのかな……?ええと、とにかく勝手が分からないです。
分量も分からないし材料も分からないし、もう分かんない事だらけで。
……しかし、救世主が現れました。
「ああああ!やっぱあった!あったっ!」
針生が鞄のファイルに入れっぱなしにしていた、いつかの調理実習のプリントです。
鞄は中身と一緒にこの世界に来ていたので、針生の不精のおかげで俺達は献立とレシピを手に入れることができました。運がいいですよね。はい。
そのプリントの献立は……ハンバーグステーキ、ポテトサラダ、オレンジゼリー、白飯。
……ゼリーは作らないとして、前者2つなら何とかなりそうですよね。
ご飯はパンで代用しましょう。うん、しょうがない。
……残っていたのが中華ちまきの回のプリントだったら、詰んでましたね。はい。
という事で、作り始めたんですが……酷いです。
俺もそこまで得意、っていうか、自慢できるレベルじゃないです。普通にやってるレベル、っていうか。
……なんですけど、皆、酷い。酷いです。これは酷いですよ!
ピーラー無しで野菜の皮が満足に剥けない、包丁を持つ手が覚束ない、挙句の果てに刀を使った方が上手に切れる!
ああああ、駄目ですよ、これは駄目です。もっと皆、料理しましょうよ……。
「玉ねぎ……できたから……俺、トイレ行ってくる……」
なんというか、どこまでもイノセントな角三君に敬礼しつつ、俺は玉ねぎをみじん切りにし始めます。
舞戸さん程の速さじゃないですけど、少なくとも他の誰かがやるよりはマシだと思います……。
……しかし、置いてあったナイフを使わせてもらってるんですけど、凄くよく切れますね。針生の投げナイフよりも数倍切れ味鋭い印象です。
舞戸さん、夜な夜な砥いでたりするんですかね……あ、ちょっと怖いですね、それ。
「……竹串が刺さったらOK……ん……ていっ……OKみたい」
「角三君、多分、そうやらないと刺さらないなら駄目だ」
鈴本の突っ込みがありがたいです。でもできれば『スッと竹串が通るまで』の意味ぐらいは『多分』を付けずに理解してほしいです。
「で、これ、いつまで炒めてればいいわけ?」
「わー、羽ヶ崎君、どうしてこうなるまで放っておいたんだあ……!」
「あ、いや、大丈夫ですよ。このぐらい茶色くなるのは許容範囲ですからとりあえずお皿に取りましょう」
飴色になった玉ねぎのみじん切りをとりあえずお皿に取っておきます。
そうしないと余熱で焦げそうだったので……。
「パン粉が無いですね」
「パンはあるんじゃない?んで、それみじん切りにすればいいんでないの?ん?」
鳥海がパンを取りに食料庫に向かって、入れ違いに針生が戻ってきました。
「ねーねーこの卵ってさー、『卵1個』じゃないよね?明らかに普通の卵よりでっかいよね?」
針生が人間の頭より大きな卵を持って来ました。
……もうちょっと、小さいのあったでしょう。そっちを持ってきなさい。
「挽肉に塩を加えて捏ねる事でアクチンとミオシンが溶け出し、結合してアクトミオシンになり粘性や伸展性を生みます」
「へー」
「へー」
「へえ」
社長はその知識と実体験が微妙に結びついてないのが惜しいと思います。はい。もうちょっと捏ねないと駄目です。
ねぎとろみたいになるまで、ってプリントに書いてあるじゃないですか!
「えーと、ジャガイモを……あ、これ、ザルにあけないといけなかったのか」
そっちのほうでは茹ったジャガイモがお湯の中に放置されていたみたいで、すごく柔らかくなっているみたいです。
「えいっ……あ」
「角三君、もうつつかない方が良さそうだ。やめよう」
茹ですぎな訳ですから、そりゃ、竹串で刺したら崩れますよ!
「牛乳……は見つからなかったからそのままでいいや。パン粉投入―」
ま、まあ、生パン粉ですし、そこまで酷いことにはならないと思います。
「卵投入……あ!ゴメン殻入った!」
針生は何故直接割り入れようとしたのか!自分の技量と相談して下さいよ!
「整形する時は赤血球型……」
角三君、それ、白血球の間違いじゃないでしょうか……。
「社長、なんでそんな形になってんの?」
「鎌形赤血球というものがありまして、それは先天性の異常なのですが、そのせいで貧血になる人もいるんです」
「へー」
「へー」
違います!そういう意味で赤血球型って書いてあるんじゃないです!核が抜けて真ん中が凹んでる、っていう意味で赤血球なんです!分かっててやってるでしょ!
「……で、叩いて空気を抜く……あ」
角三君、力加減っていうものがあります……あ、そっか、力にも補正が掛かっちゃってて加減が分からないんですね。すみません。
「ええっと、そういえばマヨネーズってあるのかなあ」
「……僕は見た事無いけど」
……ポテトサラダ、作り始めちゃいましたけど、そういえば舞戸さんがマヨネーズを使っている所を見たことが無いです。
「マヨネーズは酢と油を卵黄のレシチンで乳化させたものですから作れると思います」
「塩味にしましょう!塩味に」
社長の提案をすぐに却下しました。だってマヨネーズを手動で作るとか、俺達がやったら絶対分離するじゃないですか!もう俺にはその未来が手に取るように見えますよ!
「……さて。誰がひっくり返す?勇気ある者は居ないか?」
……ハンバーグを焼くフライパンを囲んで、皆で沈黙。
……誰も名乗り出ないですね。
俺がやります……。
「ねーねーハンバーグのソース、ウスターソースとケチャップ、って書いてあるけど、あったっけ?」
「……塩でいきましょう」
無いものはしょうがないです。
本当に、舞戸さんはどうやってやりくりしてるんでしょうね……。
「なんか……水っぽい」
ポテトサラダを味見した角三君が首を捻ってますけど、そりゃそうですよ。茹でたジャガイモそのまま鍋に放置してたんですから!
「え、まじで?……あ、ほんとだ。なんか水っぽいっすわー」
「加熱して水分を飛ばしますか?」
「焦げそうで嫌なんだけど」
はい。絶対焦げますよ。ジャガイモ炒めた事ないでしょ?焦げますよ。すっごく焦げますよ!
是非やめましょう!
……という訳で、何とか、実食に漕ぎつけました……。
「じゃあいただきまーす」
そういえば俺達、いただきます、の挨拶はこの世界に来てからも欠かしたことが無いですね。
……食べてみました。
「すげえ、俺今、『可もなく不可も無く』っていうのを体験してる!」
針生の評価は凄く尤もです。
まさにそんなかんじですね。
なんとなく硬い、薄味なハンバーグと、水っぽいポテトサラダですから。
食べられない程じゃないですけど、そこまで美味くもできてないっていうか……。
「……舞戸さん、明日には帰ってくるといいなあ」
「ね」
……舞戸さんが明日の朝も帰ってこられないようなら、朝ごはんは最悪、俺一人でなんとかした方がいいですかね……。
……というのも、杞憂に終わりました。
「ただいまー!」
「あ、お帰り」
舞戸さんが帰ってきました。なんだか幽霊メイドさんらしくなってます。
ええと、凄く疲れてるみたいです。心配ですね。
「……ええと、これは、一体どういうことかね?」
そして舞戸さんが机の上を見てびっくりしたような顔をしています。
「お前が帰ってこれないかもしれないって言ってたからな。俺達で飯作った」
……一応、俺達だってご飯ぐらい作るんですよ。ええ。
なので舞戸さん、そんなに感動したような顔、しないでください……。
正直、なんというか、美味しいか、って言われると凄く微妙なラインだったと思うんですけど、舞戸さんはやたらと美味しそうに、というか、嬉しそうに食べてました。




