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  氷神竜ザミルザーニアの……祠?②

 アルヴァの周りを赤い光がぐるりと螺旋に巡る。アルヴァを揶揄うように飛んでいた氷妖精(スネグラチカ)たちは、それを見るや、嫌そうに鼻にシワを寄せ、さっと顔を背けながら飛び退いてしまった。


「おォっと、そうはいかねぇゼ!」

「僕らが先約なんだナー、これが!」


 雪山の麓、高らかに響く明るい声に、アルヴァは目をパチクリさせる。そして彼女は自分が佩いている剣に目をやって、それから空を見上げた。

 垂れこめた雪雲を背景に、楽しそうに笑うのは、炎のような赤を纏う二人の火妖精(ウィスプ)だった。と、彼らはアルヴァの両肩に一人ずつ降り立って胸を張る。


「まぁ、火妖精……! 忌々しいこと、ここにあなた方の居場所があると思って?」


 短髪の氷妖精がそう言えば、アルヴァの右肩に乗った火妖精が「あるとも!」と大きく頷く。


「ほらココに!」


 じゃじゃーん、と火妖精たちが両手で指し示すのは、他でもないアルヴァ。当の彼女は驚いた表情を顔に乗せているが、火妖精たちは満足そうに「むふー」と鼻から息を吐きだしている。


「その綺麗な方は人間よ! 人間に妖精が宿れるわけがないでしょう!」


 氷妖精たちの不機嫌がどんどん積み重なっていくのを黙って見ているわけにもいかず、アルヴァは腰に佩いた愛剣をスラリと抜いた。そして、左手で柄を、右手で剣の腹を支えて、氷妖精たちに見えるようにと掲げ持つ。

 アルヴァが掲げる剣に最初に興味を持ったのは、波打つ髪の氷妖精だった。


「あら、綺麗な剣。まるで氷の銀色を集めたように美しいわ。綺麗な人は、持っている物も綺麗なのですわね」


 あなた方も見習ったらどうですの? と火妖精たちに冷ややかに言い放つ少女たちに、アルヴァは眉尻を下げながら口を開いた。


「この剣に、火妖精たちが宿っていたんだ」

「そうなのナ! 僕ら、ココを終の棲家と決めたんだ!」

「この人の剣で、派手に死ぬって決めたんだゼっ!」


 エクリクシスが苦い顔をするのをチラリと見てから、アルヴァは溜め息を噛み殺し、再び上を見た。氷妖精たちは、今にも凍らせんばかりの表情で、ハイテンションな火妖精を睥睨している。

 申し訳ない、と謝罪を一つ入れてから、アルヴァは続ける。


「――少し前から、私の剣を仮宿にしてくれている妖精たちなんだ。氷と火で相容れないのはわかるが、どうか私に免じて、見逃してくれないだろうか」


 氷は、雪は、炎に溶かされる。そんな炎も、分厚い氷に覆われてしまえば、消えてしまう。ただでさえ、影響しあう逆属性だ。


 仲が良いはずがない、と考えながら、アルヴァの脳裏には、イグニアの頭の上にいる火の精霊と仲の良い水精霊(ウンディーネ)の優しい顔が浮かんでいる。


 ――この二人は例外だ。


 そう思いながら、アルヴァはジッと氷妖精たちに真剣な眼差しを送る。

 そう経たないうちに、少女たちが陥落したのは言うまでもない。


「――もう、その目。溶けてしまいそうですわ……」


 いいわ、と氷妖精たちがゆっくり降りてくる。アルヴァの顔の前に躍り出た火妖精が、空中で小躍りしながらハイタッチを繰り返す。と、そんな火妖精の様子を目を眇めて見下ろしていた長髪の氷妖精が、フン、と鼻を鳴らした。


「本当なら、氷漬けにして砕いてやるつもりだったけど……仕舞ってちょうだい。そしたら、見なかったことにしてあげる」

 

 ほら早く、とまるで虫でも払うように手を振る氷妖精に礼を言い、アルヴァは顔の前の火妖精に声をかける。


「そう言うことで、また剣の中に戻ってもらってもいいだろうか?」

「えー、そう言わずに、剣を振るってほしいナ!」


 ほらほら、と火妖精が揃って指をさすのは、雪山を覆う氷の壁だ。


「中に、入りたいんだろ? 出来るゼ!」


 そう言いながら、火妖精はアルヴァの頬をぺちぺち叩く。彼らに好きなようにさせながら、アルヴァは小さく首を振る。


「いや、それはダメだ……というか、無理だと思うんだが」


 この氷の結界を組み上げたのが氷竜ならば、並大抵の力ではこじ開けられない。それが判っているから、アルヴァは首を横に振るのだが――。


「できるゼ!」

「ネェちゃんの貯めてる魔力、くれたらナ!」


 目を見開くアルヴァの顔を、ニンマリ笑う火妖精がのぞき込んでくる。

 ねぇねぇ良いだろ良いだろ、と繰り返す彼らには「たとえ出来ても、この魔力は使えない」と説明するアルヴァの声が聞こえていない。

 氷妖精たちの機嫌がどんどん悪くなっていくのを下がる気温で感じ取りながら、アルヴァはエクリクシスに八の字の眉の下の金眼を向ける。と同時に、エクリクシスが息を吸いこんだ。


「――ダメだ」


 特に荒げたわけでもないエクリクシスの声に、妖精たちは――火も、氷も――ビクリと身を硬くする。その様子を橙色の瞳で見据えるエクリクシスは、周囲に漂う緊張を解くように、フッとため息を吐いた。


「あのな、お前ら。アルヴァが貯めてる魔力はな、無事に村まで戻るために蓄えた物なんだよ。だから、使えない。わかるな?」

「うっす!」


 アルヴァの頬をペチペチしていた火妖精たちは、人が――いや、妖精が変わったように、まっすぐ気を付けをしてエクリクシスを見つめている。その様子に、エクリクシスはポリポリと頬を掻いて、それからため息を吐きながら腕を組む。そして、小首をかしげて口を開いた。 


「わかったいい子は、この後どうするんだ?」

「ネェちゃんの剣の中に戻る!」


 言うが早いか、妖精は赤い瞬きに変わって、出てきた時と同じように螺旋を描いて、アルヴァが手に持つ剣に飛び込み消えた。一瞬剣が赤に輝いたのを見届けて、アルヴァはそっと剣を鞘に戻した。


「エクリクシス、ありがとう」

「なぁに、気にすんな」


 エクリクシスは何事も無かったかのように、穏やかに笑っている――が、アルヴァはその笑みに、寂しさに似た感情を見つけて、しかし、それを彼に指摘するようなことはしなかった。

 と、コホン、と小さな咳払いが上から降ってくる。

 

「変な邪魔が入ってしまって……ああ、そうですわ。ザミルザーニアさまの祠に行きたい、のでしたわよね?」


 短髪の氷妖精がニッコリ微笑むと、残りの氷妖精も綺麗な笑みを浮かべる。

 ご案内いたしますわ、の言葉と共に、彼女たちがゆったり飛んで行く。アルヴァたちは、その彼女たちを追いかけて、歩き出した。


 しばらく山沿いを歩いて、歩いて――アルヴァの目の前に現れたのは、おおよそ祠とは言い難いものだった。

 アレが目的地ではないのかも、と思いながら歩くアルヴァだが、どう見ても、そのシルエットは、彼女たちの歩みと共に、大きくなってきている。


 ――いやいやまさか。……でも、近付いて来てるよな。えっ、本当にコレが目的地なのか? 


 やがて、氷妖精が飛ぶのをやめる。同時に、アルヴァたちの足も止まる。


 ――ああ、つまり、この中に祠が……。


 その巨大な()()()を見上げて、アルヴァが薄っすら安堵の笑みを浮かべたところで、氷妖精が高らかに宣言する。


「今、あなたの目の前にある物こそ、氷神竜ザミルザーニアさまの、神聖なる祠ですわ!」

「……この中に、祠がある……とかではなく?」


 ええ、と氷妖精が胸を張る。


 ――まじか。


 そう思いながら、アルヴァは冷たく峻厳な空気を吸いこんで、ん、と息を止める。

 口を真一文字にし、珍しく困惑の感情を瞳に宿すアルヴァの目の前にあるのは――。


「これが、祠……」


 ――それはそれは見事で美しい、氷で作り上げられた城、だった。


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