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最後の一人とプラスワン

 今回の事件の首謀者として名前が挙がったのは三人。侯爵家令嬢シャーロット・フラムフォールン、伯爵家令嬢、ヴィオレータ・エルブランド。そして最後が、同じく伯爵家令嬢、アルディリア・ヒルリストン。

 まだ幼いという理由で前の夜会には参加できなかったアルディリア嬢に関しても探りを入れる必要があり、向こうからお茶会に誘ってきた好機を逃すわけにもいかなかった。

 故にホノカは今、盛大に嘘の笑顔を顔に張り付けてお茶会に臨まんとしていた。

「ホノカ様、顔が固うございます。もう少しにこやかに」

 いつものように付き従っているカトルナータが、ホノカの笑顔に駄目だしする。

 何で離れていかないのかな、とホノカは自分より小さな侍女を眺めていた。

 喜々として暗殺者を倒す姿をカトルナータが見たのは昨夜のことだ。怖がって自分の下には近づいて来ないだろうと、下手をすれば配置換えを願われるかもと覚悟を決めていたというのに。

「そうです、ホノカ様。今の笑顔が一番素敵です。忘れないうちにもう一回やっておきましょう。ほら」

「今、俺笑ってたか……」

「何不思議そうにしているんですか。相手はまだ幼い方なんですから、怖がらせない様にですね……」

 そうして以前と変わらぬ様に、カトルナータはホノカを説教している。

 そうか笑ってたか、とホノカは変わらないでいてくれる侍女の頭を優しくなでた。

「な、何ですか。まだ話の途中ですよ」

「嫌だったか?」

「……嫌じゃないですけど」

 しゃべっている間も止まらない頭なでなでにカトルナータはされるがままに任せた。ホノカという規格外の主人と付き合うためには、これぐらい受け流せなくてはならない。

 それに昨日の件もあって、自分に力がないことが悔やまれた。

 私にはホノカ様を敵から護ることはできないから、その分ホノカ様が慣れない王城での暮らしをサポートしなければ。

「さっさとそのアル何とかのお茶会に行くぞ」

「アルディリア・ヒルリストン様です、ホノカ様……」

 呆れるカトルナータを引きつれて、ホノカは意気揚々とお茶会の場へと向かった。


 お茶会が行われるのは後宮の南側に位置する庭の四阿。水瓶を抱えた女神をモチーフにした噴水が清涼感を与えている。

 女の争いの激しい後宮とは思えない静かな場所である。

 伯爵家の御令嬢が開くお茶会とは思えないほど、質素な印象を与える様相であった。

 しかし、ホノカが一目見て驚いたのは、そこに二人の少女が並んでしゃべっていたからである。

 後ろにメイドを従わせるのは短めの銀髪に蝶をあしらったバレッタを輝かせた少女。小さく可愛らしい容姿にひらひらの多い水色のドレスが似合っている。大きくつぶらな目からリスの様な印象だ。

 もう一人の少女は長い金髪をツインテールにしている。ころころとよく表情を変える様はなんとも微笑ましい。整った目鼻立ちは凛々しい印象も同時に与えていた。

 種類は違うもののどちらも満開になるのを待つ、蕾の様な少女たちである。

 ただし、ホノカの感想はこれに手を出したら犯罪だな。というもっともなものであったけど。

「なあ、カナタ。俺を誘ったのはどっちのちびんこだ」

 呆れた様をホノカは隠そうともしなかった。

「ホノカ様、言葉遣いを御気付かないなさいませ」

 四阿の二人に聞こえていないかとカトルナータははらはらとしている。

「あら、あなた様がホノカ様ですか」

 心配むなしく、どうやらホノカの声は聞こえてしまっていたようである。

 話を一旦止め、ホノカの方を向いて笑っている。

「ああ、これでは怒られてしまいます……」

 悲しむカトルナータに心の中で謝りながら、ホノカは顔に笑みを作り出した。

「ごきげんよう、アルディリア様。ホノカと申します。こういったお茶会は初めてですので、粗相してしまうかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 まるっきり練習してきましたという棒読みのセリフにカトルナータは眩暈を覚えていた。

 相手の方は目を見開いて二人顔を見合わせると、楽しそうに声を立てて笑って見せた。

「こちらこそ、いらしていただきありがとうございます。ホノカ様。私はヒルリストン伯爵家のアルディリアと申します。言葉遣いはいつもどおりでけっこうですよ。殿下もよろしいですわよね」

 アルディリアはそう言って、金髪の少女に声をかけた。

 殿下と呼ばれた少女は、うむ、とわざとらしく胸を張ってみせた。胸は張るほどもない上に、威厳というよりも微笑ましさが勝っていたが。

「よいぞ、わらわが許してやる。ホノカよ、いつものように話すが良い」

「ありがとよ、遠慮なくそうさせてもらうぞ」

 偉そうなやつだな、と思うものの堅苦しい言葉は嫌いだからホノカにとってこれは渡りに船だった。

 この時点でもうカトルナータは完全に諦め、どう言い訳をするべきかを考え始めていた。同時にお茶やお菓子の用意を手伝っている辺り、根っからの侍女という感じである。

 三人が席に座って、その前にお茶とお菓子が並べられる。

「それで金髪のガキは――」

 ホノカが名前を聞こうとすると、待ちきれないという様にその金髪少女が話しかけてきた。

「ホノカ、お主が元冒険者というのは本当か」

「そんな詰め寄るようにしてははしたないですよ。それで、本当なのですか、ホノカ様」

 興味津々という様子で金髪少女とアルディリアはホノカを見つめた。金髪少女はテーブルに乗りださんとするほどである。アルディリアの方もその落ち着いた話振りと裏腹に目はキラッキラッしている。どちらもせっかく出されたお茶とお菓子に目もくれない。

 これは流石のホノカも一瞬たじろいだ。

 この世界のお嬢様のイメージは、昨夜の舞踏会にいた者たちの人を見下したような感じだったため、目の前にいる二人の様子に特に驚いたようだ。

「面白いな、お前ら。ああ、確かに俺は現役冒険者だぜ」

 ここに来るまでの気乗りしていなかった様子を一変させて、ホノカはにこやかな様子である。

 そしてそんなホノカの言葉を聞いて、おー、と少女二人は感嘆の声を上げた。

「ホノカはお兄様の后候補であるのに、今でも冒険者であるのか」

 不思議そうに尋ねられると、

「ああ、俺がまだ戦えるうちは、いや生きている内は冒険者だ」

 と、ホノカはかっこつけてみせる。

 それに一々少女二人は尊敬するような目をしてみせた。

「それでは、やはり魔物を倒したこととかおありですの」

「ああ、それこそ何十万、何百万とやってきたさ」

「おお、なんと。それほどであるか。もっと話をせよ、ホノカ。冒険の話だ」

「ああ、それはいいですわ、殿下。私も聞きたいです」

 またしてもキラキラさせた瞳でホノカに懇願する二人。

 気を良くしたホノカは、

「おお、いいぞ。そうだな……仲間たちとダンジョンにもぐった話をしてやるか」

「ダンジョンっ!」

「それって、モンスターとかわらわら出てくるあのダンジョンですか」

 早速食いつきのいい二人に、気分を上げながらホノカは話し出した。

「あれは『刀神の鍛冶工房』っていうAランクのダンジョンのことだった……」

 そして滔々とホノカは話し始めた。

 何か平和ですね……。

 楽しそうにしているお嬢様方を見てカトルナータは、冷めてしまうお茶の代わりを出すタイミングを考えていた。


「……そこに俺の真剣白刃取りが決まったんだ。武器を奪っちまえばこっちのもの。後は神の加護がかかったとはいえ、デカいだけのただの侍だったさ」

 そして常識外れの剛力を発揮するとは思えないほど細く引き締まった腕を突きだしてみせる。

「俺の拳が敵の胸にめり込んで、そこにおっさんの爪とシュピトの放った矢が同時にクリーンヒット。ボスは光となって消えていった」

 そうしてホノカによる冒険譚は幕を閉じた。

「すごかった、すごかったぞ、ホノカ。いや、そう、お姉様。お姉様と呼ばせてくれ」

 金髪少女がそう言うと、アルディリアも良い考えだと賛成した。

「おい、俺はそんな風に呼ばれる柄じゃないぞ」

 気分良くしゃべり終えたからか少し落ち着いたらしく、ホノカは少女らの提案に恥ずかしそうにしてみせる。

「いいえ、このような素晴らしい話を聞かせていただけて私感激しました。ホノカお姉様は私の憧れですわ」

「そうであるぞ。それにお兄様と婚姻すれば否が応でもそう呼ばねばならないからな、今の内から慣れるといいぞ」

 どうやらもう決まってしまった事らしく、ホノカは苦々しく笑って見せる。

 話をしていて渇いてしまった喉を潤すために、ちょうど良い温度にして出されたお茶を飲む。

 んっ?

 そこでホノカは一つ疑問を感じた。

「おい、一つ質問良いか」

「何でしょう、ホノカお姉様」

「何で俺とお前のお兄様とやらが結婚するんだ? 俺は王子の后候補だぞ」

 その一言に一瞬気まずい沈黙が流れた。

 主にその雰囲気を出しているのは、後ろに控えているメイドたちである。

 ホノカ様~。

 カトルナータは心の中で大粒の涙を流していた。

「まだご紹介しておりませんでしたわね。この方はクローディア・デル・ソルデンサス様。この国の第二王女殿下にあらせられます」

 アルディリアが恭しく金髪少女ことクローディア・デル・ソルデンサス王女を紹介した。紹介された本人は偉そうに(と自分は思っている)胸を張ってみせている。

「そうだ。我はこの国の正当なる王家に連なるものであるぞ。アルディリア、アディとは友人でな、今日はお姉様を呼んでお茶会というからやってきたのだ」

 もうお茶会も終わりという中でやっと三人の自己紹介が終わった。それも最初に紹介されなければいけないであろう人をラストにして。

「そうだったのか。お前がユラウスの妹ね……」

 言われてみればその美しい金髪も、顔を形作るパーツのそれぞれもよく似ている。ただいつも無表情のユラウスと、表情をコロコロ変えるクローディアでは印象が全く違って気がつかなかったのだ。

「なるほどな。それで俺のことをお姉様ね……。アリア、お前がお姉様にならなくてもいいのか。お前も后候補として来たんだろう」

「アリアというのは私の事ですか……?」

 ホノカの変わった名前の呼び方にアルディリアは戸惑いの表情を浮かべた。しかし、

「嫌だったか?」

 というホノカの問いには、しっかりと首を横に振った。

「このようなあだ名は初めてで……。嬉しいです」

 そう恥ずかしそうに赤くなった顔を下に向けた。

「我は、我も呼んでくれ」

「お前はクロな」

「……何だか犬みたいじゃ」

 どうやらクローディアはホノカの呼ばれ方に不満を持ったようだった。

 だからといってホノカが考え直すことなどないのだが。

「それで私の后候補に関してのことなのですが……」

 それは少し意外な話だった。


 三人はそれぞれ名残惜しくも別れを告げると、自分に与えられた部屋へと戻っていった。

 ホノカもカトルナータと共に美しく整えられた庭の小路を抜けて、白薔薇の間を目指している。

「今回は有意義な時間でしたね。アルディリア様の後宮に来られた理由も分かりましたし」

「あれが嘘じゃなければだけどな」

 アルディリアが語った内容はこうだ。

 現在のヒルリストン伯爵家の当主は、アルディリアの祖父であるグラース・ヒルリストンである。領地では善政を敷いており、また先代の王と仲が良かったということでも知られている人物だ。

 そんなグラースは初の女孫であるアルディリアをことのほか可愛がっていた。そのためもしなにかあったらいけないと、彼女を館から一歩も出させなかったのである。ここに箱入り娘が出来上がったのである。

 このままでは一生外に出られないと嘆いていたアルディリアは、たまに遊びに来ていたクローディアに相談。

 王子の后候補として王城に出るとすれば、流石のヒルリストン伯爵でも止められないだろうと考え、実行したのである。

 上手くいってよかったです。こうやってお茶会が出来るなんて思ってもいませんでした。

 そう言って笑ったアルディリアをホノカは忘れられない。

 口では嘘かもしれないと言いながら、これっぽっちもそんなこと思っていなかった。

「まあ、一様王子たちには伝えとくよ。それで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど、カナタいいか」

「? はい、何でしょう」

 急な言葉に驚くものの、応えられる範囲でならとうなずいた。

 ホノカは先ほどまでとうって変わって真剣な表情である。

 何かを思い出しているようでもあった。

「アリアについてたメイド。あいつの名前は」

 意図の分からない質問に首をひねったものの、カトルナータは正直に答えた。

「ああ、あの方はメリッサ・ランバドール様です。確か男爵の御令嬢だったはずです。ヒルリストン伯爵家とつながりがあるようでして、その縁からアルディリア様のお付きになったと聞いておりますが」

 彼女に何か気になる点でもおありですか。

「そのメデューサ何とかだけど」

「メリッサ・ランバドールです」

「そのメイドだけどよ、ありゃ強いな。しかも上手くそれを隠している」

 俺じゃなきゃ気付けなかっただろうな。ホノカはそう付け加えた。

「護衛ではないのですか」

 カトルナータのその問いに、

「それならいいんだけどね」

 ホノカは曖昧にそう答えるだけだった。


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