個別ルートに入ったかもしれない
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「大丈夫か? 今、助けるからな」
ライカの側に跪き、縛られている手首の状態を確認する。
ライカは未だに状況を飲み込めていない様子だ。
まあ、現実を受け入れるには時間がかかるだろう。
「ちっ。きつく縛りやがって……」
隙間に指を突っ込んで、縄を強引に引きちぎってもよかったが、それだとライカの腕に痣ができてしまう。
俺は懐からおっさんに貰った小型のナイフを取り出した。
「今、縄を切ってやるからな。じっとしていろよ」
「覇王丸さん……どうして此処に……?」
「あ? こんな所、たまたま通りかかるわけないだろ。助けに来たんだよ。決まってるだろ」
「でも、私なんか助けても……」
作業する腕が――――ぴたりと止まった。
私なんか。
その言葉に、無性に腹が立った。
ボルゾイが、サルーキに勝てるチャンスをみすみす手放したのは、誰を守るためだ?
集落の皆が、作戦が失敗した場合に受けるかもしれない制裁や報復を顧みず、俺を送り出してくれたのは、誰を助けるためだ?
それを分かっていないなら――――お前は大馬鹿だぞ?
俺はいったんナイフを床に置くと、ライカの顔を両手で挟み込み、正面から睨み付けた。
「分かってないようだから言っておくけどな。俺は攫われたのがお前だから助けに来たんだ。お前じゃなかったら、率先して助けに行こうとは思わなかった」
『あ』
「――――え? あの、それは」
「分かったか」
「あ、はい」
怯えるような表情をしていたライカが、急におとなしくなった。
俺はナイフを拾い上げ、再び縄を着る作業に戻る。
『覇王丸さん』
(なんだよ)
『もしかすると、今ので個別ルートに入ったかもしれません』
(は?)
また、山田が訳の分からないことを言いだした。
『決断が早いのは良いことですが、後で後悔しても知りませんよ? だって、攻略対象が一人とは限らないんですから』
(お前、もう黙れよ)
俺は山田の言葉を無視して、ライカの腕を傷つけないように縄を切断した。
「よしっ。――――ん?」
見れば、ライカの尻尾がパタパタと左右に揺れている。
この動きは……見覚えがある。
たしか、ボルゾイと同じベッドで寝ることが決まって、嬉しくてそわそわしている時と同じ動き方だ。
(なに、はしゃいでんだこいつ)
俺は無言のまま、ライカの尻尾をぎゅっと握り締めた。
「ひゃっ!? 覇王丸さん!?」
「……」
もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふっ!
「ひゃぁぁぁっ! 何するんですか!」
次の瞬間、俺はライカに頬を引っ叩かれていた。
「いって……。何すんだよ」
「それはこっちのセリフです! こんな時に、し、信じられませんっ!」
「そんなに怒ることじゃないだろ。なぁ?」
振り返って同意を求めると、そこにはハウンドとオズの氷のように冷たい視線があった。
「何やってんだよ……。そういうことは無事に帰ってからにしろよ」
「貴様……正気か……?」
(しまった、此処にいるのは獣人ばかりだ)
俺の味方がいない。
『最低ですね』
(お前もかよっ!)
そういえば、獣人にとって尻尾を触るという行為は、男女間では特に性的な意味合いのある行為になるのだということを忘れていた。
つまり、俺は単に尻尾を触っただけのつもりでも、ライカにとっては尻を撫でまわされたようなものだということだ。
そりゃ怒るわ。
どう考えても変態だわ。
(後で土下座しよう……)
俺はすぐさま反省したが、ライカに許してもらう前に事態は急変した。
部屋の外から、聞き覚えのある声(怒声)が近づいてきたからだ。
「マジかよ……。戻ってきやがった」
それが誰の声かなど、考えるまでもない。
十メートルの高さから地面に叩きつけられたはずなのに、どれだけタフなのか。
「おいっ! どうする!?」
「どうするもこうするもねぇだろ。お前はその狐を抑えてろ」
俺は護身用としてライカにナイフを手渡すと、ゆっくりと立ち上がった。
「逃げ道を塞がれているんだ。もう一度、退場してもらう」
俺が勇んで扉の前に移動するのと、扉が乱暴に開け放たれ、鬼の形相をしたサルーキが姿を現すのは、ほぼ同時だった。
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