巨大熊退治(中編)
毎日投稿できるように頑張ります。
『なんで、最も危険な配置についちゃうんですか』
俺が移動を開始すると、山田がすぐに文句を言ってきた。
『初陣なんですから、離れた場所で見学でもしていればよかったのに』
(戦闘に参加しなかったら、初陣とは言わないだろ)
それに、考えようによっては、これは良い実戦経験になる。
山田が本気で俺に魔王を倒して欲しいと思っているのであれば、止める道理は無いはずだ。
『悪い意味で肝が座っていますよね……。転移した時の怪我の具合はどうなんですか?』
(もう、殆ど痛みも無いな)
『治癒力が異常すぎる。……もういいです。無茶だけはしないでくださいよ』
山田は気持ちを切り替えたらしく、今度は、熊と遭遇した場合の対処法を、いろいろと語りはじめた。
曰く、熊は走るのが速い。上り坂は特に速い。
木登りも上手い。死んだふりは効果が無い。
背中を向けて逃げると本能的に追いかけてくる――――等々。
(全部、知ってる)
その程度の広くて浅い知識は、地球にいた頃にネットやテレビの情報番組で予習済みだ。
それよりも――――
俺は足を止め、適当な木の裏側に身を隠した。
(さっきから、熊が明らかに落ち着かない様子なんだけど……)
なんとなく苛立っているようにも見える。
『十中八九、覇王丸さんに気がついていると思いますよ。野生の獣は、嗅覚と聴覚が半端ないですから』
(マジか)
俺は木陰からそっと顔を出し、巨大熊の様子を覗き見た。
――――完全に、俺の方を見ている。
(やばい。目が合った)
『警戒していますね。臨界を越えて近づくと襲ってきますよ』
一般的に、熊は十メートルから二十メートルの距離まで接近すると、攻撃してくるらしい。
(だとすると、これくらいが限界か……?)
目視では、俺と巨大熊の距離は、まだかなり離れているように思える。
とはいえ、全力で走ればほんの数秒。
本気で投石すれば、余裕で届く距離だ。
俺は、これ以上の接近は危険と判断して、物陰から巨大熊と睨み合った。
やがて、おっさんたちの弓矢による一斉射撃が始まる。
(おっ?)
一本の矢が、巨大熊の背中に命中した。
だが、明らかに浅い。
毛皮や筋肉、分厚い脂肪に遮られて、巨大熊は殆ど痛痒を感じていない様子だ。
だが、それは予想済み。想定の範囲内だ。
たとえ一撃で致命傷は与えられなくても、体内に刺さった矢尻は、いずれ巨大熊の命を奪う毒になる。
二発、三発と、立て続けに矢が突き刺さったところで、巨大熊は煩わしそうに、木の周りをぐるぐる回りはじめた。弓矢の射線を切ろうとしているのだろうか?
(十人で取り囲んでいるから、無駄な行動だけどな)
俺は巨大熊の注意を引き付けるために、握りしめていた石で援護射撃をすることにした。
木陰から飛び出して、よく狙いを定めて、七割ほどの力で投石する。
『――――は?』
山田の驚いたような声とほぼ同時に、ドスッという鈍い音が聞こえた。
握り拳ほどの大きさの石が脇腹にめり込み、巨大熊は初めて痛みによる唸り声を上げた。
『何を投げたんですか、今の?』
(ただの石だけど)
『えぇ……? 嘘でしょ? あんなの、一撃で人を殺せるじゃないですか』
山田はドン引きしているが、殺せるかどうかと、殺すかどうかは、まったく別の話だ。
(人に向けて石を投げたりしねーよ)
そんなことを言い出したら、包丁を持っている奴は、全員殺人鬼になってしまう。
(そんなことより、結構、効いたんじゃないか?)
俺の投石によって、明らかに巨大熊は弱気になったようだ。
野生の獣は、基本的に理性よりも本能を優先する。
それは、生態系のトップに君臨する強者であっても同じだ。
命の危機を感じれば、巨大熊は体内に矢尻を残したまま、早々に逃げだすだろう。
(でも、まだ元気だよな。これ、衰弱して死ぬまでに何日もかかるんじゃないか?)
やはり、命中した矢が、あまり深く突き刺さっていないのが誤算だった。
仕留めるのに時間がかかれば、その分、肉は不味くなる。
そして、追跡が長引くようであれば、巡回の仕事にも支障が出るかもしれない。
どうにかならないだろうか?
そんなことを考えながら、俺は自分が身を隠している木の枝を見上げて――――
「あ」
名案を思いついた。
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