綿の権能 その1
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
2000年7月29日。
母、日下 奈緒美に頼まれ、私、日下 萌々奈はフライパンの底を持っていた。
時計は、夜の8時を指している。
普段は勉強をした後に、ダラダラ漫画を読む時間なんだけど……かなしい。
さて、今日の夕飯はチャーハンらしい。
「じゃあネギ切っといたから!萌々奈はフライパン持ってて!」
両手でフライパンの底を持った。
ママはごま油を目分量で入れる。
「はい、フライパンあっためて〜」
手に熱を込めた。フライパンの油は一瞬にして、ジュウ、と音を立てる。
「ちょっと熱入れるの早すぎかなー、じゃ、ちょっと火弱めて。で、しばらくそのまま待機!熱を均一にしなきゃね。」
早速腕がプルプルしてきた。フライパンを持った両手を五徳に置いた。
「ふう……」
「つぎネギ入れまーす。強火ね!」
長ネギ3分の2ほどのみじん切りが加えられた。
水分がパチパチと弾け飛ぶ音がする。
そしてネギが放つジリついた痛みは、私の眼をダイレクトに襲う。
「ちょっとママ〜、私、目いた〜い」
「それくらい我慢しなさい!あなた超能力者になったんでしょ!」
……関係なくね?
「換気扇の下にいなさい、ちょっとはマシだから。」
そう言いながら、ママはご飯を炊飯器から取り出し、器に出した。量は3合くらい?
「なにくたびれてんのよ!つぎベーコン!はい炒めて〜」
1センチ角のベーコンが200グラム程投入された。
中火で満遍なく熱を加える。
ジュワジュワと旨みと脂が染み出す音がする。
あ、ちょっとお腹空いたかも。
顔のすぐ前でベーコンを炒めていると、香ばしい匂いがモロに鼻を刺激する。
ベーコンの表面があっという間に白くなった。
「いいね〜、じゃあ弱めて弱めて〜」
「うーす。」
「片手でフライパン持って、片手でお肉ひっくり返すってのは、できないの?」
「そんなムチャな……」
まあ、できないことはない。か弱い乙女には少し堪えるけど。
……で。試してはみたけど、あんまり均一にできなかった。
片手がプルプルと震えて、3秒が限界だった。
……筋トレでも始めようかな。
「つぎ、ご飯いきまーす」
母がそう言うと、ドサっと勢いづいたご飯が入って、ずっしり重い。
両腕に何かが溜まって、いつかプツンと切れてしまいそうな気がした。
「じゃあママがかき混ぜるから!萌々奈は両手で火入れといて〜」
「ちょっと疲れた……」
「頑張れ頑張れ!はい強火だよ〜」
少し力を込める。
「お、いいねいいね〜!流石、うちのコンロは速いね!」
……娘をコンロ呼ばわりかっ!!
「ちょ、ママ、ひどい……」
「そこは『ちょ待てよ〜』じゃないの?キムタクみたいに。」
「キムタクはそんなこと言ってないってば。」
味付けは、ざっくり中華スープの素が小さじ3、醤油大さじ2、料理酒大さじ2、砂糖大さじ2くらいかな?
私の泣き言をよそに、ママは卵を3つ割って、溶いている。小さじ1杯ほどの砂糖を入れるのが我が家流だ。
「最後だよ〜、頑張れ!」
溶き卵を流し入れたママはかき混ぜながら、味見をする。
卵がなかなか固まらない。
「ちょっと火弱くなってない?もうちょっと強くして。」
火を強めた。溶き卵はすぐに固まった。
「よし!いい感じかな。はい、あーんして。」
両手で鍋を持ったまま、チャーハンを口に入れられた。
「あー、私もっと塩っぱいのがいいかな」
「あんまり塩っぱいとパパが可哀想でしょ〜」
ママも味見をした。その後、醤油とか砂糖とか、適当に入れてるように見えた。
やはり薄かったのか、結構入れてた。
そして、ようやくできた。
私は、両手で抱えていたフライパンを五徳に置いた。
滞っていた血流と強張っていた筋肉が一気に開放されて、そのまま私はぼんやりとしていた。
脳にまで血液が巡る。なんだか、眠くなってきた。
「ありがとうね!萌々奈のおかげであっという間にチャーハン作れちゃった!本当に助かるわ〜」
最後に、思い思いに黒胡椒を入れる。
昨日の残りの、豆腐の味噌汁を温めて、今日の夕飯は完成した。
ガチャ、と、ドアが開く音が聞こえた。
ちょうどいま、父の日下 勇次が帰宅したのだ。
「ただいま!いま外がすごいことになってるぞ!」
父の声は、焦っているようにも聞こえた。普段の父からは考えられない、素っ頓狂な声。
「あ、パパおかえりー、何?」
「ご飯できたわよー、はやく食べましょ!」
母は気にも留めず、父を食卓へと促した。
とりあえず、私はチャーハンと味噌汁をよそって、食卓に運ぶ。
「そうだ、サラダあったほうがいいでしょ?」
「いやー、別にいいかなー」
私はぼんやりと答えた。
……外がどうしたんだろう。
「いるでしょ。野菜室からキャベツ出すから、ちょっとまってて。先食べてていいから!」
……それで。
「パパ、外がどうしたって?」
父は怪訝な顔をして答えた。
「なんだか、この近所にだけ綿みたいなのが降ってるんだよ。地面にもフワフワの綿がびっしりだ。」
「どういうこと?」
「パパにもよくわからないんだ、外に行って見てくるといい。」
「うん!」
私は小走りで向かうと、玄関の扉を、恐る恐る開けた。
そこは、大雪の次の日みたいな、一面の白い世界だった。
でも寒くない。寧ろ暑い。
幻想的ではありながら、底知れぬ禍々しさを感じた。
これは……権能だ。
綿の塊が、ぷかぷかと空中に漂っていた。
サッカーボールくらいの大きさから、人ひとり入れそうな大きさまで……大小様々な綿が。
玄関から踏み出すと、足元にはまるでマットレスを踏みしだいているような感覚があった。
……心地良い。ここはあまり綿が厚くないから、空中に浮いた大きめの綿を捕まえて、地面に敷いてみた。
とりあえず、危険なものではないみたい。
大きなクッションに飛び込むと、とても気持ちいい。
……でも、そこはかとなく空虚さを感じた。
この綿を造った権能者の、何か満たされないものを。
不思議と、嫌な気はしなかった。
この権能者から敵意は感じないし、気持ちが理解できるような気がした。
……考えすぎかな?
ふと、神流三丁目公園の方に目を向けた。
そこには……ひときわ大きい、まるでコンビニが一軒入りそうなほどの綿の塊。
「萌々奈ー、そろそろ戻っておいで!」
パパの声だ。
……いけない、つい楽しんでしまった。
お腹も空いたし、そろそろ家に入ろう。
「いやー、綿すごかったわー。」
「だろ?驚いちゃったよ。明日会社行けないと困るんだけどなぁ。」
「そんな外すごいの?なんだかいやねぇ。」
家族3人、食卓につく。
「いただきます!」
……美味しかった。
明日は早く起きよう。
あの大きな塊には、きっと、何かがある。
この目で確かめなきゃ。
最近字数が多くなりました。すいません。
初期でいう1話分の文量を使ってチャーハン作ってますね。
ちなみに、僕はちゃんと分量を量ってチャーハンを作ったことなど1度たりともありません。いつも目分量。
26/02/28改稿したので1話3500話程度になっています。今回のお話は割と改稿箇所少ないので、2500字程度のままです。
適当チャーハンがちょっと味薄いかな、と思ったくらいです。




