回復薬を捨てよう
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「あ。覇王丸さん、ちょっといいですか」
「ん?」
名前を呼ばれたので振り返ると、ライカは何を思ったのか、俺が渡した小型のナイフを取り出して、スカートの裾の部分を切りはじめた。
ライカの細いふくらはぎが露になり、代わりにそれなりの長さの布切れができる。
『膝丈のスカートですか。……いいですねぇ』
(お前は気持ち悪いコメントしか言えないの?)
俺が呆れていると、ライカは裁断した布切れに回復薬をたっぷり染み込ませて、それを包帯のように、俺の左腕に巻きつけた。
「あの……。昨日から着ている服なので、少しだけ汚いかもしれないですけど。でも、回復薬を染み込ませましたから。衛生的には大丈夫だと思います」
「いや、助かる。ありがとう」
ライカに礼を言う。
ふと頬の痣が気になったので、俺は瓶を逆さにして残りの回復薬を掌に出すと、それをライカの頬に押し当てた。
化粧水を染み込ませるように、クリームを塗り込むように、指先で丁寧にライカの頬を撫でる。
「――――治らないな」
十秒ほど経って手を離したが、痣は消えていなかった。
「外傷じゃありませんから」
「でも、痕が残ったら困るだろ」
「そんな、大袈裟ですよ」
ライカは困ったような顔をして笑った。
「回復薬を何本か持って帰ろう。ポケットに入れておいてくれ」
「あ、はい」
木箱から数本の回復薬を取り出し、ライカに手渡す。
「おっさんとハウンドも頼む」
「おう」
「私の上着、実はポケットがたくさんあるのだよ。お役に立てそうで何よりだ。ふふふ」
ハウンドは腰の道具袋に、元市長は上着の内ポケットと外ポケットに、俺も服のポケットに回復薬を突っ込んだ。
「もう入らないか?」
「これ以上は無理だな。全員で二十本くらいか?」
「少ないけど、仕方ないか」
さすがに、全員で木箱を抱えて、えっさほいさと逃げるわけにはいかない。
俺はまだ十本ほど回復薬が残った木箱を持ち上げて、
「それじゃ、最後に後片付けだな」
――――思い切り床に叩きつけた。
*
叩きつけられた木箱は破壊され、割れた瓶から漏れ出た回復薬が床に広がった。
「な、何をしているのかね!?」
訳が分からないといった様子の元市長とは対象的に、
「――――ああ、なるほど。そういうことか」
察しが良いハウンドは、俺の意図に気づいたようだ。
「これ、全部やるのか?」
「そうだ」
俺は詰み上げられている別の木箱を持ち上げて、再び床に叩きつける。
「おがくずが入っているから、全部は割れないかもな」
「半分も壊せれば十分だろう」
ハウンドも木箱を持ち上げると、それを壁に叩きつける。
「そんなことをしたら、回復薬の瓶が……!」
「割れてもいいんだよ」
元市長がまた分かっていない様子だったので、仕方なく、俺は理由を説明することにした。
「此処にある回復薬を使うのは魔王軍だろ? だったら、壊した方がいいに決まってる」
東部戦線が膠着している原因は、魔王軍が時間稼ぎに専念しているからだ。
そして、その戦略を可能にしているのが、オターネストにある大量の回復薬に他ならない。
回復薬を備蓄しているのは人類軍も同じだろうが、増援が到着するまで持ち堪えればよいと考えている魔王軍と、オターネストの奪還までを目標に見据えている人類軍とでは、やはり、回復薬の消費速度に差が出る。
「つ、つまり、此処にある回復薬を破壊してしまえば……?」
「魔王軍は今までみたいな戦い方はできなくなる」
少なくとも、戦線にとんぼ返りしてくる兵士の数は、ぐっと減るだろう。
つまり、数で勝る人類軍は、戦線を一気に押し上げることができる。
「こ、壊そう! 私も手伝う!」
「いいぞ! やれ!」
「いやっほぅ!」
その後、俺たちは建物内に魔王軍がいないのをいいことに、気勢(奇声)を上げながら、すべての木箱を壁と床に叩きつけた。
割れなかった瓶については、ライカが床から拾い上げて、一つ一つ、蓋を外して中身を捨てていた。
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