表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/60

氷の権能 その3

本作はフィクションです。

登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。


物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。

 

 2000年7月19日。


 私の、欲しいもの……?

 私が、どんな人かだって……?


 私、日下(くさか) 萌々奈(ももな)は、凍傷で痛む身体を押して、走り出した。


 関節の可動域が狭い。それでも、私にとっては全力を振り絞った大きな一歩だった。

 

 この一歩で、何かが変わる。

 この状況から脱するだけじゃない、私のとっての何か大きな……転機!そんな予感がした。


 眼前にそびえるその像は、まだ遠い。

 像の側には、優越感と、苛立ちとが入り混じった、醜悪な表情の猫崎 唯がいた。


 まだ、その像は遠い。

 振り返ると、冷田とかいう大男を何とか制止する、謎の男の人の背中はまだ近い。


 この歩みは、私の意思かもしれない。


 それとも、この真面目そうな?謎の男の人が、私に何かをしたのかもしれない。

 もしかして、魔法……?

 ここは神流町(かんながちょう)だ。魔法があっても、驚かない。


 とにかく、私は行くと決めた。

 行かなきゃ。そして、欲しいもの………


 像の近く、伸ばせば手が届くところに来た。私を取り囲む冷気を、振り切って進む。


 冷気のせいか…… それとも、その像の力なのか、頭が冴えてくるような感覚が確かにあった。

 そんな私の頭の中に、一つの声が響く。


 「望みは、過去。 ……お前は、誰だ。」


 ……像から聞こえる妖しい声。幻聴だ。

 でも、今はこの声に従うしかない。

 

 この足で、奇跡を掴むため…… !

 

 足は止めない。

 私の願いは、過去にあると信じて。


 ……昔から、私は明るい子だと言われて育ってきた。

 勿論、人の噂話なんかはしない。もっとも、小さい時にはしたのかもしれないけど。


 ……そうだ、私は温かみのある人でありたいと願ってた。


 ああ、寒いな。


 優しさを与える、朝日の輝き。

 安心を与える、お母さんの手の温もり。

 私の欲しいもの。

 大好きなもの。


 そんな、美しい概念みたいな人になれたら、なんて考えたりもしたっけ。


 でもやっぱり寒い。

 そもそも、まずはこの氷を融かさなきゃいけないよね。


 いま欲しいもの。

 とりあえず、この寒さから抜け出せればそれでいい。

 そしたらまずお風呂に入って……


 そして私は今日を乗り越えて、明るく温かい人として過ごしたい。

 輝きに満ちた未来が欲しい。


 ……うう……寒い。

 寒すぎる!!



 そうだ。()だ。私は今までも、今も。

 温かくて、優しい熱を渇望している。



 そして私は、()()に……触れた。硬くて冷たい。なんか、やっぱりキモい。


 同時に、もう引き返せないような気もした。

 ……この像のせいで、私の日常は終わるんだろうな。


 静かな安堵感と、威圧感にも似た緊張が一瞬のうちに駆け巡る。私の中に不思議な声が響く。これは、男性?女性?周りには聞こえていないらしい。


「願いは聞かれた。邪神(じゃしん)権能(けんのう)を、神に代わって授けん。」


 チン…()()像の右側の()()に、紋章のようなものが光り、浮かび上がってくるのを見た。そこには、太陽の光の輪に囲まれた、薔薇の花びらのような紋章。

 この紋章を見て、それが「熱」の力であることを、私はなぜか瞬時に理解できた。


 このときだった。


 私の全身が黒い(もや)に包まれ、体はふわりと中に浮いた。体の内側が熱い。

 これが、私が望んだ熱だっていうの……?


 痛みは残るけど、もう寒くない。急に血が巡って皮膚が痒い。でも、そんなことはどうでもいい。


 ありえないほどの力がみなぎる。掌が熱い。

 私を縛り付けていた鋭い冷気が、空気に散り、熱に吸い込まれていくのを肌で感じる。


 目の前にいるのは、冷気を発する男。顔を見たのは今日が初めてだ。


 猫崎(ねこざき) (ゆい)は……クラスでは委員会も同じだったし、ちょこちょこ話すことはあった。

 別に、愛想がいい子だとは思わないけど、自分が根も葉もない噂を言いふらされたからって、他人をこんなに追い詰めたりできるような子じゃない。

 と、仲いいわけじゃないけど、そう信じている。


 ……そっか。猫崎 唯は変わってしまったのかもしれないね。

 間違いない、このヤンキーのような男が唆したからだ。

 そんなことできる子じゃなかったのに。


 その時悟った。私のこの力は、与えられるべくして与えられたのだと。


 男は私の目を見る。

 足を後ろに下げ、間合いを取るような構えだった。怖気づいているんだ。

 無理もない。私の力は、この冷気を確実に無力化しているから。

 

 奥にいる唯の顔を見ると、変な顔をして、なんだか喚いている。

 ……あーあ、いい友達になれると思ったんだけどな。

 私がこの男を倒したら、恨まれちゃうかな。

 もう恨まれてるか。()()()で。

 

 なんてことを考えながら、弱まっていく冷気の源に目を向ける。


 ……私は、手を振りかざした。


 煮えたぎるような、熱。

 


 そこから先は、あまり覚えていない。










 2000年7月19日。


 僕、伊勢(いせ) 健之助(けんのすけ)は、今なにを見ているのだろうか。さっき僕の口をついて出た言葉も意味が分からないが、彼女はその通りに動いた。

 凍えて思い通りに動かない体を引きずって。


 その結果、恐らくその像からだろう。灼熱の、不思議な力を得た。


 珍能像(ちんのうぞう)が纏うオーラにも似た、禍々しい力だ。きっとこれが……この熱が、彼女の「権能(けんのう)」なのだろう。

 みるみるうちに周囲の氷を溶かしていく。暑い…いや、熱い。

 これほどの暑さを感じたことは一度だってない。


「……なんだってんだよ!俺の氷が解けていくじゃねえか!」

 目の前の男は、像に触れた少女を見て慌てふためいていた。高慢そうな金髪の女はというと、

「こいつも超能力がつかえるの?マジわけわかんないんだけど!ねね、あっくん、早くあのバカ女をやっつけて!お願いっ!」

 と、早口でまくし立てる。

「おうよ!」


 男の周囲から、またも強烈な冷気が漂う。

 僕の方など全く見ていないが、その冷気で僕の体は硬直していた。


 完全に巻き添えだが、皮膚が裂けそうな気分だ。

 

 女の期待に応えたい、そんな気概を男の背中から感じた一方で、得体のしれない脅威に足がすくんでいるように見えた。

 どこか及び腰で男は両手を構え、さらに冷気を強めた。周囲に氷の粒が集まり、地面を霜が覆う。


 ……いて、僕の唇がひび割れてしまった。

 だが、目の前の壮絶な光景の前にして、そんなことはとうに忘れていた。



 熱を帯びた少女は、はかなげで、それでいて静かな怒りを(たた)えた表情を浮かべている。

 先ほどまでとはうって変わって……危険な圧。禍々しい灼熱は膨れ上がる。


 熱気と冷気の間。男の周囲では空気中の水分が急激に冷やされ、息もできないほどの霧がかかる。


 この膠着状態が8秒ほど過ぎただろうか。いや、時間の感覚など最早あてにならない。


 膨れ上がる熱を抑えきれず、男は満身創痍だった。

 男は幽かに揺れる弱い冷気に包まれながら、その肌には汗を浮かべている。

 地面に滴り落ちた汗は、ジュウ、と音を立てて蒸発した。


 まるで乾燥しきったサウナのようだ。肺を凍らせる程の冷気は、肺を焼き尽くすような熱気に切り替わった。

 あまりの温度差に、体が呼吸を拒否しているようにまで感じる。


 それでも、僕は熱の少女と、氷の男の姿を目に焼き付けようとしていた。


 熱を帯びた少女は、手を振りかざす。


「……ーっ!」

 僕は息を呑む。像の陰では、金髪の女が、喚き散らしていた。

「……おいこのクソ女ァァ!!あたしの!あたしのあっくんに、な、なにするつもりだよ!!やめろ!離れろよ!!死ね!死ね!!」


 その掌が放つ邪悪な灼熱は、その場にいた全員に底しれぬ恐怖を植え付け、正気を奪っていた。


 ……あ、これ僕もヤバいかもしれないな。


 少女の手が、男の足元に向かってゆっくりと、しかし力強く振り下ろされた。


「……私、寒いの、嫌い。」


 少女が静かに呟く。

 その一瞬、時が止まった気がした。

ついに、 萌々奈(ももな)珍能像(ちんのうぞう)に宿る謎の人物から「熱」の権能を与えられ、強力な氷の権能をもつ 冷田(ひえだ)を圧倒する。戦いの行く末はいかに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
冷田が寒いギャグを言えないくらい焦った所に決め台詞! この引きはかっこいい!
異能同士で衝突、形勢逆転ですね。
Xから来ました! 異能系ですね、雰囲気はペルソナ、いや女神転生に近いものを感じました。 確かに下ネタが多いですね笑 塔がアレって、普通にいやですね。銀魂ネタかと思いました笑 さてさて、冷やす相手に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ