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このままでは、わたしの貞操が奪われてしまう。
でも、上條はゲイなのに何故?
とにかく何とかしないと本当に不味い!
自由の利く足で、ローテーブルの場所を確認する。
その足で、ローテーブルを思い切り蹴り飛ばした。
さすがに上條も驚いたようで、ようやく動きを止めた。
「何やってるんだよ……」
呆然と呟く。わたしもどれどれと身体を起こすと、自らがやらかした惨状に驚く。
そうでした。ローテーブルの天板はガラスでした。
すっとんだローテーブルはテレビ台の角にぶち当たり、ひびが入っていた。液晶テレビの周辺は砕けたカレー皿とガラスのコップが散乱している。
せめてもの救いは……カレーを食べ終えていたことくらいかな。
「上條が悪い。止めてって言ってるのに止めないから」
「本気で止めて欲しかったわけ?」
「当然」
いつの間にかはだけた服を直す。ブラがずれているけど……後回しだ。
「上條と、こういうことしたくない」
……ずるい。なんで傷付いた顔なんかするかな。
酷いことをされたとはずなのに。自分が酷いことをした気分になるじゃない。
上條から視線を外すと、膝の上で握り締めた拳を見つめる。
まだ身体に疼くような甘い痺れが残っている。その感覚を消してしまいたくて、手のひらに爪を食い込ませる。
「それに、女は対象外じゃなかったの?」
「ああ……それな」
力なく笑う。
「どっちでもいけるんだ」
「へ?」
「俺、どっちも大丈夫」
「それって……バイってこと?」
「いや、どっちかっというと、やっぱゲイ寄り。恋愛は断然男だけど、相手がいない時はさ、便利なんだよ」
「便利?」
すると、少々気まずそうにしながらも、奴は正直に、実に馬鹿正直に言った。
「女はすぐにヤラしてくれるしさ、こっちも気軽」
気軽。頭を金槌で殴られたような衝撃。
そうか。上條にとって女ってのは、後腐れのない気軽な存在でしかないんだ。
つまりは、わたしもそういうことで。
今まさにヤラれそうになっていたわたしも、こいつにとっては十把一絡げの女で、本当に便利で気軽なだけの存在だったというわけか。
怒りなのか、やるせなさなのか。虚脱感が襲い掛かる。
「……そんなことしてるから、恨まれるんだよ」
「後腐れないよう、上手くやってる」
「どこがだよ」
ダメだ、限界。
上條への配慮とか、気遣いとか、一気にすべて吹き飛んだ。
「高里くん、あんたに復讐するって」
上條からしたら寝耳に水だろう。一瞬呆けてから「は?」と間抜けな声を上げる。
「前の彼女を便利に使ってポイ捨てしたから。高里くんはあんたの前カノが好きなんだって。彼女を傷付けたあんたを恨んでいるって。彼女も言ってた。わたしも良いようにされるだけだから、あんたから離れた方が良いって」
「前カノ? 誰?」
どうやらすぐに思い至らないようだ。
「清水さんだよ」
「清水? ああ、あいつか。しつこいな」
事も無げに言い捨てる。
酷い。
「あんたって奴は……!」
利害関係が一致しているから、わたしは違うって思っていた。恋愛対象外だろうけど、他の女の人たちとは違うんだって勝手に自惚れてた。
そんな自分が恥ずかしくて、惨めだ。
「そんなことばかりしているから……大切に思っている人に、大切にされないんだよ」
一途に高里くんを好きでいたら、もしかして振り向いてくれたかもしてない。上條が望む関係になれなかったとしても、親友になれたかもしれない。
自業自得だ、身から出た錆びだ、思い知れ。
上條は呆然としていた。
そりゃそうだろう。好きな人が自分に復讐を企てていたなんて聞いたらショックだろう。しかも失恋確定だ。
「あんたなんか、カミングアウトでもアウティングでも、勝手にされてろ!」
涙のせいで、上條がどんな表情をしていたのかは知らない。
捨て台詞を吐き出すと、帰宅した時のまま放置されたバッグを掴み取る。
上條の呼ぶ声が聞こえた気がした。けれどわたしは、バッグひとつで外に飛び出した。
ただひとつ後悔したことは、コートを着てこなかったこと。
晩秋の夜は、もう冬の気配がしていた。寒空の中、行く宛もなく、ただがむしゃらに走った。




