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  マリッジブルー・イン・エレミア後編⑦

 徐々に傾いてくる金属の体に押しつぶされないように、とルカは機械兵に突き刺さりその金属を溶かしていた火竜牙のナイフをぞぶりと抜いた。一瞬よろけたルカの足元に機械兵が重たい体を横たえると、ばふ、と砂が舞った。


 あと一体、と頭の中で呟き周囲を見回しながら、ルカは口を開いた。

「エクリクシス。()()()()、フォンテーヌに聞かれなくてよかったね」

 聞かれてたら水に閉じ込められていただろう。その様子が簡単に思い浮かぶ。

 ふっへっへ、と笑いながらエクリクシスはルカと同様周囲を警戒しているようだった。

「おじちゃんジョークだよ、許せ許せ」

「僕は別に。二人の時に言われる分にはいいよ。でも、他の人がいるときにそういうこと言うのやめてね」

 みんないる時だとどう反応していいかわかんないし。

 そんな風に考えながら残りの機械兵を探すルカの耳が、ガキンッ、と言う金属を無理やり叩き切ったような音を捉えた。そちらに目を向ければ、くすんだ金髪の繰る長剣が迫りくる機械兵の右腕と首とを続けざまに断ち切る姿があった。首から橙がかった油を吹き上げて機械兵が膝を折る。

 ケネスは終わったか。じゃあ姉上ももうきっと――。

 ルカの手から一瞬力が抜ける。 


 それを、待っていたのだろうか。


 ルカの背後、落ち着き始めていた砂埃が再び舞い上がった。

 黄色に遮られる視界の中、ルカが見たのは、赤く熱を持つ腹の穴をどんどん大きくして溶けた鉄を滴らせながらこちらに飛び掛かってくる、機械兵だった。  

 

 戦闘に不慣れなルカの頭がこの奇襲の打開策を叩き出そうとして、結果、彼はその場を動くことができなかった。

 情報処理、対処記憶のサルベージ、と高速回転する頭は、先ほどまで攻勢に出ていた名残とでもいうのか『この状況からどう逃げる』ではなく『どうしたら相手を倒すことができる』を求めて働いているようだ。ルカの足に『動け』の命が下ることはない。汗がやけにゆっくりとルカの頬を伝う。

 これが、模擬戦でも実戦でもなんでもいい、戦いというものに慣れた人間――例えば、アルヴァやケネスならば考えるよりも先に体が反応しただろう。たとえ一撃必殺の技を持っていようとも、それを当てることができずに攻撃を受けてしまえば自分が倒れることになるというのをよく知っているからだ。

 そうではないルカは、じりっと砂を踏みにじることしかできない。

 拳が目前に迫ったところで、ルカは軋む体をやっと動かし、ナイフを持った右手を突き出すことができた。先ほどとは違い、ただ前に突き出すだけだからナイフが刺さるかどうかもわからない。

 ルカは目を閉じることも忘れ、迫る機械兵を見つめていた。


 ギィン! 


 金属が断たれる悲鳴が二つ重なった。

 一つは無理やり裂いたような音で、もう一つはブスブスと熱を持った音だった。

 早い鼓動と呼吸の向こう側、機械兵の姿が揺らいで三つに分かれる。

 鉄の覗く頭が転げ落ちる。

 人間だったらヘソがあるであろう位置を通るように斜めに線が入って、上半身と下半身が別れを惜しむようにゆっくりとズレていく。

 ルカのナイフは、ちょうど機械兵の胸、何かの変換機のようなものを突き破っていた。傾ぐ上半身に引っ張られるようにして、ルカは砂に膝をついた。

 未だバクバク早鐘を打つ心臓に呆然としていたルカの肩に、慣れ親しんだ暖かい手が乗る。

「ルカ、怪我はないか?」

 アルヴァだった。ルカはかけられた声に何とかこたえるために唾を飲み込み張り付いた喉を引き剥がす。

「……だ、い丈夫です。ごめんなさい、油断しました」

「いや、お前はよくやったよ。訓練もしていないのに、よく戦えてた」

 流石お前は頭がいいな。アルヴァは兜の下で笑んだ気配を見せながら、言葉を続ける。

「金属なら熱すれば断ち切りやすくなるものな。おかげで、剣を傷つけずに機械兵を叩き切れたよ」

 やや乱暴に頭を撫ぜられ、むう、と唸りながらルカは唇を噛む。褒められても悔しさが先に立つ。

 ずぼ、と後ろに体重をかけるようにしてナイフを抜きながら、ルカは勢いのままに立ち上がって左手で頬を軽く叩いた。

 悔しいし反省点もたくさんあるが、今はまだ反省の時間ではない。それくらいはわかる、とルカは鋭く息を吐きだした。

 今腐っていたって、同じことの繰り返しになる未来が見えている。だから気持ちを切り替える。

「さて、あと一体か」

 まだこの辺にいるかな、と呟くアルヴァの手にふと目を落とすと、炎を凝縮させたような赤に染まる長剣があった。

 エクリクシスからの付与では、そこまでできるほどの魔力は渡っていないはずだ。そんな疑問が浮かぶが、ルカは周囲に満ちる小さなクスクス笑いに答えを見つけて姉の凛とした横顔を見上げた。

 ――またこの人は、()()に力を借りるなんてことをやってのけやがったか。

 

 常若の国ではなく、現世に住まう精霊を、アングレニス王国では妖精と呼んでいる。

 この、魔力さえある場所ならアングレニス王国内のどこにだっている妖精が、やっかいだった。

 イタズラはする、人間の言うことは聞かない、とにかく自由気ままに生活して、気まぐれのように魔力を行使してはケタケタ笑っている。それがこの国の妖精だ。その妖精を意のままに操れるのは、常若の国の精霊たちと、現世では属性竜と、妖精使いと呼ばれる人間だけ。

 

 ――では姉上は妖精使いなのか、というと、そういうわけではないんだよなぁ。

 周囲に気を巡らしながら、ルカは小さく頭を振って考えを散らす。そういうのは後で考えればいい。

 ナイフを握り直したルカの頭の上、遠くを睨んでいたエクリクシスが彼の頭から飛び降りてスタリと砂漠に着地した。

「めーっけた!」

 楽しそうなエクリクシスの体が膨らむように炎を纏う。天をも焦がす炎の柱は、やがて彼の両手の前に凝縮してゴボゴボと煮えたぎるマグマのような音を立て始める。


「ほらルカ、一緒にやろうぜ」

 悪いことでも教えるかのような声色に、ルカは苦笑して手を前に差し出す。

「お前が放ってくれればいい。俺は、炎の行き先を調整するから」

 その方が俺が楽しいし、と言うエクリクシスの声に、ルカは頷きを返して左手に集中した。エクリクシスが練り上げた火の魔力が、滞ることなくルカに受け渡される。ふわりと感じた高揚は、恐らく魔力と共に流れ込んできたエクリクシスの感情がルカに移ったのだろう。口の端をくっとあげながら、ルカは向こうから低く飛んでくる機械兵に狙いを定め、思い切りぶっ放した。

 ルカの前を開けてくれていたアルヴァとケネスが、さながら猛る火竜のように飛んで行く炎塊を目で追いかけて「おお」と感嘆の声を漏らしている。


 一拍おいて機械兵を丸のみにした炎は、相手を滴る液体に変えるとフッと掻き消えた。


 五体すべてを倒したのが馬車からも見えていたのだろう。フィオナたちが駆け寄ってくる。

 ほっと肩の力を抜いたルカに、聞きなれない声が降りかかった。


「ほんとポンコツだわ。全滅とか、無いでしょ」


 見上げた空、雲以外の物が青を遮っている。どっどっ、と規則正しい音を吐きだすそれには、二人の人間が乗っているようだ。逆光で見えないその二つの影は体格からして女のようだった。

「ほら、見なさい。私、嘘ついてないでしょう?」

 風に揺れるショッキングピンクのツインテールの女が、後ろに掴まっているロングスカートの女に甘ったるい声をかける。

「――やっぱり、そうだったのですね」

 聞き覚えのある声に、ルカはぎくりと表情を硬くする。

 徐々に高度を落とすその機械が完全に砂に着地すると、女二人は砂漠に足を下ろした。ルカたちの前方数メートルのところに二人は立っている。


「……メグ」


 ルカたちの後ろから聞こえたラフの声は、隠しきれない動揺を抱えていた。




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