瞬の権能 その4
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
あと一瞬、早ければ。
あと一瞬、早ければ……その繰り返しだ。
日々タラレバを繰り返して、ただ後悔ばかりに縛られる。
ムカつくアイツに勝ちたかった、運動会。
終了のチャイムとともに答えがわかった、数学の試験。
朝の始業時刻に間に合うはずだった、ギリギリの電車。
道路の排水溝に飛び込んでいった、500円玉。
逃がしてしまった、ひったくり犯。
恋人にあげたかった、ゴールドの指輪。
救えなかった、命。
「善は急げ」とはよく言ったもので、この世はタイミングが悪ければ、何もかもが水の泡だ。
俺、速水 龍太は後悔の果て、善を遂行するに相応しい力、瞬の力を得た。
少し遡る。一昨日は確か、2000年7月25日……だったか。
よく晴れた昼下がり。俺は公園に居た。
何をするでもない。
ただベンチに座り、人々を見ていた。無邪気に遊ぶ子供に、向いのベンチに座り、競馬新聞に赤ペンで書き込む男。
面白くなんかない景色。だが俺の中に、突如、ふつふつと何かが湧き上がっていた。
……正義。
俺がこの力を得たのは、その使命を果たすため。
人々の変わらない日常を、守っていくため。
こうしている間にも、俺が裁くべき悪は、日陰に、日向に、蔓延っているのだ。
ベンチのすぐ横には、塗装の禿げたゴミ箱。無造作に捨てられた新聞は、今日の朝刊だった。
まず目につくのは、沖縄サミット、日露の首脳会談に、夏の甲子園の話題だ。
新聞を手に取って、一枚捲る。目に飛び込んできたのは、右下の小さな見出しだった。
「神流町、またも怪現象か」
……ああ、やはり。
記事を斜め読みしてみる。
「某県北西部の街で起こる、異常な現象の数々」……
「複数人による暴行。後に被害を受けた窃盗犯の男は死亡。犯人は透明人間との説も浮上し……」
……記者というのは、まったく耳が早いな。
「同町では、発生源不明の水蒸気爆発の目撃情報があり……」
「違法に建造された、景観を損なう形状の巨大なオブジェ……」
「警察の調査は依然として難航……」
「陸上自衛隊の派遣も視野に入れ……」
ほんの小さな囲み記事に、胸やけを起こしそうなほどの情報が詰められている。
この神流町は、全く、腐っているということか。
……警察ですら手に負えない程の悪が、暴力が。この街を覆っている。
暴力は正しく使われるべきだ。
正しく使われないのなら、暴力を止めるために、暴力を使わなければいけない。
あの像に触れ、俺がその役割を背負った。それだけのことだ。
新聞を小さく畳んでベンチに置く。俺はそこを立って背伸びすると、目の前のベンチに座った男を一目見た。
競馬新聞を見ていた男は、胸ポケットから煙草を取り出す。
慣れた手つきで火をつけて煙草を蒸かすと、たったのひと吸いして……
そのまま、手を放す。
火のついた煙草が、地面に飛び込んでいく。
……「瞬」の力。
約8メートル。だが俺にとっては、一歩よりも短い。
俺は、その男の頭を鷲掴みにしていた。
目線を落とすと、まだ長い煙草が着地するのを見た。
「……おい、拾え。」
煙草の吸殻が、火事のよくある原因なんだ。土の上なら良いというわけではない。
何気ない不正が、いつか必ず大事になる。
「……あ、うわあ、あ……!!な、な……」
慌てる男は、声も出せないようだ。
自分が悪いことをしたと、自覚しているのだろう。
「情けない奴だ。まだ燃えているぞ、拾ってやろう。」
「な、なんなんだ、おま……」
俺は煙草を拾って、男の額に押し当てる。
「ああ!!!熱い!熱い!すまない!!」
「……『すまない』?誰にだ?」
「そりゃあ、アンタに……」
不服そうな、ムカつく顔だ。
俺は音速を超える拳で、男を殴りつけた。
「へぶしッ!!」
薄汚い歯が弾け飛ぶ。
小さな不始末は、堕落の元だ。
それ正すのは、俺の優しさだ。
「……俺にではないだろう。お前自身に、申し訳ないと思え。」
俺はそう吐き捨てると、公園を後にした。
反対方向に向かって、親子連れが逃げ去っていくのを見た。
俺は、躾をしたまでだ。
さて。
ぶらぶらと歩いていると、バス停前の掲示板に大きなポスターが貼られていた。
「かんながいじめ対策標語コンクール:その悪意 あなた自身を 追い込んだ」
だからなんだ。
いじめなんかを敢えてやるのは、精神が原始生物のまま、文明に適応できない奴だ。
そんな野蛮人に、言葉など無意味だろう。
しかし今日はなぜか、そのポスターが気になっていた。
「悪意が追い込む」……か。殴れば拳が痛む、くらいの話だろうか。
「……ねえねえ、アイツさ、万引きしたんだって?」
……ん?
歩道の向かいから、2人の女子高校生が歩いてきた。学校は休みのはずだが、部活か何かだろうか。
どことなく、悪意に満ちた声。
俺は、そういうのに敏感なのだ。気づかれないように聞き耳を立てた。
「ああ、B組の猫崎のことね。」
「へえ。捕まってるのかな?」
2人の少女は、軽快に笑った。
「さあね……てか、マジで信じてるの?」
「え?でも、アイツならやりそうって思ったわ。」
「でしょー!?まさかここまでになるとは思わなかったけどね。」
「ウケるー!休み明け、学校来なかったりして。」
「まあ、もともとあまり来てなかったし、別にいいっしょ!」
「そうね!猫崎は噂のこと、知ってるの?」
「さあね。日下だと思い込んでキレてるんじゃない?」
「萌々奈ちゃん濡れ衣だわ、ドンマイ~」
……その少女たちは、悪びれる様子もなく、邪悪な笑い声を上げていた。
俺は、そいつらが路地に入って行くのを見かけた。
大通りから少し入れば、周囲に人影はない。
路地に面したアパートのゴミ捨て場は、人が十分入れる大きさだ。
許せなかった。
次の瞬間、俺は10メートル先の二人を、空のゴミ捨て場の中に投げ飛ばした。
「キャ、キャアア!!!痛ッ!」
……耳障りだ。
頬を超高速の平手で打つと、噂を広めた生徒はぐったりと崩れ落ちた。
「……あ、あ、その子が、何をしたっていうの……?」
もう1人が小刻みに震えながら言った。
「何もしてない、と言うつもりか?
こいつがこの後どうなるのか。
……ネコザキ、という奴に伝えておけ。
これは、俺の正義と、お前の贖罪だ。」
俺の正面でぐったりしていた少女が、目を覚ます。
「目を覚ますんじゃない。目障りだ。」
……「瞬」。
足に力を込め、狭い空間を飛び回る。
そのコンテナは既に、赤い血で染まっていた。
中央に虫の息になった血みどろの少女が倒れている。
返り血を浴びて隅で蹲る少女に、俺は言った。
「お前の携帯を貸せ。」
「は、はい……」
倒れた少女の、指先が幽かに動いている。
借りた携帯で、うつ伏せに倒れた姿を写真に収めた。
「教訓にしろ。お前たちの悪意が、自身にどう返ってくるのか。」
血溜まりの上に、携帯を置いた。少女は携帯に手を伸ばすも、腰に力が入らず動けない。
俺はゴミ捨て場を後にして、戸を閉めた。
……俺の拳は、痛みなど感じない。
これは、悪意などではない。正義なのだから。
2000年7月27日。
今では、俺も指名手配犯だ。
昨日つい、役場前の書店で盗みを働く、卑劣なゴミを正した。それで、見つかったからだ。
それ以上に重要なことは、書店にいたアルバイト店員だ。
……まさに、青天の霹靂だった。
俺と同じような、特殊な力。
それでいて、遥かに暴力的で、殺意に満ちた力。
俺はあの店員に近づいた。
ゴミクズを処理するついでに、鈍間で間抜けな店員を揶揄ってやろうとした。
その瞬間。
その店員から一瞬で味わった、地獄の釜の傍らにいるかのような、灼熱。
俺を構成する臓物の全てが、ざわめきを感じたのをよく覚えている。
次の一瞬に、俺は本棚を蹴って、店の入り口付近まで逃げだしていたのだ。
その後、俺は平静を装いつつもヤツの能力、性格を探った。
灼熱の能力は、有効範囲はそれほど広くない。が、おそらく必殺。
しかし、ヤツは愚かにも躊躇った。
ヤツは自身の甘さが故に、人を殺せない。
人を殺すことに対する忌避感を、ヤツの眼からひしひしと感じられた。
ヤツは、容易に殺すほどの力を有しながらも、殺さない。
……ヤツの使い方は間違っているのだ。
なぜ、その暴力を正義のために使わなかった?
俺は、腸が煮えくり返る思いだった。
ただでさえ、俺以外に能力を持つ者がいていいわけがない。
放っておいては、さらなる暴力を生むだけだ。
特にあの力は、最も危険だ。
悪そのものだ。
殺す。
この世を腐らせる悪の力を殺すのだ。
もし殺さなければ……あと一瞬、早く殺しておけばと、後悔する時が必ずくる。
俺なら勝てる。この正義の力で。
俺は死なない。まだ死ねない。
場所は……ルミナパークかんなが・駐車棟跡にしよう。
やるなら、今。
俺が、初めて人を殺した場所。
今回は敵サイドのモノローグです。
速水 龍太という男の歪んだ正義が、萌々奈に刃を向ける。
次回、「熱」の権能者・日下 萌々奈と「奇跡」の権能者・伊勢 健之助は、「瞬」の権能者・速水 龍太とついに対峙する。
26/02/28 連載を一カ月以上サボっていましたが、大規模改稿しました。これからはあまり連載できないかと思われますが、消えたりはしないので細々続けていきます。
最近、だんだんと1話あたりの文字数が増えてきています。
すいません。




