綿の権能 その3
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
私に……出会うため……?
「邪神」。
あの日、珍能像で私に権能を授けたという、あの声の主のこと?
エーデルワイスは、邪神について何を知っているの?
この子は、一体何者?
想いを巡らしてみる。それでも、私は邪神についてそれ以上のことなんか知らない。
「邪神……もしかして、珍能像で権能を授けた、あの……」
対してエーデルワイスは、柔らかな笑顔で答えた。
「そう。その邪神さまだよ。
やっぱり、萌々奈ちゃんも知っている人なのね。」
私、日下 萌々奈は、邪神の権能が危険なものであると、理解しているつもりだ。
勿論私の権能も、例外じゃない。
冷田 篤志や、速水 龍太……そして、エーデルワイス。
「権能」は、この神流町に怪現象を巻き起こしている。
だから、邪神は……
あの趣味の悪い像は……
みんなが安心して暮らすために、必ず止めないといけない。
力を持ってしまった以上、私はその力を、正しく使いたい。
速水のような、危険な権能者にならないために。
……これ以上、権能者を増やさないために。
嬉々として邪神の名を口にする表情が、恐ろしいものに見えて仕方がなかった。
「ねえ。イーディーは、その邪神サマ……とはどういう関係なの?」
「邪神さまはね、私の恩人で、お父さんみたいな人。」
その言葉に、どことなく胸の奥がざわついた。
……まさか、洗脳?確証は無いけど、可能性は捨てきれない。
まず、邪神と私は、敵同士ではない。
邪神が私を敵視するのなら、こんな力なんて与えないはずだから。
それでも私は、邪神の存在を認めたくない。
気持ち悪さとも違う。これは、拒否感。
「……そう。で?」
心なしか表情が硬くなる。
「ん~?萌々奈ちゃん、もしかして怒ってるの?
邪神さまは、優しいんだよ?」
エーデルワイスは呆けた顔で答えた。
どうにか、目を覚まさせなきゃ。
「それで、さ。私を監視して、邪神サマとあなたはどうするつもり?」
「ええ……?監視だなんて、人聞きが悪……」
……とぼけないで!家の前の公園にあんなの、まるで監視小屋じゃない!
邪神の差し金で、私に会いに来た。こんな回りくどいことまでして。
綿の結界に、監視小屋。
私の家族まで巻き込んだ。
悪意があるとしか思えない!
「質問に答えなさいよエーデルワイス!!あんたは私の友達なんでしょ!!」
「……どうもしないわよ!!」
「……は?」
「萌々奈ちゃんには関係ないでしょ!!」
「……?」
「それに……友達の胸ぐら掴んで服まで焦がす奴が、一体どこにいるのよ。」
私は怒りに任せて、灼熱の右手でエーデルワイスの胸ぐらを掴んで脅してしまったようだ。
「……あ。」
気が付けば、床や天井から綿の束が5、6本生え、私の両手首と足首をガッチリと締めていた。
手を離すと、エーデルワイスの胸元には焦げ跡ができていた。
「イーディー、ごめん……私、なんて謝っていいか……」
「いいのよ。きっとこれも、仕方ないことだよ。」
綿の束は私の腕から拘束を解くと、シュルシュルと縮んで床や天井に戻っていく。
変な気を起こさないよう、呼吸を落ち着かせて、静かに問いかける。
「……教えてくれる?邪神は、私のことを、どれくらい知ってるの?」
エーデルワイスは答えた。
私の機嫌を損ねないように……そんな慎重な話し方に、申し訳なさが募る。
「たぶん、結構知ってるんだと思う。
萌々奈ちゃんの権能が『熱』だということ。
あと、2日前に、速水 龍太って人を倒したこと。」
「……結構、知ってるのね。」
驚いた。本当に、邪神に監視されているみたい。
でも、それならわざわざエーデルワイスを遣わして、私を監視する理由がない。
「邪神さまは、本屋さんで萌々奈ちゃんが速水って人に会ったその時から、知ってる。」
「知ってるというより、見えているのでは?」
「いいえ、それはないはずだわ。
邪神さまは、権能者それぞれを監視するようなことはしない。それでも、権能者同士が関わるとき、その様子がわかるって。」
「接触したとき、ってこと?。」
「うん。詳しくは知らないけど。
権能者同士が近距離でぶつかり合う時、力が波のように重なって、邪神さまのもとに伝わる……そう言っていたわ。……でもね。」
「ん?」
「萌々奈ちゃんと速水って人の戦いのとき……
もう一人いたんじゃないかって、邪神様は言ってた。」
エーデルワイスはさらに続ける。
「萌々奈ちゃんが、誰かの陰に隠れたり、その誰かを守るったりするのを感じた……って。
邪神さまには、権能を持たない人間のことはわからないから。」
「あ、ああ、そうね!敵は一般人を人質にとっていた……みたいだから……」
慌てて誤魔化したけど、ちょっと苦しかったかな。
「それで、人質を助けに行って、人質に隠れて戦ったってこと……?
私、よくわからない。萌々奈ちゃん、案外ひどいことするんだね。」
……違うの!健之助さんを盾にしたのは違わないけど。
「あー、まあ、嫌いなヤツだったから……」
「……ふーん、オニだね。」
エーデルワイスはニヤリと。鋭く笑った。
私はすかさず、視線を逸らしてしまった。
どうやら健之助さんは、権能者であることがバレていない……?
伊勢 健之助。権能者でありながら、邪神の目を掻い潜る存在。
彼が持つのは「奇跡」……正直、ご都合主義の体現ともいえる謎めいた権能だ。
彼は一体、何者なのか。
間違いなく、邪神がエーデルワイスを遣わした本当の狙いは、健之助さん。
綿の結界騒動は、その点では失敗だったらしい。
「邪神は、ほかには私について何か言ってなかった?」
エーデルワイスはすこし考えこむ。
「『良き友人に違いなかろう。』だって。
私と萌々奈ちゃんのこと、そんな風に言ってたよ。」
下手な声真似からは、どこか愛着のようなものを感じた。
なんだか、少し照れくさい。
私たちは、顔を見合わせて笑った。
「邪神には、お見通しってこと?私、なんかちょっと誤解してたかも。」
邪神が善人だとは、到底思えない。
それでも、この無邪気な笑顔を向けられて、水を差すようなことは言えなかった。
「ね!邪神さまは喋り方がエラソーだけど、いつも私のこと理解して、気遣ってくれるんだよ!」
私の知らない、邪神という脅威。
この子にとっては、かけがえのない、温かい存在なんだ。
すっかり、見落としていた。
私も、もっと大人にならなきゃいけないと思った。
……ああ、大事なこと言うの忘れてた。
「ところでさ、このあたりの綿……そろそろ解除してもらえない?車も人も通れなくて、大変なことになってるみたいだし。」
「はっ!そうだった!
私ったらこんなにいろいろな人に迷惑かけてしまって……どう謝れば。」
無自覚でやっていたことに驚いた。
「……とにかく、綿の権能はすぐ解除できるから、2分待ってね。」
綿でできた球体の部屋は、天井から緩み、崩れ、地面を覆う綿の海に吸い込まれていった。
そして、空を覆っていた薄い膜を分厚い壁も、空中に浮かんだ綿のクッションや、綿の山もまた、みるみるうちに地面に吸い込まれていく。
「おっと。」
エーデルワイスはそう言って、沈み込むテーブルから、食べかけのコンビニ弁当を取り上げた。
そして、地面を覆う綿の海は一瞬にして蒸発し、無数の綿毛になった。
手掴みで卵焼きを頬張るエーデルワイスに向かって、その無数の綿毛が吸い寄せられるように飛び込む。
そして、辺り一帯は以前の姿を取り戻した。
「……今日はありがとうね、イーディー。」
「ありがとう?こちらこそ。楽しかったね!」
……本当に?まあ、楽しいならそれでいいけど。
「あなたは、これから邪神のところに帰るの?」
「そうだよ。でも今日はお出かけする用事があって、お家には居ないんだってさ。」
「そうなんだ。あなたのお家って、どの辺り?」
「神流町6丁目にあるアパートだよ。だいたい、ここから歩いて12分。」
神流町6丁目……普段行く用事がない場所だ。
「今日は予定あるけど、いつか、遊びに行っても?」
「うん!待ってるね!私携帯持ってないけど、連絡するね。」
……どうやって?
「手紙?」
「違うよ!お願いするの!」
邪神がそういうこともしてくれるのかな。よくわからない。
「そうなんだ。」
小さな公園の真ん中で、私とエーデルワイスは、手を振ってあいさつした。
「さようなら、またね。」
私たちは、それぞれの家に向かって歩き出した。
……次に会うときも、あの子を友達と呼べるかな。
女の子二人の会話だけで話が進む回でした。邪神ってどんな存在なのでしょうか。
次回、エーデルワイスという謎多き少女と、謎多き邪神との、出会いの物語。
長い前書きはまだ変えないでおきます。
25/02/11 描写不足感が否めなかったので、大規模加筆修正しました。
なんで萌々奈がそこまでキレるのか、そもそもどっちが発言しているのか、完全に推察不能でしたからね。
とりあえず、「萌々奈って実は性格悪くね?」とか感じていただければ、今回の改稿は成功です。




