脱出と別れ
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その後、脱出はスムーズだった。
元市長の提案で、伝令用の早馬を厩舎から拝借し、それに乗って一気に城門を突破したのだ。
「俺は馬に乗れない」
「私も自分で提案しておきながら、貴族の嗜み程度なので……」
俺を含め、約二名の足手まといが存在したため、ライカの後ろには俺が、ハウンドの後ろには元市長が、それぞれ乗ることになった。
『二メートルの大男が女の子に掴まりながら馬に乗るって、超絶カッコ悪いですね』
(うるさい。日本人で馬に乗れる奴なんか一%もいねーよ)
ライカの腹に腕を回し、振り落とされないように体を密着させる。
ちなみに、ライカは馬に跨るため、膝丈になったスカートにナイフでチャイナドレスなみの切れ込みを作っていた。
なので、一人だけ無人島から脱出してきたようなボロボロの格好をしている。
跳ね橋に立っていた門番を(ハウンドが)外堀に蹴り落とし、農奴を監視している魔王軍の兵士に見つからないよう、穀倉地帯を迂回して馬を走らせると、いつの間にかオターネストの城壁は遥か後方に遠ざかり、俺たちは川沿いの平原を移動していた。
「ここまで来れば、もう大丈夫だろう」
前を走っていたハウンドが手綱を引いて、馬を停止させた。
日はかなり傾いて、辺りを茜色に染めている。
「追っ手の姿も無いな。これは作戦完了かぁ?」
「そうだな」
馬に乗ったまま並走するように近づいてきたハウンドと、俺はハイタッチをした。
「逃げきったのか……。いまだに信じられん」
元市長が脱力したように呟く。
「集落まで、あとどれくらいだ?」
「このまま川沿いに進んで、途中で橋か浅瀬があったら向こう側に渡っちまえ。そうしたら、行く時に通ったデカい街道と合流するはずだ。そこまで行けば、もう分かるだろ?」
「一緒に来ないのかよ?」
俺が尋ねると、ハウンドはへらっと笑って、後ろの元市長を一瞥した。
「この死にたがりを、人間の町まで送り届けないといけないからな」
「すまない。最後の最後まで迷惑をかける」
元市長は真剣な表情で、俺とライカの二人に頭を下げた。
貴族なのに、とか。伯爵なのに、とか。
口癖のように言っているくせに、こういうところはちっとも貴族らしくない。
「だが、分かってくれ。今が人類にとって生きるか死ぬかの分水嶺なのだ。一刻も早く、この情報を陛下にお伝えしなければならない。そして、この情報が真実であると信じてもらうためには、私が直々に向かわねばならないのだ」
「まう、そうだろうな」
魔王軍のツートップが揃って敗北し、港では多くの帆船が使い物にならなくなり、補給用の回復薬が大量に破棄された――――などという人類側にとって都合が良すぎる情報。
どこぞの馬の骨が報告しても、一笑に付されるだけだろう。
「休まずに行くのか?」
「ああ。ここまで来たら、俺たちは休まずに行く。お前らは、適当なところで野宿をしろよ。穀倉地帯を大きく迂回して来たから、どんなに急いでも大森林に着くのは明日の昼過ぎになるはずだ」
「分かった。――――お前は、魔王軍と間違えられないようにしろよ?」
「そこなんだよなぁ」
俺が冗談半分で言うと、ハウンドはげんなりした様子で深々とため息をついた。
「ま、口八丁で何とかなるだろ」
「大丈夫。私が責任をもって君のことを説明する。つまらない理由で、命の恩人を危険な目に遭わせたりはしないさ。こう見えても、私は伯爵なのだからね」
元市長はどんと胸を叩いて安請け合いすると、思い出したかのように上着を脱いで、それを俺に差し出してきた。
「覇王丸くん、これを」
「何だ?」
「ポケットに回復薬が入っている。集落にも怪我人がいるのだろう? 使ってあげてくれ」
「ああ、そうか。悪いな。じゃあ、代わりにこれをやるよ」
俺は肩に引っ掛けていた熊の毛皮を、元市長に差し出した。
「少し焦げてるけど、肩に掛けておけば風くらいは防げるぞ」
「ははは。これはいいな! 勇気が湧いてくるようだ!」
もう怖いものは何もないよ! と。
王都に行けばオターネスト陥落の責任を一身に背負わされるかもしれない男は、楽しそうに笑った。
これから死にに行くのだ。
笑顔で。
人類の勝利と引き換えに。
「さあ。時間が惜しいからな。そろそろ行くぞ! じゃあな!」
ハウンドが右足で馬の腹を蹴り、合図を送る。
馬はいなないて――――走り出した。
「覇王丸くん、ありがとう! この恩は決して忘れない! もし、もう一度、生きて会うことができたなら、その時は回復薬ではなく酒を飲み交わそう!」
元市長は最後に大きく手を振り、俺たちに背を向けた。
「また、会えるといいですね」
ライカが寂しそうに呟く。
「そうだな。……俺は酒を飲めないけどな」
俺は頷いて、小さく鼻を鳴らした。
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