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  地神竜エザフォスの祠⑤

 祠で地神竜自ら結界を起動して、カレンが腹の虫を鳴かせたあと。


 ルカたちは、食事を目いっぱい詰め込んだ腹に四苦八苦しながら、それぞれ食後の時間を過ごしていた。

 なんたって、この遅い――恐らく午後三時ごろだった――昼食、食事の量が半端なかったのだ。


 地竜の長トゥルバの命でエレミアの都へ食料調達に行った地竜たちは、人間がどの程度食べるものなのか、わからなかったらしい。

 帰ってきた地竜たちの、一人目が両手いっぱいに食べ物を抱えていた時は、ルカたちも腹の虫を押さえかねて顔を輝かせた。しかし、二人目、三人目――と続くのを見たときは、五人の中で肉体資本のアルヴァとケネスですら、ひくり、と頬を引きつらせていた。

 それでも、用意された分食べきったのは二人の騎士――見習いだが――としての執念と、それから、思わぬ大食いを見せたフィオナとカレンのおかげだろう。


「――竜は基本、食べないもんなぁ」


 だから、加減が難しいのだろう。

 ぽつ、と呟くのすら苦しい。基本小食のルカは、ポコリと膨らんだ腹を擦り、壁に背をもたれていた。

 そんなルカの前、元気に駆けまわっているのは、ルカとフィオナが再び幼児の姿に変化させたイグニアだけ。

 結局一行が出発できる状態になったのは、どっぷりと日が暮れてからだった。


「よし、じゃあ行くか!」


 茶色の光球――地神竜エザフォスが笑うようにチカチカ瞬く。彼の言葉に頷いて、ルカたちは柔らかい松明の光に満たされた広間を出た。

 

 アルヴァが蓄魔紙を取り出す必要もなく、エザフォスが赤い石の壁を取り払ってくれて、一行は月の昇り始めた空の下へと出る。ほんのり暖かく保たれていた『地神竜さまの寝床』とは違い、春の夜らしい、少し冷えた空気がルカの頬を撫でていく。と、彼らの横の砂が盛り上がって、地竜二頭が顔を出す。

 じゃあ彼らに乗せてもらってエレミアまで行こう、という時だった。


 乾いた音が、藍色の空にこだまする。


 咄嗟に剣を抜き放ったアルヴァとケネスが前に出て、フィオナが周囲に風の結界を張る。巻き起こる砂煙の向こう、振り乱されたショッキングピンクが見えていた。


「見つけたぁぁぁ……」


 蕩けたような声に、確かな憎悪を宿して、アニエスがそこに立っている。ルカは咄嗟にエクリクシスに指示を出す。


「姉上たちの剣に付与を」


 火の精霊は深く頷き、前に立つ二人の剣に付与を施し、ルカのもとへ戻ってきた。

 ケネスの剣に淡い赤が灯る。そして、アルヴァの剣は、まだ彼女の周囲にいたらしい火の妖精の力も上乗せされて、煌々と赤く輝いている。

 

 ルカの目の前で、アルヴァがゆっくり歩きだす。彼女は、ついて来ようとするケネスを手で制して、ちらりと視線を交わしてから結界を後にした。結界の向こうに不思議そうに顔を向けていたいたエザフォスが、ルカを振り向いて首を傾げるような様子を見せる。


「なぁ、どうしたんだ?」

「エザフォス様、あのピンク頭、姉上を捕まえようとして追いかけてきてるんです」


 簡潔にエザフォスに説明するルカの前で、アルヴァがアニエスと対峙している。アニエスの手にある銃は、その口をアルヴァへと向けていた。ルカは、念のために、と少し歩み出て、ケネスの隣に立った。


「あんたさえ、おとなしく捕まれば――他は手を出さないわよ」


 ちゃき、とアルヴァが長剣を構えなおす。アニエスはその顔にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、言葉を続けた。


「抵抗するなら、あんた以外は皆殺し。どう? ねぇ、どうするの、綺麗な顔の竜騎士さん?」


 そのセリフに、ルカとケネスの腕が同時にピクリと反応する。まさか頷くなよ、と頬に汗を伝わせるルカの前。アルヴァはじっと剣を構えている。

 風の結界がルカたちを守っていること。加えて、ケネスがルカたちのそばにいること。これらがアルヴァに首を縦に振らせないでいることにひとまず安堵して、ルカは成り行きを見守った。


 乾いた音が何度も響く。銃弾はルカたちを守る風の結界に弾かれる。しびれを切らしたアニエスは、アルヴァ自身を狙い始めたようだが、それがアルヴァに当たることはなかったようだ。砂煙のスクリーンに、踊るように身を躱すアルヴァの影が写っている。しかしそれも、あたりに落ち始めた闇に溶ける。


 アニエスの苛立ちに満ちた甲高い咆哮が暗い砂漠に響き――それに誘引された様に、ドロリとした影が、彼女の後ろに持ち上がった。


 風の結界越しでも漂う腐臭。死の匂い。


 まさか、と風の結界を飛び出した一行の目の前には、恐怖に歪んだ顔でゆっくり振り向き、具現化した死を――死のサーカス団を見上げるアニエスの姿と、それを飲み込む昏い昏い死の影が映っていた。


 剣を落とし、ケネスが弾かれた様に駆け出す。

 彼は、飛びつくようにしてアルヴァを後ろから抱きしめた。ルカも慌てて二人のもとへ近づき、それから、間近に迫る死の恐怖に顔を歪めた。たまらず、アルヴァの服を握り締める。

 そんな彼らの前、ごぷり、と死の影に飲み込まれたアニエスが、泣く寸前の子供のように顔を歪めてこちらを見る。

 そして、大きく目を見開いた。


「な、なんで――」


 彼女のグラグラ震える瞳は、アルヴァの方へ向いているようだった。そんな彼女の弱々しい言葉に、アルヴァが左手を持ち上げる。それをケネスが無理やりおろさせる。

 アニエスは、ポカンと開いた唇を震わせて、それから、彼女はまるで裏切られたような顔で、言葉を絞り出したようだった。

 

「ま、待って、なんで、あんた――なんでよ。た、助けて、助けて助けて……助けてよ……!」


 死のサーカス団に首まで飲み込まれたアニエスが、イヤイヤとするように首を振る。

 昏い影の中で、濁ったピンクが揺れる。

 服がほどける。

 肉が溶ける。


「いやぁ……たす、け、がぼっ!」


 顔の下半分まで飲み込まれたアニエスの灰褐色の瞳がぐるりと上を向き、空気に晒されている顔の上半分が痙攣する。それから、彼女の体は完全に死のサーカス団の中へと飲み込まれた。

 彼女は一瞬その中で揺蕩うと、骨すら残さず消えていった。


「――あ……」


 アルヴァが吐息を溢すようにそう呟いた。ルカが彼女を見上げる。と同時に、ケネスの腕に力が入ったようだった。その痛みによってなのか、ぼんやりしていたアルヴァの瞳に、光が戻る。そして、彼女は自分に巻き付くケネスの腕に触れながらルカを見下ろした。


「――退くぞ……っ!」


 アルヴァのその言葉で、三人はもつれる様にしながら風の結界の方へと駆け出した。と、砂嵐の中からプカリ、と茶色の光球が出てきて、ふわりふわりと移動して、ルカたちと死の影を切り離すように間に浮いた。


「エザフォス様っ!」


 駄目です、というアルヴァの声に、エザフォスはゆっくり瞬きを返す。 


「大丈夫大丈夫」


 そう言ったエザフォスの声は、少し悲しそうだった。


「結界の切り替えの隙のせいで、俺の寝床の近くまで来ちゃったか。――可哀想になぁ」


 闇の落ちた砂漠で、まるで地上に落ちた星のように輝くエザフォスの魔力の体から、その力の一端が放出される。ルカたちの前だけ朝のように明るく、その分、死のサーカス団の闇の体が色濃くなる。その昏い体から、悲鳴のような泡立ちの音がルカの耳に聞こえてくる。

 

「ちょっと風を借りるな」


 フィオナに向けた言葉だろう。エザフォスのその言葉に、エルフの少女は間髪入れずに返事をする。

 その言葉を引き金に、逆巻く風がエザフォスの方へと引き寄せられた。その中に石の礫が無数に浮かぶ。


「――ごめんなぁ、俺のところに来ても、()()()()()には会えないんだ」


 ぽつ、と溢された地神竜の声に、死のサーカス団のごぼごぼと言う叫び声が大きくなる。

 そして、エザフォスは、彼に腐った指を伸ばす死のサーカス団を打ち払うように、礫の嵐を打ち出した。


 昏い体が千々になる。泡立つ悲鳴が掻き消える。死のサーカス団は、満ちる静かな夜に溶けるように消えていった。

 腐臭が消える。死臭が消える。砂漠に平穏が戻る。


 光球が、くるり、と振り返ったようなそぶりを見せた。


「もう大丈夫! ほら、行こうぜ」


 エザフォスがプカリプカリと砂漠をゆきながら、そう言った。

 もの悲しげな声に、ルカたちは声をかけることはできずに、待機していてくれた地竜の背中に乗りあがる。


 何も無かったように静かな砂漠を、地竜がゆっくり駆け出した。



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