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  砂漠に咲いた黄薔薇を手折れ③

 アルヴァとケネスが対峙する機械兵は、成体の竜をはるかに超える大きさだった。平屋なら二つ三つ縦に並べても、その巨躯にはかなわないだろう。


 アルヴァは、迫り来る鉄の腕を、間一髪で躱した。足場の悪い砂漠でも、彼女の動きは一切鈍らない。

 そんなアルヴァのすぐ横、巨大な機械兵の薄黄色の左腕が砂に突き刺さる。それなりに深く刺さっただろうに、その機械兵は難なく腕を抜き去った。そしてその勢いのままに大きく振りかぶると、アルヴァを押しつぶそうと、ハンマーのような拳を振り下ろす。

 アルヴァは横に飛び退いてそれを避けた。彼女がいた場所が抉れて砂が舞う。

 今度は砂が機械兵の腕を絡めとったようだ。アルヴァは隙の生じたその一瞬を逃さずに、剣を全力で振り抜いた。

 火の魔力で赤く輝く長剣が、大きな腕に線をつける。相手が生物なら致命傷を追わせられたであろうアルヴァの全力は、この大きな機械兵相手には、猫が牛を引っ掻いたくらいの傷しか負わせることができなかった。


 熱に耐性があるのか、とアルヴァは先ほど自分が切りつけた跡を睨みながら、すかさず距離を取る。少し離れてもよく見える傷は、本来なら、鉄を溶かしながら広がるはずだった。それくらい、今、アルヴァが手に持つ剣は火の魔力と熱を孕んでいる。なのに、機械兵の腕の傷はフツフツと沸騰するような様子も見せなければ赤に染まることもない。

 気まぐれな妖精たちが、あとどれだけ力を貸してくれるのかもわからない。興をそがれた妖精たちが去った後、やっぱり火と熱が弱点でした、なんてなったら洒落にならないぞ、とアルヴァは目の前の巨大な鉄の塊の動きを注視した。

 ずぼり、と砂漠から腕を引き抜いた機械兵は、赤の灯った頭部をアルヴァへ向けている。

 左手の傷など眼中にない様子。やはり、もっと剣を叩きこまなければ、火と熱(コレ)が効くのかどうか判断がつかない。

 叩き込むには――。

 

「――どうするか……」


 そう呟きながら相手を観察するアルヴァの目は冷静だ。静かに剣を握り直す。

 そんな彼女の目に入ったのは、ケネスの姿。彼は、機械兵の死角を取って、足元に潜り込んでいる。

 タイミングを見計らったケネスが、機械兵の右足を蹴って三角飛びをした。


「――っらぁ!」

 

 発声とともに振り下ろされた剣は、機械兵の左の膝関節部分にぶち当たった。大きな音が響くが、彼の剣は中途半端に関節部分に食い込むだけにとどまってしまった。


「ケネスっ!」


 アルヴァの悲鳴じみた声は、機械兵が振るった腕の風切り音にかき消される。そこに、肉を叩く音が混じったことをアルヴァの耳は聞き逃さなかった。


「ケネス……くそっ!」


 機械兵の赤い一つ目がケネスを追う前に、とアルヴァは大きく足を踏み出して、砂を蹴った。

 アルヴァは走る、走る。

 彼女が目指すのは、機械兵の右腕。ケネスが手首から先を無理やり叩き切ったことで不具合でも生じたのか、機械兵の右腕は、先ほどから中途半端な高さを保ったまま動いていないのだ。丁度いいことに、その右腕のすぐそばに、小さな小さな丘がある。そこを目掛けて、アルヴァは走る。

 なだらかな丘を駆け上がり、機械兵へと十分近付いたところで、アルヴァは思い切り地を蹴った。

 兜の中で、汗が頬を伝う。

 一瞬の滞空のあと、彼女はバランスを崩すことなく、機械兵の右腕へと飛び乗った。

 ケネスに向きかかっていた赤い光がアルヴァに向く。と、同時に巨大な左腕がアルヴァ目掛けて飛んできた。

 飛び乗った勢いのまま、アルヴァは機械兵の腕の出っ張りを蹴るようにして駆けあがる。さながら、岩山を駆ける鹿のような身軽さだ。

 彼女は何度も迫る腕を避け、いなし、揺れ動く右腕の上をバランスを崩さず駆けあがる。


 あと少しで機械兵の肩に届く、と言うところで、機械兵の左手が彼女をかすめた。

 かすめるだけで、十分だった。


 アルヴァの体が傾いで宙へと放り出される。

 アルヴァは何もかもがスローモーションな中、必死で体を捻って下を見た。その途中、見えた右腕には自分の愛剣が収まっていて、そのことに少しだけ安堵する。しかし、その下。地面を見て、アルヴァは眉を寄せた。

 砂が遠い。

 いくら体が丈夫でも、これはいくつか骨を折るかもしれない。下手したら、内臓もやってしまうだろう。


 ――五歳の頃、家の屋根から落ちた時はどんなくらい痛かったっけ。


 どうでもいいことが頭をよぎる。そんな中、ふと顔を向けた方に逆さまに見えたのは、文通友達と、その婚約者と、それから、ここまで一緒にきたエルフの少女と、騎士見習いの少女と、そして――己の弟。

 守るべき人たちが、こちらを見上げて叫んでいる。


 ――私がこのまま落ちたら?

 ――動けないほどの怪我をしたら?

 

 いったい、誰が、彼らを、守るんだ?


 アルヴァは、ゆっくり動く世界の中で、大きく口を開いた。

  

「イグニアっ!」


 彼女のその声に応えたのは、耳になじみ深い咆哮。それから、力強く羽ばたく音、風切り音。


 自由落下していたアルヴァの腹が何かに支えられる。腹の下で、何かが規則正しく力強く動いている。そして、感じる浮遊感。

 アルヴァは一瞬、強く強く目を閉じて、金の瞳を見開いた。

 眼下の砂漠は依然遠い。しかし、近づいてくることはない。

 自分の腹を支えている赤い鱗を優しく撫でて、アルヴァは体勢を整える。


 羽ばたく翼と首の間に腰を落ち着け、剣を握り直す。

 こうなったら、風圧軽減の付与がされていない兜など被っていても視界を狭くするだけだ。だから、彼女は兜を脱ぎ去り下へ落とす。自由になった一つ縛りの、赤の強い茶髪が風に揺れる。


「あんたが、アルヴァ・エクエスだったの……!」


 まだるっこしいことしやがってぇぇぇ!


 アニエスの、喉を焼き切らんばかりの高音が下から響いてアルヴァに届く。一瞥すれば、彼女は機械兵の後方に立って頭を掻きむしっていた。

 アルヴァは、ショッキングピンクから機械兵へ目を戻した。その巨体の奥、ケネスが倒れているのが見える。

 ――彼を助けるためにも、さっさとこいつを片付けなければ。

 彼女の思いをくみ取ったように、竜の姿のイグニアが機械兵へと吠える。


 さて、竜騎士の一番の強みは、何だろうか。

 竜の強力な精霊魔法? いや、違う。

 その圧倒的な機動力だ。地竜は大地を疾く駆ける。水竜は水を巧みに操って何より早く泳ぐ。そして、空における機動力で、火竜や雷竜に勝る生き物はいない。


 あの巨体を相手にするにはアルヴァに足りなかったものが、揃った。

 彼女は大きく息を吸い込んで、思い切り吐き出すとともに声をあげる。


「行くぞ、イグニア!」


 その声に応えるように打ち出された火球を合図に、反撃の狼煙が、今、上がる。



  

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