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ずいぶん間が空いてしまいましたが、次話でラストです。
「一緒に帰ろう」
わたしの腕を掴むセクハラ講師の手を、ぺっといとも簡単に払いのけると、今度は上條が両腕を掴む。しかも真正面からだ。懸命に腕を捻って逃れようと頑張ってもびくともしない。
「斎藤」
「嫌です」
「もう嫌がることしないから」
「お断りします!」
一條とすったもんだしていると、第三者の声が入ってきた。
「え、この人彼氏? あれ~あーそうなの」
どうやらこのセクハラ講師。上條を彼氏だと思ったらしい。へらりと笑うと「仲直りしなさいね~」と、呆気なく退散してくれた。
いや! 違いますから! 彼氏じゃないですから! ケンカじゃなくて、この人に襲われそうになって逃げてきたところっすから!
色々言いたいところだけど、頭がパンク状態だ。魚みたいに口をパクパクさせているうちに、上條と二人になった。
逃げねば! 今は無理だから!
「ゴメン」
振り絞るような声。なんだその捨てられた子犬みたいな顔は。普段は俺様みたいな顔をしているくせに、そんな顔を見せないでほしい。
なんだよイケメンってやつは! さっきまで顔も見たくなければ、声ですら聴きたくもなかったのに。
「……もう二度としない?」
「同意がなければ」
なんだそれは。
「二度と、しないよね?」
念を押すと、仕方がないなと言わんばかりに溜め息を吐いた。
「しない」
その言葉に嘘はないな? と、確めるように、上條をじいっと見つめる。上條も目を逸らさず、わたしの視線を受け止める。
「……仕方がない。許してやろう」
安易に許してしまえるあたり、我ながら馬鹿だと思う。わたしも、後腐れがなくて便利な女の仲間入りなのかもしれない。
* * *
結局、漫画喫茶で一晩過ごすことにした。
だって、せっかくナイトパックの料金を払ってしまったのだから勿体ない。
「じゃあ、俺も」
なので、今二人で肩を並べて漫画を読んでいます。
「帰ったら部屋片付けないとね」
「……ああ」
平日のせいもあって、店内の客は少ない。ほぼいないと言ってもいいくらい。でも、なんとなく声を潜めてしまうのは、周りがあまりにも静かだからかもしれない。
「で、どうするの?」
「あー」
困ったように、頭をバリバリと掻き毟る。
「清水とは付き合っていないし、やってもいない」
「でも」
あの人、ゲイだと確信していましたよ?
「まさか振られるとは思いもしていなかったんだろうな。こんないい女に興味がないなんて、きっとホモに違いないって思ったんだろ」
「……すごいね」
彼女のその自信もだけど、本能的な勘も。
「じゃあ、高里くんに本当のことを言えば」
「いや、無理だろ」
確かに。彼女の話を鵜呑みにして、復讐まで企てるくらいだからな。
「俺が好きなのはお前だ! って、告白しちゃう?」
これを期にカミングアウトしてしまうとか? まあ、半分冗談のつもりで言ったんだけど、上條は意外にも真面目な面持ちで考え込んでいる。
「じょ、冗談だよ?」
そんな真面目に受け止めないでください!
上條はふと目を上げると「ふっ」と、企むように笑った。
「それ、あり」
「マジですか?!」
決行は明日に決まった。
本当にホントに、本気ですか?!




