鬼人のふり
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「ああ、こいつか? こいつはな――――
ハウンドは俺を振り返って一瞥すると、目で合図を送ってきた。
適当に話を合わせろということだろう。
「サルーキ様への手土産として連れてきたんだ。あの方、強い部下を集めているだろう? こいつなんか、いいんじゃないかと思ってさ」
「こいつを?」
門番は怪訝そうに顔をしかめ、まじまじと俺を見上げた。
「見た目通りの馬鹿力だぜ?」
「いや……たしかにデカいし、腕力もありそうだが。でも、人間だろう?」
どんなに強くても人間は駄目だ、と。
門番はつれなく首を横に振った。
――――まあ、そうなることも予想通りだ。
獣人は人間から差別されている。
だから、人間に反意を抱いて魔王軍に与する獣人もいる。
オターネストを占拠している獣人部隊は、そういう連中の集まりだ。
俺がただの人間では、どうやっても門前払いにされるに決まっている。
「そう思うだろう?」
ハウンドは不敵な笑みを浮かべた。
「ところが、こいつはただの人間じゃない。――――なんと、鬼人の血を引いているんだ」
「鬼人だと?」
「よく見てみろ。角が生えてるだろ?」
ハウンドが指差す先――――俺の頭部には、頭髪から少しはみ出るようにして白い角が見え隠れしているはずだ。
勿論、これは本物の角ではなく、先日、俺が倒した巨大熊の牙を加工したものだ。
最初は首飾りかと思ったのだが、鉢巻のように頭に巻くことで、牙の先端が上を向いて角のように見えるように細工が施されている。
急ごしらえなので、上から覗き込まれたら偽物だと簡単にばれてしまうのだが――――
『覇王丸さんを上から見下ろせる人なんていませんよ』
(まあ、そうだな)
自分の目で確かめることはできないが、おっさんとハウンドの二人も「無いよりは、あった方がいい」と言っていたので、それなりに鬼人っぽくは見えているのだろう。
俺は本物の鬼人を見たことはないが、体が大きいだけで間違えられるくらいだから、見るからに人間離れした異形の化け物ではなく、日本人が想像する「鬼」と大差はないはずだ。
この「捕まったふりをする作戦」に「鬼人だと正体を偽る作戦」を合体させたものが、俺が考えたオターネスト潜入作戦の全容だ。
『言葉にすると、ちゃちな作戦ですよね』
(うるさい)
時間的な猶予も、確定した情報も限られた状況だったのだから、大ざっぱな作戦になるのは仕方がない。
ただ、魔王軍に内通しているハウンドが先導役で、身長二メートルの俺が鬼人役をやるなら、そこまで成功率は低くないはずだ。
「こいつ、少し前から獣人の集落に住み付いていたんだけど、自分よりも強い奴の命令にしか従わないんだよ。そこが面倒だけど、混血とはいえ鬼人を部下にできるチャンスなんて滅多にないだろう? 一応、サルーキ様の耳にも入れておいた方がいいと思って、連れてきたというわけさ。まあ、言うことを聞かせるまでに、一発、ぶん殴られちまったけどな」
そう言って、ハウンドは投石によって腫れた顔の傷痕を指差した。
「何の怪我だろうとは思っていたが……」
「まあ、俺でもどうにか勝てたんだ。サルーキ様なら楽勝だろ?」
「む……」
ハウンドの言葉に、門番は顔をしかめた。
うまい牽制だ。ここで首を左右に振れば、それは上官であるサルーキの実力を俺やハウンドよりも低く見積もることになってしまう。
門番はしばしの逡巡の後、決心したように俺を睨み付けた。
「おい、そこのお前。頭の角をよく見せてみろ」
「あ、おいっ」
ハウンドが慌てて制止しようとするが、門番は止まらない。
『頭の角を調べられるのはまずいですね』
(そうだな)
だから、俺は一切の躊躇なく、無防備に近づいてくる門番を前蹴りで突き飛ばした。
不意打ちであったことと両者の体重差もあり、門番は勢いあまって漫画のようにゴロゴロと転がる。
(さて、どうするかな)
蹴り飛ばしてしまった以上、このままの棒立ちでいるわけにはいかない。
俺は起き上がろうとする門番の胸を踏みつけると、体重をかけて上から覗き込んだ。
「お前、この俺に命令するのか?」
「ひっ……!」
「お前は俺よりも強いのか?」
「おい、馬鹿! やめろ!」
ちょうどいいタイミングで、ハウンドが間に割って入ってきた。
「命令だ! 俺よりも強い奴がいる所に連れて行ってやる。だから、おとなしくしていろ!」
(はいはい)
俺は不満そうにハウンドを睨み付ける小芝居をすると、無言で後ろに下がった。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ」
ハウンドはむせて咳き込んでいる門番の背中を擦りながら、立ち上がるのを手助けする。
「言っただろ。自分より強い奴の命令にしか従わないって」
「げほっ! あ、あんな危険な奴、都市に入れるわけにはいかんぞ!」
「変に刺激しなければいいんだよ。もしくは、こいつに一対一で勝てばいい。――――俺は、鬼人を部下にできればサルーキ様もお喜びになると思って、わざわざこいつを連れて来たんだぜ? それを、あんたの独断で門前払いにしていいのか? 後でサルーキ様の不興を買うようなことになったら、責任を取れるのか?」
「……くっ!」
果たして、ボルゾイが予想したとおり。
鬼人を部下にできるということは、いかにもサルーキの興味を引きそうな話であるらしい。
少なくとも、門番が自分の裁量で決められない程度には。
門番は忌々しげに舌打ちをすると、俺を一瞥し、次いでハウンドを睨み付けた。
「話だけは通してやる! ただし、こいつは牢屋に入れさせてもらうぞ。また、暴れられたら堪ったものじゃない」
「ああ、それでいい」
「応援を呼んでくるから、ここで待っていろ!」
負け惜しみのように吐き捨てると、門番は踵を返して城門の内側に走って行った。
隣で、ハウンドが大きく息を吐いた。
「ふぅ……。なんとかなったな」
「そうだな」
後は牢屋にライカがいれば、展開としては上々だ。
さっさと助け出して、こんな所は一刻も早くとんずらしてしまいたい。
『回復薬はどうするんですか?』
(適当に探す)
『また、いい加減な……』
山田は呆れたように呟いたが、俺はそこまで無計画な探し方だとは思っていない。
回復薬とは、当然ながら、怪我をした時に使うものだ。
その辺にいる魔王軍の兵士が、緊急事態に備えて、一本くらい回復薬を携帯していたとしても何も不思議ではない。
(牢屋にライカがいて、牢番が回復薬を持っていれば一石二鳥だな)
限りなく都合の良い未来を頭に思い描きながら、俺は門番が戻るのを待った。
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