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第23話 非常識が通ります。






壁|_・。)


「その前に、それ治して差し上げます」


 何の気負いもなしに彼女がくるり、と人差し指を振るうと、王太子たちの火傷が一瞬で治る。


「治癒…」

「すごい…」

「本当、なんだー…」

「……………ぅ…よ」


 呆気なく癒えた自身の体を見ていた王太子たちは、少女が何かを呟いたことに気付かなかった。


「キャリー、そこは指パッチンでカッコよく決めろよ」

「私あれ出来ないもん」

「何でだよ、簡単だろ」

「じゃあやってみてよ」

「ほれ」

「むっ」

「むくれんなよ、可愛いから」

「!? ウェルは日本男児の心をどこに置いてきたの!」

「前世」

「取り戻してきて! 私の心臓のために!」

「無茶ぶりにも程があんぞ!?」


「おーい、キャロライン、ウェルスー。他の奴らを置いてけぼりにするのはやめてやれー。あと痴話喧嘩は他所でやッ゛!?」

「伯父様、デリカシー!」

「父上、空気読んでください!」

「いっつ…、お、お前らなぁ…」


 親愛なる姉貴分の為なら親もはたけるサイラスとメルリーナだった。


「どれから言えば良いと思う?」

「どれでも一緒じゃね」

「そうかな」

「自信持てって。ぜってー面白ぇことになる!!」

「ウェル…!」

「絶対感動する場面じゃないっすよ!?」

「無駄だ」

「ウェルスとキャロライン嬢にそんな常識通じるとでも思ってんのか」

「相変わらずナチュラルにイチャつくよなぁ、あの二人」

「目に毒だよなー」

「帰って嫁に癒やされたい…」

「逃がすもんですか」


 これ以上巻き込まれるのはごめんだと言わんばかりにリングの隅っこへ避難している騎士たちの会話は、幸いなことに彼女には聞こえておらず。


「では一つ目」


 婚約者の励ましに自信を得て、ニッコリ微笑む彼女。その愛らしい笑顔に彼らは寒気を覚えた。


「実は私、初級魔法しか使えません」


 突然の告白に一拍空間が止まる。

 王太子は先程までを振り返り、気付く。成程、確かに。放たれていたのは初級魔法のみだった。

 恐らく、魔法の適性が低いのだろう。

 だからといって納得は出来ない。それではあの威力の説明がつかないではないか。あれは、初級魔法の範疇に収まらない。

 疑問を抱かれている気配をスルーして彼女は続ける。


「ついでに言うと、攻撃魔法も防御魔法も回復魔法も補助魔法も得意じゃないんですよ」


 キャロライン・ティモールは、六大属性全ての適性がある。歴史上でも珍しいことだ。

 しかし、彼女はどの属性も初級魔法しか使えなかった。全属性の初級魔法を満遍なく使えるが、満遍なくなので得意とする属性がない。故に、彼女には得意属性と呼べるものがなかった。

 正直に言って初級魔法しか使えない魔法師など雑魚同然、むしろ本人だって魔法師の道を選ばないレベルだ。

 にも関わらず、彼女と接した者たちが恐れ慄くのは何故か。

 彼女の非常識なところは、適性ではない。


 魔力操作(コントロール)、その技術にあった。



「ほいっと」


 手のひらからポンと透明なのに可視出来るウサギや小鳥たちが現れる。


「まあ! 愛らしいですわ」

「メルまで届け~」

「きゃあ、お姉様ありがとうございます!」


 誰しも魔力を操り魔法を使う。だが、キャロラインのそれは魔法師長の顎が外れるほど尋常ではなかった。


「魔力はいわば、糸。糸を織りなして、魔法が成る。頑丈に出来てはいるけれど、糸と糸には針より小さな穴がある。…そこを突くとあら不思議」


 魔力を動物に象り、細かく動作させるのは片手間。

 魔力濃度を操作して初級魔法を上級レベルに威力を跳ね上げるのは序の口。

 相手の魔法を作る魔力を侵食、果てに魔法を乗っ取るのは朝飯前。


「モノはやりよう、創意工夫が大事ってね」

「そんな言葉で済ませるつもりかッッ!!!??」


 鷲鼻の初老の男がツッコんだ。


「えっ、魔法師長さ」

「キャロライン、お前あれだけ言ったというのに、まだ分かってないのか!?!? お前は軽々と使っているが、魔法に乗せることなくただ魔力だけを操るだけでも相当だ! まず学生が出来るものではない!! 糸目の合間を縫うだけとか言って、王城にも学園にも強固な結界魔法が張ってあるというのにお前は軽々、か、る、が、る!!! 使いおる!!! 魔法の乗っ取りなど常識が裸足で逃げ出すような所業は今でも解明出来ておらん!! 王宮魔法師総出で研究しているのに、だッッ!!! そもそも魔力の波長は似通うことはあれど同じものは無し存在が魔力で成っている精霊以外魔力をどうこうするのは出来ないはずなんだしかし現にキャロラインは易々と行使しているキャロラインの理屈では波長を合わせればいいと言うがまず波長が弄れないし感じることも出来んどうやって合わせているのかと聞いても感覚としか答えんし八方塞がりも良いとこだだが絶対諦めはしないからな私は必ずや成し遂げてみせるぞその為にはやは」

「どうどう、シェリー」

「落ち着け落ち着け、キャロラインの非常識と無自覚は今に始まったことじゃねーだろ」


 キャロラインの非常識に一番驚き、一番熱を入れあげたのが、癖のある王宮魔法師たちを従える魔法師長だった。

 魔法師長は大陸一の魔法師と言われるほど様々な魔法を使いこなした。魔法の研究にも力を入れ、日常生活に使用出来る新たな魔法を次々と生み出した。彼のお陰で復興期は二十年は早まったと言われている。

 そんな彼を持ってしても、キャロラインが成したことは異常だった。

 しかも事が発覚した当時、キャロラインは七歳の少女だった。

 年齢一桁の、少女が、理解の範疇を超えたことを成している。

 魔法に於いては、誰にも引けを取らないと自負していた魔法師長のプライドを木っ端微塵にするには充分だった。


「…さて!!」

「ごまかせてないからなクソガキ!?」

「あの子のあの性格は誰に似たんだい?」

「両親ともイイ性格ではあるよな」

「ウェルスも同じようなこと修行中に言っておったな」

「似たもの婚約者じゃからのぅ」


 うるさい外野は無視して次だ次。


「今でこそ威力の跳ね上げも可能ですが、最初自分の適性の低さを知った時、とても悩んだんです」


 適性が低ければ、攻撃魔法も防御魔法も回復魔法も補助魔法もたかが知れている。

 常人であれば諦めるところで、キャロラインは考えた。

 考えて考えて考えて、思ったのだ。


「つまるところ肉体に影響を及ぼす魔法が使えないなら、肉体の中身…精神を壊せばいいじゃない、と」


 あとは目標に向かって突き進むだけ☆





「精神干渉魔法、それが私の得意魔法(・・・・)です」





 彼女の真骨頂。

 人の精神に魔力で干渉し、自由に操る。

 卑怯なまでに有り得ない現象。

 緻密かつ繊細で異常な魔力操作(コントロール)力があるからこそ、成せる理不尽である。


「…………………………………………………は?」

「少しなら体験しましたよね? 【口塞こうそく】は、口を開くなって精神に命令する魔法です。今まさにレッドちゃんたちがなってますね」


 赤獅子たちギルド員数名が何か言いたげな顔をしているが、睨むだけで物は言わない。言えない。


「そぅら、【解除】」


 他者に分かりやすいよう唱えれば、ギルド員たちはパッと口を開く。


「反則!!」

「理不尽の権化!!」

「変態!!」

「酷いぴょん!」

「外道なんじゃん!」


「また塞いで欲しいの?」


「「「「「ごめんなさい」」」」」


 美しい直角のお辞儀だった。


「あ、あり得ない……、精神魔法なんてっ聞いたことがないよ!」

「過去にも居ますよ? 歴史から抹消されてるだけで」

「あれはエグい、R25グロに慣れた俺でも嫌だわ」

「ねー。まぁ、それ以前に精神魔法の使い手なんてほぼいないんですけどね。ぶっちゃけ適性が高かったらその属性魔法使うし、適性が低かったり魔力が少なかったら魔法師以外になりますし」

「そもそもキャリーレベルの魔力操作力ってスゲーんだろ? そっからだよな」


 キャロラインの場合、適性低かろうと異世界ファンタジーな魔法をどうしても使いたい!の一心で成し遂げちゃっただけである。

 魔力操作に至っては魔力とかファンタジー!とテンションが上がって、暇さえあればずっと弄って遊んでいた賜物だ。


「貴様ら冷静になれ! そんな魔法、常識的に考えて不可能に決まっているだろう!!」

「そっ、そうだよね。ごめん、会長。動揺してた…!」

「わかったー! デタラメ言って逃げようとしてるんでしょー!」


 得意気にキャロラインを指差す双子(兄)を見て、ウェルスは知的外生命体に出遭ったような顔になった。


「コイツら脳みそ詰まってんの?」

「ツルツルなんじゃない?」

「どう見たってキャリーが強者じゃん、自分より強い奴にこの態度って自然界で生きてけねーぞ」

「貴族社会じゃこれで生きてられるんだよ、ほらお坊っちゃんだから」

「権力ってロクでもねーな」

「こんなアホな子になるなら、平民で良いよね」

「子ども出来たら、ティモール領に籠ろうぜ」

「それあり」

「おいこらお前ら! 子ども出来たら俺に見せに来いよ!!」

「私も見たいです!」

「わたくしも!」

「殿下、むしろ見に行きませんか? そのまま男爵領に居着いちゃいましょうよ」

「「…………」」

「何真剣に考えているのですか! いけませんよ、サイラス殿下!メルリーナ嬢! ロコロも余計なことを言うんじゃない!」

「……ねぇロコロ、闇属性に身代わりとか影武者みたいな魔法ない?」

「まだ習得してないですけど、二年後には出来ます」

「素敵ですわ、ロコロ様!」

「……すっかり毒されてるのぅ」

「良くも悪くも、あの子たちは影響力が強いからね」

「カッカッカ! よいよい、若者は自由が一番だ!」

「お前は今も昔も自由過ぎだぞ、ユレイル…」


 賑やかな観客席を他所に、王太子は叫ぶ。


「精神魔法だと? ハンッ、そんなもの脅威でも何でもないな! 確かに危険だが、貴様の魔力が届かなければ意味がない!」

「じゃあどうやって防ぎます?」

「そんなもの結界でも、そもそもその者の魔力の含有量でも成功比率は違うはずだ!」

「……惜しいですねぇ。そこまで頭が回るのに、何でそんなお馬鹿さんになっちゃったんです?」


 キャロラインの魔力量は平均だ。

 彼女の魔力が届く前に、それよりも巨大な魔力で自身を守れば魔法にはかからない。道理である。

 無敵にみえる精神魔法の弱点と言ってもいい事項だろう。


「弱点があるならカバーする方法を考える、当たり前ですよね?」


 だが相手は非常識な非道理だ。


「そこで! 相手の魔力を乗っ取る話になるわけですよ」


 キャロラインの魔力を防ぐために、自身の魔力で防御する。

 だがしかし。

 その防御している自身の魔力が、キャロラインに操られたら?

 考えるまでもないだろう。


「中々便利な魔法なんですよ? 目立つのが嫌いなので有効活用してます。例えば…」


 頰に指をつく仕草をする小さな彼女は愛らしく。




「私、キャロライン・ティモールに関する事柄は一切気に留めるものではない、という暗示とか?」




 その口から飛び出る言葉の意味は凶悪だ。


「発動条件は"私を認識する"こと。私を私と認識した人間は、無意識化で私の存在を薄めていく。そういう魔法です」


 父親が有名人だろうと。

 学園のアイドルが友人だろうと。

 大貴族のパーティーからホストを連れ出そうと。

 国一番の魔力を誇る王太子を決闘で負かそうと。

 学園祭で優勝しようと。

 彼女を深く知らない人間はすぐに彼女のことを気に留めなくなってしまう。忘れてしまう。

 さながら透明人間かのように。



「お尋ね致しましょう、王太子殿下」



 あまりにも強すぎる暗示は、洗脳・・だ。



「貴方が誇るのは、王族という身分? 多大なる魔力? 恵まれた容姿?」



 キャロラインは母親仕込みの鉄壁の笑顔で言う。



「で?」



 貴方の価値は、それだけですか?






 王太子は何を言われているか解らなかった。


 王は国の絶対である。

 絶対に連なる者も絶対に次ぐ絶対である。

 それが常識である。


 魔力とは力である。

 魔力を多量に所持していれば大きな力になる。

 それが常識である。


 百人百色の好みがあれど多数が支持するものが軸である。

 一般的な軸に沿った容姿であれば持て囃されるものである。

 それが常識である。


 常識、の筈である。


「貴方は私の地雷を踏み抜き過ぎました。大人しくしていれば、穏便に済ませてあげましたのにね」


 そんな常識を盛大に踏みつけ蹴り飛ばす未知なる存在は。




「圧倒的な力で捩じ伏せて這い蹲らせて差し上げます」




 これでもかって程に、あくどい顔でそう宣言した。



「そんな……そんな馬鹿みたいなことっあるわけないじゃん!! 居咲いざけ居咲けッ、儚き強き凜の花!偉大なる大地の母の御許にッ【地咲花凜ちしょうかりん】!!!」

「ほいっと」


 わなわなと震えていた双子(兄)が目の前を否定するために声を荒げる。

 激情のままに、ありったけの魔力を込めた攻撃を放った。

 迫り来る魔法にキャロラインは冷めた目で、くるりと人差し指で丸を描くと、瞬間、それは土屑へと還る。


「…は……」


 目の前のことが、やはり理解出来ない。


「弟さんと比べて魔力の練り方も魔法の構築も、全くなっていませんね。弟さんは最上級魔法を撃てたというのに、魔力を限界まで込めて上級魔法ですか」

「ぼく…は…」

「話になりませんね」


 またもや人差し指を振るうと、瓦礫になったリングの残骸は金槌に姿を変える。


「しばらく大人しくしていなさい」


 ゴンッッと鈍い音が会場に響き渡った。

 見事地面にめり込んだ双子(兄)を見てニッコリ笑うキャロラインに、観客席で沈黙が流れたとか何とか。


「まず一人」


 そう言ったキャロラインと目が合った爽やかは、泡を吹いて気絶した。


「流石に失礼過ぎない?」

「情けねーな、まだ何もしてねーじゃん」

「…納得行かないけど、二人目」


 次を数えようとして目に入ったのは、自分の女王様を五体投地で拝んでいる従順(ドエム)


「………えーと次は」

「あ、カウント放棄した」


 臭い物には蓋をして、次は息を切らし全力疾走後のように汗だくでボロボロの俺様王太子。


「って、何故ボロボロ?」

「認識してあげてキャリーさん、あの子頑張って君に魔法いっぱい放ってたよ。全部結界に弾かれてたけど…ブフッ」


 きょとんとするキャロラインに、ウェルスが震えながら教えてあげた。

 魔力枯渇寸前になった王太子は叫ぶ。


「なぜっ…結界が、魔法を反射する!?」

「…そういう効果を付け加えたから?」

「キャロライン、お前そろそろシェリーを虐めんのやめてやれよー」

「冤罪ですけど!?」

「結界は魔法から身を守るもんであって、結界に着弾した魔法を撥ね返して反撃しようなんざ考えねぇし、出来たところでお前みたいに威力は倍返しなんて出来ねぇんだよ」


 髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して声にならない何かを叫んでいる魔法師長に代わって、王がニヤニヤ笑いながら言った。


「努力不足ですね!!!」

「その一言で済ます気かぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「頑張れ魔法師長さん!」


 ウェルスの白々しい励ましがリングに響いた。


「ばかな…ばかな…なぜ、どうして、そんな…ことが……」


 そんなコントも目に入らぬ王太子。

 誰かの耳に、ポッキリと何かが折れた音が聴こえた。


「はい、三人目」


 そして、爪先を向けるは。


「次は貴女です」


 王太子の後ろで竦み立っていた蛍光ドピンク髪の女。

 ヒロイン(笑)である。




 彼女は恐怖に駆られた。

 絶対だと思っていた全てが今、崩れ去ろうとしている。

 完璧な王子様(攻略対象)が負けた。それは前にもあったこと。負けた彼を慰めて好感度を上げるイベントだろう?

 でも違う。前とは違う。何が、何か。

 一体何が違う、何か違う。


「楽にして差し上げますよ?」


 足の下からぞわぞわと這い上がってくる。震えが止まらない。汗が止まらない。まばたきが出来ない。

 目を、逸らせない。


「…ぁ……ぁぁ…………っ」


 こわい。

 彼女は初めてそう思った。

 立っていられず、尻餅をつく。

 肌で感じる、この得も言われぬ恐怖心。


 それはまるで、今が現実リアルだと告げているようで──。


「…び……、れび、レビッ! 来て、お願いっレビ! 【召喚・レビュライト】ッッッ!!」


 彼女は縋るように契約精霊の名を喚んだ。

 何がリアルだ。

 違う。

 これはゲームだ。

 あたしがヒロインの、乙女ゲーム。

 格好いい男たちを攻略して、恋愛をする、ちやほやされるための、お遊び。

 そうだ。

 あたしは今、敵にエンカウントしているのだ。

 追加配信でRPG要素でも取り入れられたとかそんな感じだろう。

 あれは死神だ。

 人の皮を被った、バケモノだ。

 攻略対象たちを倒して、可愛い可愛いあたし(ヒロイン)を狙っているのだ。

 ああ大変だ。

 あたしが可愛い愛され女子なばっかりに。


『主!』

「レビっ、レビ…!」

『どうされたのですか我が主!』

「レビぃぃ…」

『まずは回復を、【光快癒ヒカリノカイユ】』


 召喚魔法陣から現れた少年姿の白い精霊が、崩れ落ちた主を抱きとめ、光属性特有の治癒魔法をかける。


『落ち着きましたか?…何が貴女を傷つけたのですか? 主を泣かせるものなど、私が滅ぼしてみせましょう』

「レビ……」


 少年姿と言えど精霊。キラキラしい美少年が更に輝いて主人へと語りかける姿はまるで。


「詐欺師感ハンパねーな」

「同感」

「流石光の精霊、うさんくせー」

「ちょっとウェル、同じにしないでくれる? ナフィはカワイイんだから!」

「はいはい精霊フリーク」

「誰がフリークか!」


 他の冒険者たちとリングの端で観戦していた双頭の蛇は少し驚いた。


「ありゃりゃ、あの子精霊使いだったんじゃん?」

「キャリーぴょん、何もしなくていいのん?」


 キャロラインは見てるだけ。隣の婚約者も傍観だ。


「何もしねェンじゃなくて、出来ないンだよナァ?」


 やる気なさそうに隆起した瓦礫にあぐらをかいていた赤獅子が言う。


「そろそろ魔力切れだろォ? なァ、キャリー」


 嫌ーな顔をするキャロラインを見て、赤獅子はニヤッと笑った。

 そう。決闘序盤の攻防や魔法の乗っ取りで少しずつ消費していたキャロラインの魔力は、確実に減っていた。


「やだー、魔力切れするの待ってたの?」

「オメェと真正面から戦うとかゴメンだわァ」

「私を何だと思ってるの」

「リアル厄災」

「人災なんだから頑張って避けなよ」

「自覚あンなら改めやがレェ!!」


 ぐわっと叫ぶが、そんな言葉で改めるのなら周囲は苦労していない。どこ吹く風である。


「あの女よ…、あの女が私を狙っているの!!」

「え、被害妄想激しいですね」

「さっき確実にターゲットロックオンしたのによく言えるんじゃん」

「死刑宣告に等しいレベルなのん」

「つーか、光の精霊と契約してンなら、初っ端から出しとけよなァ」


 力の出し惜しみなど圧倒的強者のみが許される、傲慢である。それ以外はただの怠惰だ。

 その傲慢が許された存在を、少なくとも赤獅子は一人しか知らない。


「精霊は良いですよね! カワイイ!」

「やっぱ精霊フリークで間違ってねーよな」

「違うし! 精霊がカワイイのは世界の常識だから!」

「流石かよ」


 婚約者の生温い視線は無視。


「はぁ…何だかヒロイン(笑)に冤罪かけられ、相手は頭の悪い人ばかりで、レッドちゃんたちから散々言われて、私悲しいです」

「何て白々しいんだ」

「というわけで、私も癒しを喚ばなければ!」

「俺は?」

「ウェルは癒しじゃなくて安定剤だから、別」

「ならいいや」


 傷心(笑)のキャロラインは実に嬉しそうな笑顔で言った。




「召喚」



 

 別に魔力も、喚名も要らないのだ。

 ただ、それだけで。



『はいはぁーい、どうしたのー?』

『何用だ?』

『珍しいやん、学園で喚ぶやなんて』

『アタシに会いたくなっちゃったぁ?』

『テメェら、ちったぁ黙ってろ!』

『…全員を喚ぶとはのぅ、如何致したのじゃ?』



 彼らは現れる。




「みんな…」

『どないしたん?』


 ふよふよと飛んでいる手のひらサイズの生き物を見つめ、キャロラインは叫んだ。


「カワイイッッッ!!!!」

『なんや、いつもの発作かいな』

『あはっ仕方ないな、キリ~』

「ナフィ~~!!」


 白髪に歪な笑いの仮面を付けた光の精霊を自分の手のひらに招き入れ、恍惚とした表情で頬ずりをする。すりすりされている光の精霊の表情は仮面で見えないが、花が飛び嬉しいオーラが溢れ出ていた。


『な、何故このようなところに!?』


 ヒロインの契約精霊である光の精霊レビュライトは驚愕した。

 まさかそんな……では、あの人間が?


『何故? 考えれば分かるだろう、うつけか?』

『光の眷属の割には、火のみたいに頭が弱いなぁ』

『何ですってぇ?!』

『闇のも風のも、火のを煽るな! 火のも乗るな! マジ黙れ!』

『何度同じやり取りを繰り返せば気が済むのかなー』

『よく飽きないのぅ』


 ぎゃあぎゃあ騒いでいる精霊たちを見て、キャロラインは口を抑えて悶えた。


「んんっ、カワイイ!」

「キャリー、さっきから可愛いしか言えてねーぞ」

「今カワイイの奴隷だから」

「………………………………」

『キリ、生きておるか?』


 あぁ、カワイイ。

 震えていると心配した様子で声をかけられる。キャロラインは衝動的に、茶髪に茶色の目をした土の精霊を抱きしめた。土の精霊はくすぐったそうに笑う。


「ノンちゃんカワイイ!!」

『ふふ、キリは変わらぬのぅ』

『土のズルいで! キリ、わいも!』

「シルクもおいで」


 シュバッと残像が出来るスピードでリンネと同じ、パステルグリーンの髪に深緑色の目をした風の精霊がキャロラインに飛びつく。


『あ!』

『む』

「ヴィーちゃんもデュオも、ほら」


 羨ましそうな顔をした紅髪に赤目の火の精霊と、黒髪に黒目の闇の精霊も呼び寄せてキャロラインはぎゅうっと抱きしめた。

 ここまで来たら。


「ハルちゃんハルちゃん!」

『俺はいい!』

「えぇ? ハルちゃんもギューッてしたいんだけど、ダメ?」

『! ………し、仕方ねぇな…キリがそういうなら、ぎゅーって、されてやんよ』


 天使かよ。

 キャロラインは一瞬真顔になった。

 そして思う存分、青髪に水色の目の水の精霊も含めて、全員をギュウッと抱きしめた。

 癒される…。





「精霊…?」


 キャロラインが癒やされている間に、闘技場内は戸惑いにざわめいていた。観客席も同様だ。

 ブロッサムは困惑していた。

 リングにいる友人を心配して、失う恐怖と戦いながらここに立っていた。開戦までは。

 友人は強かった。それはもう、強いという次元なのかも分からないくらい、理不尽に強かった。

 精神魔法なんて初めて聞いた。自分もかかっていたのだろう。友人の父親があの(・・)ティモール男爵と知っても、何も思わなかったのだから。

 恐ろしい魔法だとは思う。けれど、大事な友人に変わりなかった。

 割と短気で面倒臭がりで、可愛くて優しい友人に変わりはなかった。

 そして彼女は精霊を召喚した。

 手のひらサイズの姿は魔法使いならば精霊と契約していなくても見慣れたものである。

 だが、しかし。


 あの初めて見る神秘は何故、六体もいるのだろう?





「な、何よ! そのサイズは下級でしょ!? 確かにいっぱいいるみたいだけど、所詮最上級のあたしの精霊には…」

『いけない、我が主! そのようなこ…』

「はぁ?! 何言ってんのよ、アンタ! 下級なんかにビビってんの!?」

『あ、主……?』


 蛍光ドピンクヘアーの少女が分かりやすく取り乱しながら汚く叫んだ。

 心優しく穏やかで明るく愛らしい契約者の激変した風貌に、レビュライトは困惑を隠せなかった。


「あーあ、精霊ちゃんに本性晒しちゃったよあの子」

「精霊は純粋だもんなぁ…」


 彼女を純粋に慕っていた光の精霊に同情する。

 精霊は魔力から形を成した生物であり事象である。

 己を偽るという考えすらなく、ただただ自然のままを尊ぶ。

 故に、人間の本性を見抜けず契約後道具のように使われてしまう精霊も存在した。


『下級下級と、煩いのぅ』

『ボクらはキリが望むからこの姿でいるだけなのにね?』

『灰燼にしてあげるわ』

『跡形もなく切り刻んだろか?』

『影に喰わすも一興』

『地上で溺死させてやんよ』


 庇護下の弱者を怒鳴り、己たちの契約者を見下す人間に、小さき六体は静かにいかっていた。


「みんな物騒だねー」

「キャリーの腕の中で言ってても迫力ねーぞ?」


 キャロラインはそう言いながらほのぼのとし、ウェルスは呆れながら人差し指でつついた。


『ねぇ、キリ』


 歪に笑った仮面がキャロラインを見上げる。


『よんで?』


 実に楽しそうな声音で、光の精霊は言った。


「別に必要ないよ?」

『お願~い』

「っカワイイんだからもう!!」

『我も所望する』

『次はわいな!』

『違う。我だ』

「はいはい、順番ね」


 キャロラインがそう言った途端、精霊たちは腕の中から飛び出て一列に並んだ。

 その可愛さにキャロラインは悶えた。



「はー、カワイイ。カワイくお願いされたら、仕方ないよね」



 キャロラインは普通に、気負うことなく、それ(・・)を口にした。



「圧倒的な力で捩じ伏せて這い蹲らせて差し上げます」(・∀・)ハッ


「おい聞いたかよ」「あいつまだフルボッコにするつもりらしいぞ」「恐ろしい…」

( ;゜д)ザワ(;゜д゜;)ザワ(д゜; )


「聞こえてるからね!」(☼ Д ☼) クワッッ


「「「ヤベッ」」」(/・∀・;)/



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