真面目に真っ直ぐふざけて遊ぶ
時系列は158話と159話の間です。
視点は加鳥です。
本気で缶蹴りをするようです。
『こちら『ミナモ』。敵から6時の方向にいます!』
『交信』の腕輪を通して、針生の声が聞こえる。
『こちら『アヤメ』!8時の方向です!敬礼っ!』
同じように、鳥海の声も。
『こちら『サクラ』。合図で一斉に仕掛けましょう。『ミナモ』は一瞬遅れて出てください。他の人が名前を呼ばれている間にターゲットをお願いします』
そして僕らは社長の合図を待ちながら、敵……羽ヶ崎君を見る。
うん、このまま突っ込むと僕が一番最初に見つかって名前を呼ばれるかな。
もうちょっと位置をずらしておこう。
『準備はいいですか?いきます。3、2、1、今です!』
社長から合図があって、全員一斉に飛び出す。
勿論、できるだけ分かり辛いように攪乱を意識して動く。
「加鳥、鳥海、角三」
羽ヶ崎君が名前を呼んで来るけれど、まだだ、まだ終わらんよ。
「鈴本、刈谷、柘植……っ!」
羽ヶ崎君の後ろから出てきた3人に羽ヶ崎君が気を取られてる間に、缶の影から出てきた針生が缶を蹴った。
はい、ゲームセット。
いやあ、ちょっと緊張したなあ。
「……あのさあ、『影渡り』は反則だと思うんだけど」
うん、まあ、缶蹴りやるのにはちょっと卑怯かもね。
事の発端は、舞戸さんが「今晩何食べたい?」って聞いたこと。
大体はいっつも皆、「何でもいい」なんだけど。
「あ、コロッケが無性に食べたい」
って、針生が言い出したんだよね。
……コロッケ、って、結構手間がかかるみたいで。
だからその日の旅行はそこで中断。うん。時間はたっぷりあるし、これに対しては全然問題ないよ。僕もコロッケ、食べたくなってきちゃったし。
ただ、そうすると舞戸さん以外の人が暇になっちゃうんだよね。
……舞戸さんの手伝いって、下手に手伝おうとすると……ちょっと、危険だからなあ……。うん、台所って、戦場なんだね。
それでどうしようか、ってやってたら、鳥海がこう言い出したんだよね。
「本気で遊んでみたーい!」
って。
それで、缶蹴りを本気で遊ぶことにした、っていう事なんだけれど。
まず最初にやったのは、バトルフィールドの整地かな。
一応、隠れる場所が無いと缶蹴りにならないけど、障害物だらけだと名前を一々口に出さなきゃいけない鬼に不利だから。僕ら、身体能力は相当上がったけれど、口が回る様にはなってないんだよねえ……。
だから、本気で缶蹴りしようとしたら、鬼が凄く不利になっちゃうんだよね。その為にルールも少し変えたりしたよ。
それは置いておくとして、とりあえず、半径300mの樹は全部切り倒して整地したよ。
……100m位なら、鈴本とか角三君とか針生とかが本気出したら、ホントに1秒かからないから。
その半径300mの円を中心にして、半径500mの円が僕らのバトルフィールド。
鬼は半径300mの円の中心あたりに缶を置く。
それで、鬼は鬼以外の人を見つけたら、その人の名前を呼ぶ。名前を呼ばれた人はそこでゲームオーバー。
……缶を踏まなきゃいけない、っていうルールにしちゃうと、鬼が鬼以外の人を探したりできなくなっちゃう、っていうか、やっぱり鬼に不利すぎるから、っていうことで、こういう事になったよ。
それから、缶を蹴る側のハンデとして、『決められた円の外に蹴りださなきゃいけない』っていうルールにした。
その円は半径200m。うん。この程度なら本気出して蹴らなくても大丈夫かも。
このゲームは、鬼が全員の名前を呼んでゲームオーバーにさせるか、誰かが缶を蹴って200mの外に出したら終わり。
缶が蹴り出されたら鬼がもう一回鬼をやって、鬼が全員の名前を呼んだ時には最初に名前を呼ばれた人が次の鬼。
ちなみに、武器の使用は鬼のみがOK。
ほら、武器が使えないとできることが凄く減っちゃう鈴本とか角三君とかが居るから……。
……それから缶、ってさっきから言ってるけど、缶をホントに只の缶にしちゃったら僕らの遊びついていけないこと請け合いだから、僕がささっと空き缶っぽい金属塊を作ったよ。
うん。一応、軽くて凄く丈夫だから、蹴った人が痛い思いをすることも無いし、缶が爆発することも無い、と思うなあ。これ、戦術汎用宇宙機器と同じ素材だからさ。
……それで、まあ、やってみて。今、『影渡り』は反則か、っていう談義に入ったんだけどね?
「やっぱりスキルの行使はあった方がバリエーションあっていいと思う」
「分かった。じゃあ半分殺し合いになるが、それは後で刈谷に頑張ってもらう、って事で。一応念の為言っておくが、それから、殺すな。死にかけたらそこでゲームは中断だ。何かやった結果半殺しにするのはありだが、半殺しにする目的で何かするなよ?いいな?」
……わー、物騒だよー。凄く物騒だよー。
なんで缶蹴りで半分殺し合いになっちゃうんだよー。こんなの絶対おかしいよ。
……いや、うん、僕もやるけどね?
第二ラウンドは仕切り直し、って事で、また鬼をじゃんけんで決めた。
……ん?え、普通にやったよ?うん、珍しく。
ただ、あいこが29回連続したけれど……。
じゃんけんの結果、鬼は社長になった。
……嫌な予感しかしないよ?
「3、2、1、スタート!『アースウォール』!」
で、開始早々に、社長の周りの土が隆起して、その内の一角が塔みたいになっちゃった。……缶、あの中、なんだろうなー……。
『あれ、反則じゃないの?』
『いや、そういうことは決めなかったはずだ。社長に紳士協定を求める方が間違ってる』
うん、まあ、社長だしなあ……。
『一番いいのは俺が『光球』で土壁の内部を照らして、それでできた缶の影に針生が『影渡り』じゃないですかね?』
うーん、社長の事だから、それぐらいは対策してると思うんだけど。
『一回やってみよっか。じゃあお願い』
『分かりました。『光球』』
刈谷もすっかり魔法の制御が上手くなったみたい。『光球』は多分、土壁の中の空間に生成されたんだと思う。凄いなあ。
『じゃあ行ってくるねー』
で、針生の声が聞こえたなあ、って思ったらさあ。
「『ロックポール』!」
その瞬間に、だよ?社長が『ロックポール』。
針生が突き上げられて土壁の天井突き抜けて、外にはじき出されちゃった。
……うわああああ、容赦無いなあ。
「針生。これでリタイアですね?」
ちゃんと名前を呼んで針生をゲームオーバーにすることも忘れない社長。流石社長。
『……これ、普通に行った方が良かったんじゃないの?』
『だよな。よし、じゃあ羽ヶ崎君は社長を凍らせて足止めしてくれ。その間に仕掛けよう』
うわあ、普通、ってなんだっけ?
『じゃあ合図で全員一斉に行こう。いくぞ、3、2、1、0!』
鈴本の合図があると同時に、社長が氷の檻に閉じ込められる。
うわあ、容赦無いなあ。
僕も走りながら『イレイズビーム』で土壁を切断しておく。
切断した面に一番近かった鈴本が土壁の中に入って。
……入ったんだけど。
「無い、だとっ!?」
「鈴本刈谷角三加鳥羽ヶ崎鳥海」
鈴本が驚愕してる内に社長は凄い速さで全員の名前を呼んで、ゲームセット。
うわあ、凄いなあ……。
「種明かしをしますと、缶はここです」
見てみたら、土の塔じゃない所の隆起した土の陰に、ちょこん、って缶が置いてあった。
「『光球』と『影渡り』のコンボは最初から分かっていましたからね。この塔の内部には缶と同じ大きさ、形状の土の塊が置いてあります」
うわあ、社長だ。凄く社長だあ。
「では、次の鬼は針生ですね」
最初に名前呼ばれたのは針生だもんね。どんまい。
「うわー!勝てる気がしない!」
……うん、どんまい。
「じゃ、いくよー。3、2、1、スタート!『帳』っ!」
……わー。
スタートと同時に、闇のカーテンがふわっ、って広がって、何も見えなくなっちゃった。
『……『暗視』のモノクルを使っても視界が悪いです。相当レベルの高い、濃い、闇です』
うん、針生だって、伊達に忍者やってないもんね。
得意じゃない、って言ってはいるけど、闇魔法だって使えるんだし、凄いなあ。
『で、どうするよ?』
『光魔法をぶつけるのが良いんじゃないか?下手に……っ!』
「鈴本―っ!」
……うわ、うわあ。凄いなあ、針生。
つまり、缶から離れて、鬼以外の人を探して全員の名前を言っていくつもりなんだ。
『諦めて各自特攻!』
社長の声が聞こえて、僕らは走り出す。
その前に『レーザーショット』で闇のカーテンの一部を消しておくのも忘れない。
いくら濃い闇でも、術者が中にいないって分かったからさ、維持するのにそこまで手を加えるとも思えなかったんだよね。
……まあ、うん、一部は消えたんだけど、消えた所に闇がすぐ充填されて、殆ど元に戻っちゃったんだけどね。
「柘植!加鳥!」
うわ、でもやっぱり呼ばれちゃった。社長を優先したのは、『暗視』が使えるから、なんだろうなー。
僕と社長はその場に立ち止まって両手を上げて、状況を見守る。
見てると、羽ヶ崎君が針生を足止めしてる間に角三君が凄く真っ直ぐ突っ込んでいって、闇のカーテンに突入した。……んだけど。
静か。缶が一向に外に出てこない。
やだよー、中で何が起こってるんだよー。怖いよー。
その後、鳥海が名前を呼ばれて、刈谷と羽ヶ崎君は『帳』の中に入ったけれど、やっぱり缶も出てこなくて。
針生が『帳』を解除したら、中で気絶してる3人が居て、針生がその3人の名前を呼んで終了。
……まさか、こうなるとはなー……。
「で、あれはなんだったの」
気絶してた3人を起こして、針生に種明かししてもらった。
「うん。『死神の刃』を仕掛けといただけー」
闇のカーテンの中は真っ暗で、『暗視』が使える社長以外は皆何も見えないこと請け合いだから、そこにスタン効果のある『死神の刃』を設置しておいたんだってさ。
『死神の刃』は闇魔法で作った刃で、本来なら術者が出しっぱなしにしておかないといけないんだけど、『帳』でしっかり闇魔法のフィールドを作ってあれば、作りっぱなしにしておいてもそのままそこに残るんだって。
「わーい、気分いい。あはははは。次は鈴本ねー」
嬉しそうな針生とは対照的に、鈴本はちょっと気が重そう。うん、鈴本は特に使える魔法とか、無いからなあ……。
「じゃあ、始めるぞ。3、2、1、スタート。……どこからでも掛かってこい」
……抜刀、されたあ……。
鈴本の気迫は凄いね。うん、出て行きたくなくなっちゃうよ。つくづく、鈴本が敵じゃなくて良かったなあ、って思う。……うん、今は敵なんだけどね?
『とりあえず、僕と社長で足止めするから、それと同時に特攻でよろしく』
羽ヶ崎君の声が聞こえて、それからすぐ、鈴本めがけて氷魔法と土魔法が飛んだ。……んだけど。
「甘い」
氷も岩石も、避けられて斬られる。
「どうした?この程度か?」
しかも、煽ってくる……。
『針生、もう一回『帳』をお願いします』
『はーい。『帳』!』
で、針生が『帳』で鈴本を覆おうとしたんだけどね?
「『影斬』!」
……鈴本って、対・闇魔法用の斬撃技も、そういえば持ってたんだなあ……。
『俺の『城壁』で囲んでみる?一瞬はもつと思うけど』
『あ、じゃあ俺の『箱舟』も合わせてみますね』
だから、逆に鈴本を守っちゃえ、っていう発想で行く事になったんだけど、これもやっぱり上手くいかなかった。
……うん、鈴本、『箱舟』を破るために『鬼神』発動しちゃったんだよね……。
凄く燃費が悪いらしいんだけど、一時的に能力を凄く上げる、っていう技らしいんだ。
それで、気迫が凄いことになっちゃって。
その状態で鈴本、空飛んで、上空から見つけて名前を呼ぶ作戦に移行しちゃって。
……もう、僕らは諦めて全員特攻。
で、峰打ちされたり名前を呼ばれたりして、あえなく撃沈。
「俺でも案外なんとかなるな」
「これさー、やっぱりもうちょっとルール改正しようよ」
うん、鬼が強いね、ほんとにね。
その後数ゲーム遊んだら、実験室から出てきた舞戸さんがフライパンをお玉でカンカンやりながら「ご飯だよー」って僕たちを呼んで、ゲーム終了にした。
あー、疲れたし怖かったりしたけど、楽しかったなあ。偶にはこういうのも悪くないよね。
実験室にまで戻ったら、舞戸さんが入口で外を見たまま固まってた。
「舞戸さん、どうしたの?」
聞いてみたら、ぎぎぎぎぎ、っていう音がしそうな位ぎこちなく首を動かして僕の方を見て。
「……ご飯……なんだけど、あの、君達、この荒野は一体……」
……うん、全力で遊ぶと、ついそこら辺が荒地になっちゃうよね。
後でもう一回整地しなおして、舞戸さんに植林してもらうようかなあ……。
うん、でもとりあえず、お腹減ったからご飯の後でもいいよね?
コロッケ、楽しみだなあ。




