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最終話です。

 さあ、ついに迎えてしまった翌日。

 わたしのミッションは、高里くんを取っ捕まえること。

 しかし、彼の携帯電話の番号もメールアドバイスもLINEIDも知らない。彼との接点は学食のみ。

 昼休み、賑やかな学食に足を運ぶ。昼ごはん代を上條に援助してもらったので、ちょっと豪華にカツカレーにした。


「……しまった」

 カレーライスを買ってから、昨日もカレーだったことを思い出した。わたしは馬鹿か。脂っこく薄いカツが乗ったカレーを見てへこむ。

 カツ丼でもよかったかも。

 自分の迂闊さにがっくりしながら、空き席は……じゃない、高里くんの姿を探す。

 高里くんは簡単に見つかった。他の人より頭ひとつ大きな彼の姿は、こんなにたくさんの人の中でも目立つ。

 人の波に乗りながら、ぶつからないよう近付く。そんな中、彼がふと顔をこちらに向けた。すぐにわたしに気付いたらしく、にこやかに手を振る。


 やっぱりいいなあ、高里くん。

 人の良さそうな笑顔が好きだったな。こうして見ているだけだと、とても復讐なんて考えるような人には見えないのにね。

 もしかして、上條に復讐なんて言っていたのは夢だったのかな?


「ども」

「来てくれたってことは、協力してくれるってことかな?」


 あーあ、やっぱり夢じゃなかったか。

 曖昧に愛想笑いを浮かべつつ、彼の前の席に座る。


「あの……食べてからでもいいかな?」

「いいよ。冷めたら美味しくないからね、そのカツ」


 そうなの?!

 某ファストフードのポテトフライと同じ運命を辿るとは、これまで知らなかった事実にへこむ。いや、冷める前に食べてしまえ。

 ニコニコしている高里くんの様子を伺いつつ、カツカレーを口に運ぶ。

 カツは見た目どおり肉か薄い。そのわりに噛みきりにくくて、一切れ飲み込むのに苦労する。

 やっぱりカツカレーにしてよかった。これならいい時間稼ぎが出来そうだから。


 カツカレーも残すところ3分の1に差し掛かると、あれだけいた学生たちの姿もまばらになっていた。

 高里くんは午後イチで授業はないのかな?

 彼は食べるのが遅いわたしに苛立つ様子もなく、スマホをいじっている。どうやらゲームをやっているらしい。


 高里くんの、こういうところもよかったんだよね。


 彼に抱いていた恋心は、もう遥か遠い思い出になってしまったようだ。あーそうだったなあ、くらいの思いしか沸かず、胸が締め付けられる……みたいな切なさとか、苦しさとかない。

 唯一苦しいのはカツカレーでいっぱいになりつつある胃袋くらいだ。

 結構量が多いな、これ。日頃贅沢になれていないせいか、胃が疲弊しているのかもしれない。

 もう食べるのを中断したいけれど、奴がまだ現れない。

 はーやーくーっ! きてっ!

 わたしの胃袋がはち切れる前に!


 不意に高里くんが顔を上げた。一瞬、これまでに見たことがないくらい険しい表情になる。


「……今から昼飯?」


 彼の目線は、わたしを通り越している。はっ、となって振り返る……その前に、両肩に重たいものが降りてきた。動きを阻害されたわたしは、高里くんを真正面に据えたまま、背後にいる上條の声を聞く。


「うん、これから昼飯」

「だったら買ってくれば?」

「その前に高里に話があって」

「話?」


 にこやかに対応している高里くんが怖い。多分上條も笑顔なんだろうな。そしてわたしは、両者が揃ったところで退散したいのだけど? これじゃあ身動きが取れないんだけど?!


「清水さんのこと、こいつに聞いたんだ」

 清水さんの話題から入るんだ?

「こいつも高里も誤解しているからさ。俺が清水さんと付き合っていたって。違うから、彼女から告白は確かにされたけど、ちゃんと断ったから」


 こいつの「付き合っていない」は眉唾ものだ。わたしが思うに清水さんの付き合っていると、上條の付き合っているの線引きが違うのだろうな。多分。


「へえ。なんで断ったの? 清水さん綺麗なのに」


 高里くんの声が少しだけ低くなる。

 だよねー、好きな人が他の男のこてが好きだなんて聞かされたら、内心穏やかじゃないよ。上條はモテるのが通常だから、なんとも思わないのかもしれないけれど。


 すると、上條は小さく笑った。


「だって、俺が好きなのはさ」


 きた! リアルBLの世界が今、目の前で繰り広げられる!

 思わず息を飲んで、上條の言葉を待つ。


「……お前だから」


 上條が、わたしの上にのし掛かってくる。お陰でわたしは危うく残したカレー皿の上に顔を突っ込みそうになる。

 横目で見えるのは、テーブルに付いた上條の手。身を乗り出して、正面に座る高里くんに顔を近づけて……ご想像にお任せします。わたしから言えることは、決定的瞬間を拝めなかったってことだけ。


 のしかかっていた上條が、ようやく上体を起こした。やれやれと顔を上げたわたしの目の前には放心状態の高里くんが。

 やっぱり男同士のあれが衝撃だったのかな……。


「なーんて、期待するなよ。本気(マジ)に取るな、バーカ」


 上條は吐き捨てるように言うと、なんと高里くんにデコピンを食らわせた。軽くだったけど、高里くんの身体は、ぐらりと傾く。


「モテないからって、僻むな童貞」


 捨て台詞を残して、上條は去って行った。わたしと高里くんを残して。


 え、置いてきぼり? ひどくない? あとさ、こういう時、どうすればいいわけ? まだ致していないのは、別に悪いことじゃないと思うよ、なんて余計なお世話だし、さらに色恋に無縁のわたしに言われたくないだろうし!


「あの……清水さんのこと、頑張ってみるとか……?」

「あ?」


 うわあ! 物凄い目で睨まれた!

 すいません! 余計なお世話で!


「わ、たしは……やっぱり上條に復讐は無理だから。というより、復讐する理由もないし」


 そろりと腰を上げた途端、背後からぐいっと腕を引かれる。

 振り返ると、わたしの腕を掴んでいるのは上條だ。


「ごめん、忘れてた」


 おい、相変わらずわたしに対する扱い酷いな。

 上條にずるずる引っ張られながら、学食を退場する羽目になる。茫然とわたしたちを眺めている高里くんに小さく手を振ってみる。もちろん、振り返してくれるわけがない。

 まだ食器片付けてなかったのにな。あと、まだ少しカツカレー残ってたのに。

 未練を残したわたしを、上條はそのままずるずる引きずっていくと、校舎に挟まれた並木道にたどり着いた。

 木々の葉が黄金色に色づいているのは銀杏の樹。今は授業中なので、ほとんど人の気配がない。所々に黄色い熟した実が落ちていて……臭い。銀杏って美味しいのに、どうしてこんなに臭いのでしょう?


「上條?」


 突然立ち止まった彼の顔を覗き込むと、見たことがないほど頬が紅潮していて、その表情は後悔の嵐吹き荒れる酷く落ち込んだものだった。


「せっかく告白したのに、最後に逃げちゃったよ……」

「ああ……」


 そうだね。せっかく勇気を出して恋の告白をしたというのに翻してしまうなんて。しかも、結構酷い台詞を投げつけたよね?

 なんて、さらにへこませることもないので、項垂れた小さな頭をよしよしと撫でてみる。

 すると、上條はわたしの肩に頭を乗せてぐりぐりしてくる。

 地味に痛いからやめて欲しい。


「でも頑張ったね」


 心の中で「一応」と付け加えるが、実際に口に出したりはしない。ぐりぐりをやめて欲しいので、こっちも小洒落た髪をわしわしと撫でくりまわしてやると、やっと止めてくれた。

 その代わりに、今度はわたしの背中に両腕をまわす。すがるように抱きついてきた相手を振りほどくなんてできない。わたしも上條の背中に手を添えると、宥めるようにポンと叩く。


「あーあ……キスしておけばよかった……」

「しなかったんだ」

「寸止め」

「高里くん、固まってたよ」

「だな」


 その時の彼の様子を思い出したのか、くすくすと笑い出す。

 高里くんは、この後どうするだろう? 復讐に回すエネルギーを、清水さんを振り向かせる情熱に注いでくれることを祈る。

 まあ、神のみぞ知るってやつかな。あ、この場合だと高里くんのみぞ知るかな?


「……そんなわけで、まだしばらくお願いします」


 ぼそり、と上條が耳元で囁く。

 こ、こそばよいよ!

 間近にある上條の顔を、非難の意味を込めて睨む。しかし、すぐに目を逸らす羽目になる。

 だって。至近距離に淡い笑みを口元にたたえたイケメンは、なかなか心臓に悪いのです。


「何を、お願いします?」

 色々お願いされているから、何のことだかわからない。

「俺の、彼女」

 ああ、彼女役を続行ってこと?


「うん、いいよ」


 返事をした次の瞬間、上條の唇が重なる。

 え、どこにって? わ、わたしのにだよ! なんで?


「ちょっと……」

「同意が得られたからしました」

「いつ同意した?」

「今、いいよって」

「それは彼女役続行の返事だってば」

「まあまあ」


 腕をほどくと、機嫌良さそうに歩き出す。

 切り替え早いな……さっきまで落ち込んでいたのに。なんだか誤魔化されてしまったけれど、今は追求する気力もない。仕方がなく上條に続いて歩き出す。


 この中途半端な関係はいつまで続くのだろう。

 今はわからないけど、この生温い関係を心地好く感じてる時点で、如何なものかと思うところもある。


「遅い」


 振り返った上條が手を伸ばす。

 こういうこと、平気でやる辺りが罪作りな奴だ。応じる様に手を伸ばすと、大きな手がわたしの手を握り締める。


「帰るぞ」

「授業は?」

「今日はもう無理」


 やれやれと首を竦めながら、肩を並べて歩き出す。

 困ったことに、嫌じゃない。

 完全に都合の良い女になりかねないと思いつつ、奴の手をしばらくは離せそうにない。

 


最後までご拝読ありがとうございました。

当初の予定では、上條が身を引いて「二人で幸せになれよ!」という話だったのに、書いているうちに変わってしまいました。


近々、新しい話を開始予定です。

またよろしければお立ち寄りください。

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