ライカの母親
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七日目。
集落に新しい家を建てるということで、朝から力仕事に駆り出された。
出産を控えている女性がいるため、家族全員で暮らす新居を建てるらしい。
「俺の家じゃないのか」
「当たり前だろ。お前は集落で一番立派な家に住んでいるだろうが」
皮を剥ぎ、加工した丸太を運びながら、山賊のおっさんが恨めしそうに言った。
ちなみに、おっさんたちは独り身の男たちが共同生活をする「独身小屋」で集団生活をしているらしい。
俺もそこに収容されていた可能性があったのかと思うと、ボルゾイの屋敷で寝起きすることができて、本当に幸運だったと言える。
「それに、今、お前が別の家で暮らすとなったら、お嬢が寂しがるんじゃないか?」
「ライカが?」
「お前が集落に来てから、お嬢が毎日楽しそうだって、結構、噂になっているからな」
実際のところはどうなんだ? うひひひひ……と。
口元にゲスな笑みを浮かべながら、ゲスなおっさんたちが、ゲスな視線を向けてくる。
「残念ながら、そういう色っぽい話はないぞ」
それに、ライカが上機嫌な理由にも、心当たりがある。
「ライカが楽しそうなのは、多分、毎日ボルゾイと一緒に寝ているからだと思う」
俺が二つあるベッドの片方を使っているため、必然的に、ライカとボルゾイが同じベッドで寝るしかなくなってしまったのだ。
ライカは「仕方ない」「やむを得ない」と言い訳をしていたが、尻尾がパタパタと揺れていたのを、俺は見逃さなかった。
「言われてみれば、ボルゾイ様も最近は機嫌がいいような気がするなぁ」
「二人とも立場があるから、おおっぴらに甘えたり甘やかしたりできないんだろう。良いことなんじゃないか?」
おっさんたちは妙に納得した様子で、うんうんと頷いていた。
*
資材置き場と建築現場を何往復もして、やっと壁を組み上げる分の丸太を運び終えた。
壁を組み上げたら屋根、屋根を張り終えたら床。
他にも、窓と扉を取り付けたり、壁の隙間を粘土で塞いだり――――新居が完成するのは、まだまだ先のことだ。
「そういえば、ライカの母親って見たことないけど、いないのか?」
「……おお」
昼飯を食べながらの休憩中。俺がふと思ったことを口にすると、おっさんたちは気まずそうに表情を曇らせた。
「なんというか……。お前は相変わらず躊躇が無いな」
「一応、確認するけど、俺たちに質問したってことは、まだ、あの二人には何も訊いていないんだな?」
「そうだな」
俺が頷くと、おっさんたちは胸を撫で下ろした。
「ならいい。――――俺たちも詳しくは知らないが、もう亡くなっているらしい。二人が何も話さないのなら、詮索しないでそっとしておいてやれよ」
「まあ、いいけどさ」
俺としても、どうしても知りたいと思っているわけではない。
ただ、ある程度の予想はできる。
獣の血が濃い獣人のボルゾイと、獣の血が薄い獣人のライカ。
獣の血が薄まったと考えるなら、多分、ライカの母親は――――
「でもまあ、あれだな」
湿っぽくなってしまった雰囲気を払拭するためだろう。
唐突に話題を変えたおっさんの言葉に、俺の思考は中断された。
「この短期間で、お前もすっかり集落の一員って感じになっちまったな」
「そうか?」
「いきなり熊を倒しやがったからなぁ」
「もう、ずっとこの集落で暮らしちまえばいいんじゃないか?」
おっさんたちは冗談めかしてそんなことを言っていたが、それも悪くない――――と、俺は感じていた。
そう思えるくらいには、この集落のことを気に入っているからだ。
(でも、そういうわけにもいかないんだろ?)
『そうですね。このまま無為に時間が過ぎれば、この集落がある大森林は、数年も待たずに魔王軍の支配下に置かれると思います』
普段は軽い口調で話す山田も、こっちが真面目な話をしている時は、それに合わせて真剣に応答してくれる。
形勢は不利。
だから、早めに手を打たなければならないのだが――――
(そういえば、お前って、未来予測ができるんじゃなかったか?)
俺が転生……ではなく、転移をしたあの日、山田は交通事故が起きることを、事前に知っていたはずだ。
未来予測が可能であれば、ベストは無理かもしれないが、ベターな行動を取り続けることができる。
『未来予測ですか? 残念ですが、もう使えませんよ』
だが、山田の返答は渋いものだった。
『あれは、地球のように世界管理機構の完全な管理下にある世界でしか使えない奇跡なんです。この世界は魔王軍に全体の七割を支配されていますから……』
(使えないのか)
『はい』
現状では、その日に起きた世界情勢の変化を、ニュース速報と同じくらいの早さで知ることができる――――それが限界らしい。
『僕よりも上の階級になりますが、世界を監視する仕事の天使が別にいて、彼らがその日に起きたトップニュースを随時更新してくれるんです』
(ネットニュースじゃねーか)
時々、山田がゲーム感覚の発言をすることがあるのは、それが原因なのかもしれない。
要するに、当事者意識が足りないのだ。
(お前にも何か命を懸けさせる方法があればいいのにな)
『何の話ですか……?』
(こっちの話だ)
『怖いんですけど……やめてくれません?』
そんなふうに、俺は山田をからかって休憩時間を過ごした。
なんだかんだで集落は平和なのだから、まだ慌てるには早いだろうと。
この時、俺はまだそんな呑気なことを考えていたのだ。
平和は、砂で作った城のように、呆気なく崩れてしまうものなのだと。
目を離していた砂時計ように、いつの間にか終わりを告げているものなのだと。
頭では理解していたはずなのに。
*
翌日、魔王軍との戦闘で、集落の住人に重傷者が出た。
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