いじわるされる
三曲も踊ったところで、二人はダンスを一度やめた。戻るときに幾人もの男女がダンスをと誘ってきたが、疲れているホノカを躍らせることも一人にすることも出来ないと言って、ユラウスは強引に断っていた。見た目だけならホノカも体力のなさそうな少女である。誰も強くは言えなかった。中には近衛騎士候補生との戦闘について情報を得ている者たちもいたのではあろうが、ここでわざわざその札をきる必要はないと判断したようだった。
「やっと休憩が取れそうだ」
すぐ近くを通りがかったボーイから飲み物を二つとり、片方をホノカに渡すとユラウスはそう言った。
ホノカはそれを受け取って、乾いていたのどを潤す。のど元を過ぎていく冷たいジュースが気持ち良かった。オレンジの様な少し酸味が残るジュースだった。
「本当に生き返ったようですわ。それにこのジュースも美味しい」
ここは周りの貴族の目と耳があるためいつものように話すわけにはいかない。どうにか無害そうで弱そうな少女に見えるようホノカは演技していた。ホノカを知っている者からすれば、鳥肌が立つこと間違いなしだ。
この弱そうな姿や様子を見て、敵が油断してボロを出してくれないかと考えているのである。
(そんな簡単につられては来ないだろうけど、というか、つられてくれるのならこれほど楽なことはない)
そんなことを頭の片隅で考えながら、ホノカは要注意と言われた三人の顔を思い出していた。と言っても参加しているのはまだ幼いヒルリストン伯爵家令嬢、アルディリアを除く二人だけだが。アルディリア嬢はまだ社交界デビューもしていないのだ。
そこにのこのこと現れたのはやはり後宮に住みつく女たちの一人。流行に沿ったふくらみのあるスカートは美しいピンク色。金髪に蝶をかたどった髪飾りが映えている。流石に後宮に呼ばれるだけあって、美しい少女であった。その分ホノカと比べるのは可哀想であった。
確か……ホノカはどうにか名前を思い出そうとしていた。
「白薔薇様、私ユラウス様の後宮の末席を頂戴しております、ルルリカ・オートリッシュと申します。お見知りおきを」
白薔薇様とは、白薔薇の間に暮らす者の事であり、今に関して言えばホノカである。
ただわざわざ後宮の前にユラウス様の、と付けたのは何かの皮肉だろうか。選ばれているのはホノカだけではないという意味と、後宮からは離れている白薔薇の間に対する揶揄か。
しかしまったくホノカはそのことに気づいていなかった。名前を自分から告げてくれたので助かったと、心の中で安堵するだけだった。
「ありがとうございます、ルルさん。私も本当は皆さんと一緒に居たいのだけど、殿下が特別扱いして離してくれませんの。うらやましいですわ」
何気なくホノカが言ったその一言が、ルルリカには自分のことをユラウスにとって取るに足らない存在と皮肉られたように感じられた。
しかも言い返す言葉すら見つからない。ユラウスが後宮に来ていないことは確かなのだ。
立ち去る際の礼儀もそこそこに、そそくさと逃げることしかできなかった。
「何だったんだ」
此処だけはいつもの口調に小さい声で、何もしないで戻っていったルルリカの背中を見つめながら、ホノカは呟いた。




