決戦前夜
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昼過ぎに集落を出発した俺たちは、夕刻前には大森林の外周付近に辿り着いていた。
集落はもっと森の奥深くにあるものと思いこんでいたが、実際はそうでもないらしい。
「人間の俺たちじゃ、こうはいかねぇよ。方向感覚が狂っちまうからな」
迷わずに最短距離を移動できたのは獣人や森人のおかげだと。
山賊のおっさんが得意満面に説明してくれたが、その理屈だと、おっさんは別に何の役にも立っていないことになる。
そのまま森を抜けて街道に出ることもできたのだが、さすがにひと目についてしまうため、森の中を外周沿いに移動することにした。
今、俺たちは茂みに身を隠して、前方に現れた一軒の丸太小屋を窺っている。
「あれは、昔、俺が仕事で使っていた小屋だ」
「山賊小屋か」
「山賊じゃねぇよ。お前、いつまで俺のことを山賊扱いする気だよ……」
俺とおっさんが小声で話していると、偵察役を買って出た森人が急ぎ足で戻ってきた。
「丸太小屋とその周辺に、魔王軍の姿は見当たりませんでした。どうやら、あの小屋は誰にも使われていないようです」
「マジかよ……。襲ってきたくせに、放置するとか……。ふざけやがって」
おっさんは忌々しげに悪態をついているが、大森林に駐留する魔王軍の探索部隊は総勢五十名ほど。
丸太小屋が一軒、ぽつんと建っているだけでは用が足りないのだろう。
「森を抜けたら、その先はずっと平原が続いている。ここで休憩を取りつつ、時間を調整してオターネストに向かう方がいい。ちなみに、今から行くと、着くのは夜中になるぞ」
ハウンドが、どうする? と、俺に判断を仰いできた。
両手をずっと紐で縛られたままなのに、先程から愚痴の一つも口にしない。
「夜中なら、誰にも見つからずに行動できると思うか?」
「どうかな……。夜間でも見張りはいるだろうし、俺たち獣人はだいたい夜目が利くからな。最後まで見つからずに行動するのは無理じゃないか? それに、日中は出払っている連中も、夜には戻ってくるから、夜間の方がむしろ都市の人口は多くなるはずだ」
「見つかって警報でも鳴らされたら、やばいことになるな」
そもそも、俺とハウンドの二人だけでは、集落の何倍も広いと思われる港湾都市の中から、ライカが監禁されている場所を探し出すことができない。
暗闇があまり有利に働かないのであれば、やはり、こそこそと隠密行動をするのではなく、捕まったふりをして堂々と乗り込む方がよさそうだ。
「夜まで休憩して、明日の午前中に着くようにしよう。それで大丈夫か?」
「明日中に着くなら、問題ない。明後日以降になると、大森林に向かうサルーキと行き違いや鉢合わせになる可能性があるからな」
「――――行き違いに、鉢合わせか」
あえて、それを狙うのは作戦としてありだろうか?
例えば、行き違いになれば、敵の指揮官と副官が揃って不在になるので、ライカを救出するミッションの難易度が下がるというメリットがある。
デメリットとしては、俺たちが帰還するよりも早く、魔王軍が大森林に到着してしまうことだろうか。
その場合、集落で帰りを待つボルゾイたちは、俺たちの作戦の安否が分からないまま重大な決断を迫られることになるし、もし、ライカがオターネストではなく森人の集落の方にいた場合、その救出が絶望的になる。
ついでに、ハウンドが死ぬ確率も飛躍的に高くなる。
「行き違いは駄目だな。――――ん? 鉢合わせになったら、サルーキと魔法使いの二人だけだから、倒せるか?」
「二人だけのはずがないだろう。最低限の護衛を付けているに決まっている」
「というか、どうしてタイマンなら勝てるって前提なんだよ」
俺のふとした思い付きは、ハウンドとおっさんの阿吽の呼吸(反論)により、即座に却下された。
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