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ホノカvsゴルディオン

 王城の中の訓練場の一つ、その中でも奥まった位置にある訓練場に平素では集まらない数の人が来た。

「ふっふっふ、この日を待っていたぜ」

 真ん中には腕を組んで仁王立ちをしているホノカがいた。後ろにはアルブラースがタオルなどを抱えて付き従っている。

「これでも近衛騎士団団長という役職を王から拝命しているのでな。そう簡単に負けてはやれませぬぞ」

 ホノカに答えたのはゴルディオン。近衛騎士の装備である獅子を守る盾の図柄が入った胸当てや、籠手、脛当てを着込んでいる。団長を示す紫紺のマントは背後に控えたネルドに預けている。ホノカを知っているという事からネルドはペリデュイと共に、近衛騎士候補生ながらこの場に呼ばれていたのだ。また幹部級の団員も揃っている。

「団長。やはり団長が戦う必要はないかと。このような可憐な方、団長のお相手が務まるはずがございません」

 控えていた一人がそう忠告した。

 ネルドとペリデュイの顔からはさっと血の気が引いていた。

「そうまで言うなら、おまえは俺を倒せるんだな」

 その声は耳に心地よい声だった。知っている者なら、これがホノカが怒っている時の声だと気付いただろう。

 そしてその団員は、ホノカの逆鱗に触れたことに気付いていなかった。

「ああ、お前などに負け――」

 ずどんっ。

「女だから弱いとか言う時点で、お前は終わりなんだよ」

 一瞬で間を詰めたホノカの拳が、騒いでいた団員の腹部にめり込んだ。そして吹き飛んでいって、幾人かの仲間を巻き込んで壁に思いっきりぶち当たって止まった。

 危険を感じて逃げていたネルドとペリデュイ以外の他の団員が巻き込まれた。

 巻き込まれなかった数人は、驚愕の表情でホノカを見ている。

 小柄で可憐な様子のホノカがどうやったら大の男を吹き飛ばせるのか。それも数人を巻き込んでも止められないほどに。

「ホノカさんっ! もうやめてください」

「ネルネル。悪いのはあいつだろう。俺のこと弱いとか言いやがるから。舎弟なら俺より先に動いてぶん殴るぐらいしろよ」

 無茶言わないでくださいよ、とネルドは頭を抱えた。

 ホノカは残った奴らにも襲い掛かろうとしたが、それはすっと降ろされた頭によって止められた。

「ん……? 何やってんだ」

 頭を下げたのはゴルディオンだった。堅そうな銀の髪が揺れる。

「うちの団員が失礼なことを言って申し訳ありませんでした。私が謝るだけでは足りぬでしょうが、これで手討ちにしていただけないでしょうか」

 こうしっかり謝られてしまえばホノカも言い返すわけにはいかず、握りしめていた手を緩めた。そうして頭の後ろで手を組んで、元の場所に戻った。

「すまない。この借りはこの剣で返させて頂く」

 自然体で立つホノカに対して、ゴルディオンは両手で握った剣を正眼に構えた。左足が少し下がっている。

「ペリデュイ候補生。始まりの合図を頼む」

「……は、はいっ」

 緊迫した空気に一瞬自分が呼ばれたことに気がつかなかったペリデュイは、慌てたように返事をした。そしてそのままちょうど二人の間位まで進む。

 すっとペリデュイが右腕を天に掲げた。

「それではこれよりホノカ様と近衛騎士団団長の模擬戦を行います」

 始めっ!

 その声と共に、ペリデュイの右腕がさっと降ろされた。


 その場にいる誰もが息を呑んだ。

 ホノカのことを知らない者はホノカの圧倒的な強さに、ホノカを良く知る者は三十分は打ち合っているゴルディオンの頑強さに唖然としている。

「何であれだけ受けて倒れないんだ……」

 その言葉を言ったのは誰だったか。しかし、正しくその場にいた者たちの総意だった。

 計千発近い数打撃をホノカは放ち、その多くがゴルディオンに当たっている。

 しかし、模擬戦は終わらない。

「おい、団長様。受けているだけじゃ勝てないぞ」

 そう一言言う間にホノカの拳が三発繰り出される。

 それは全てゴルディオンの鎧に当たって音を立てた。

 嫌らしい戦いしやがって。それが一見優勢に見えるホノカが吐いた悪態だった。

 騎士系ジョブ専用スキル【フォートレス】。自身の防御力を数段跳ね上げる騎士、特に壁役の騎士に重宝されるスキルだ。ただし発動中は一歩も動くことができず、一歩でも動くと解除される。使うタイミングを選ぶスキルである。

 ゴルディオンはこれを使っていた。さらに何かしらで吹っ飛び耐性を付けているらしく、攻撃によって動かすことも出来ない。

「我らは近衛騎士。勝つことではなく、王族を守るのが使命。それに攻めに行った瞬間に負けると分かっていて誰が動く」

 三十分。その間ずっと動かず待ち続けるということが如何に苦痛か、想像に難くない。さらにその間中ホノカの攻撃も止まないのだ。

 両者一瞬の隙も見逃さない構えである。

 ただ一瞬だけ二人の顔が険しくなった。

「おい、気がついたか」

「……殺気ですね」

 濃密な殺気がこちらに向けられているのを二人はキャッチしていた。並の者なら全く気がつかないだろうそれも、二人からしてみれば静寂の中に聞こえる鳥の声に等しい。

「どう思う。バニラと関係があると思うか」

 そう声をかけながら、ホノカの動きが止まることはない。ゴルディオンも全く隙を作らない。

「確証はありませんが。おそらく……」

 そこまでしゃべった時、殺気はふっと消えた。

 瞬間、最初に動いたのはホノカ。

 打撃をフェイントに体を潜り込ませての投げ。それを待っていたゴルディオンは剣の刃の方では近すぎるため、強引に柄で殴りつける。

 この瞬間の勝者はやはり先に動いたホノカ。巨体が宙を舞った。

 それからは先ほどまでの戦いが嘘の様に、両者暴れ回る展開に。お互い自分の間合いで戦えるように読み合いによる高度なバトルは、ものの一分で終わりを告げた。

 騎士職とは思えない軽快な動きと豪快な技を見せるゴルディオンであったが、その剣がホノカに触れることはなかった。

「団長、大丈夫ですか。すぐに医務室に」

 立ち上がらない団長を心配する団員達。ゴルディオンは大丈夫だと立ち上がって、アルブラースから飲み物とタオルを受け取るホノカに向き直った。

「ホノカ様、ありがとうございました。自身の弱さを痛感いたしました。より一層の精進を重ねたいと思います」

 そう言って下げた顔は、見上げきれぬ高みがあることを知った喜びにあふれる武人の顔だった。

「おう、久々に楽しい戦いだった。またやろうな」

 ホノカもそれはそれは猛々しい笑顔で返した。


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