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94 1994/??/?? ??? ????:かぁずぅき

「兄様」


(ん……何だよ、晴海……そんな畏まって……)


「兄様」


(いつも通り『アニキ』と呼べよ……気持ち悪い……)


「……兄様」


(あ、違った……今は二葉か……どっちみち気持ち悪いぞ……)


「……あにさま」


(あれ? おかしいな? 手が動かない、目も開けられない……な、なんだこれ!)


「あ・に・さ・まっ!」


「うああああああああ!」


 何者かに耳たぶを摘ままれた感触。

 びっくりして叫ぶと同時に、瞼が開いた。

 そこにいたのはアイ。

 ふわふわと宙に浮いている。


 ……って、アイ?


「今は真夜中、静かにせえ」


「お前こそな! って、真夜中?」


 そういえば暗い。

 部屋の電気は消えており、外から薄明かりが射し込むだけだ。

 今、何時だろう? 時計は──。


「痛てえ!」


 うつぶせになろうとした瞬間、体中に激痛が走った。


「無理するな。寝てろ」


「起こしたのはアイじゃないか。というか、どうして俺の部屋に?」


「何を寝ぼけておる。ここは出雲病院だ」


「出雲病院~!?」


「だから大声を出すなと」


 言われてみればベッドの寝心地が全く違う。

 でも、どうして病院に?


 ──いや。


「ああ、そうか……」


「思い出したようじゃの。みんなのやりとりから大体の事情は把握した」


 俺は一郎を助けようとして、吹っ飛んで、気を失って。

 あの後病院に運ばれたのか。


「今、何時だ?」


「午前二時。あと、ここは個室。普通に喋るくらいなら大丈夫じゃ」


「そうか」


 個室か。

 確かに横に人の気配を感じない。

 いや、壁の圧迫すら感じない。

 薄暗がりの中に広がる視界は、ただただ天井が映るのみ。


 ……って、随分と広い病室だな。

 豪華な病院だし、きっとこれがデフォルトなんだろうけど。


「まったく無茶するのう。兄様の体なんだから、もっと大切に扱え」


 顔も声も呆れ全開。

 しかも呆れられて仕方ないと思う。

 だけど……


「仕方ないだろ、今にも轢かれようとしてたんだから」


 こっちだって仕方ない。

 吐き捨てるように言い返す。

 するとアイは苦々しげに、それでいてどこか気恥ずかしそうに口を歪めた。


「……仕方ない、よの。体は勝手に動くものじゃから」


 そして、この台詞。

 あのトラウマになりそうな姿と合わせれば、アイの死因はゲームと同じで間違いない。

 でも一応、確認しよう。


「アイが死んだのって、やっぱり──」


「悪いがやめてくれ」


 問いかけたところで遮られた。

 アイはニヤリとしながら続ける。


「ゲームで知っとるんじゃろ? 好んで口にしたくない」


 美談として受け取られかねないからなのか、それとも哀しい想い出だからなのか。

 アイの死因はそういう話だ。


 戦時下に空襲を受け、アイは姉と火の海となった街中を逃げ惑っていた。

 姉が疲れて立ち止まったところ、崩壊した家屋が襲いかかる。

 しかし姉は全く気づいていない。

 先に気づいたアイは咄嗟に突き飛ばし、炎に巻かれてしまった。

 姉の代わりとして。


 ゲームのアイは舌を出しながら「ついやっちゃった、てへっ☆」と説明していた。

 しかし「てへぺろ☆」で片付けられる話じゃない。

 アイの末期の言葉は「逃げて!」。

 例えでなく業火に焼かれながら、それでもアイは姉の身を案じた。

 それだけ純粋であり、優しくもあり。

 そして姉を大好きだったのだ。


 こうして思い返してみると……確かに、好きこのんで口にしたい話じゃない。

 いや、好きこのんで聞きたい話でもない。

 二次元なら、二葉言うところの「お涙ちょうだい話」。

 しかし現実として聞くには余りに重すぎる。


 アイもそれはわかっているはず。

 憎々しげに振る舞ってみせているのは、きっと場を軽くするための配慮だ。

 それを承知した上で念を押す。


「わかった。ただ俺の知識と辻褄合わない部分があるから確認させてくれないか?」


「辻褄?」


「そんな大した話じゃない。時間はとらせるかもしれないが」


「じゃあちょうどいい、マッサージしながら話そうか」


「マッサージ? 朝みたいに魂の?」


 今は悪寒もしないし、アイ以外の霊も見えないが。


「肉体のじゃ。幸い骨折こそしていなかったが、全身打撲に捻挫。医師の見立てじゃ検査込で二週間の入院コースじゃ」


「に──週間!?」


 叫びかけるも、なんとか抑え込んだ。

 しかし心の中は大絶叫。

 だって、それは困る!

 クリスマスまでの猶予を半分も失ってしまうじゃないか!


 しかしアイは、ふっと笑った。

 俺の心を見透かしたように、その上で落ち着けとばかりに。


「だからマッサージしてやろうというんじゃ。ワシの腕をもってすれば土曜日には退院させてやれる」


 なんて助かる。

 そんなマッサージあるわけないとも思うが、アイの存在自体が人智を越えてるんだし。


「わかった。頭を下げてお願いする」


「上げてるじゃないか」


「仰向けだからな!」


「冗談じゃ」


 宙に浮いたアイはけらけら笑いながら、眼前からベッド横へ移動する。

 立ち姿をとるとともに、おぼろげだったアイの輪郭がくっきり浮かんできた。

 どうやら実体化したらしい。


「では兄様、始めようか」


「ふああああああああああああ!」


「だから黙れというに。足を撫でただけじゃろうが」


「気持ちいいものは仕方な──あああああああああああ!」


「話にならんな」


 アイが手を止めた。


「そう言われても、気持ちいいものは仕方ないだろう」


「やれやれ」


 アイが枕元に回り──ぼふっ!


「んむむむ!」


 口に枕を被せてきやがった。


「それでも噛んでおけ」


「ほーらっへはへふんはほ(どうやって喋るんだよ)」


「この距離なら、声に出さんでも念じれば通じる」


「は?」


 まさか、テレパシー?


「そういうわけじゃない。現に今、ワシにお前の心の声は聞こえない」


「ひほへへふははひは!(聞こえてるじゃないか!)」


「そこは誰だって『テレパシー?』って思うじゃろう。魂同士なら声を出さずとも話せるのは当たり前じゃ」


「ははひはへっへひはへへほ(当たり前って言われても)」


「昨朝ワシが『熱いよ……』って脅かしたときも、お前にしか聞こえてなかったろ? そして、その逆もできるという話じゃ」


「はふほほ(なるほど)」


「お前の好物はなんじゃ? ワシに向けて思い浮かべてみ? 丹田から脳天を突き破るイメージでの」


 どんなイメージだよ。

 俺にもう一回死ねってかい。


(牛丼)


(「ぜいたくは敵」と育てられたワシに喧嘩売ってるのか?)


(そんなの知るか! ……って、あれ?)


(その調子じゃ。あと、お前が伝えようと思わなければ、ワシにお前の心は読めん。その点は安心せい)


(わかった)


 ついでに牛丼で贅沢という感覚なのもわかった。

 俺にしてみればジャンクフードだが、アイが育ったのは戦時中。

 確かに牛肉なんて滅多に食べられなかっただろう。


 ……不憫すぎる。


(牛肉どころか、お菓子すらほとんど食えんかったわ)


(心読めてるじゃねえか!)


(そんな哀れんだ目をされればイヤでもわかる)


(あっ、す──)


 まん、と言いかけたところで遮られた。


(言ってみただけじゃ。時代が違うんじゃし、気にするでない)


 アイがニカっと笑う。

 見かけ幼女に、こんなフォロー入れられる自分の方が不憫に思えてきた。


 ただ、失態を演じてしまったのは確か。

 ここはアイの気遣いを素直に受け取って話を流そう。

 次だ、次。


(ついでに聞くけどさ、これって二葉とかでもできるわけ?)


(無理。お前ができるのは、この世界じゃ幽霊みたいなものじゃから)


 ひどい言われようだ。

 もっとも他の人にもできるなら「上級生」で金之助がそうしていたはず。

 あくまで見当がついていた事項の確認にすぎない。


(言葉の届く範囲は?)


(声と変わらん。つまり「声を出さなくても会話ができる」ってだけじゃ)


 何か特別なことに役立つってわけではなさそうだな。


(さ、今度こそ始めるぞ)


「ふ、ふぐっ──!」


 アイが足を撫でてくる。

 その撫で心地たるや。

 まるで俺の足にアイの手が溶け込んでくるよう。


(さて、まずはお前をどう呼んだものか。兄様と区別つけんといかんからのう)


(どっちも「兄様」じゃ混乱するからな。二葉は本物の一樹のことを「一樹」にしてるぞ)


(お前を「兄様」などと呼びたくないんじゃが……仕方ない、我慢してやろう)


(そらどうも)


 ひどい憎まれ口。

 しかし仕方ないと言ってる割に、なぜかアイの声は浮かれている。

 いったいどうして?


 しかしその答えはすぐにわかった。


(そして兄様が「一樹」か……うっ、うっくっく、「かぁずぅき」)


 一樹を名前で呼べるのが嬉しいのか。

 押し殺そうとしてる笑いはすっかり漏れ出し、まるで年老いた魔女のよう。

 いや言い直そう、恋する乙女のようだ。


 どうして一樹にここまで懐いているのか。

 そこから聞きたいところだが、一方的に時間の許す限りのろけられる可能性が高い。

 もっと優先して聞くべき事項があるので後回しにしよう。

 まずは現況把握からだ。


(一郎──俺の助けた子供がどうなったかわかるか?)


(大部屋に入院しとる。怪我はなかったみたいだが、一応検査をした方がいいだろうという話での)


(なるほど)


 って、あれ?


(大部屋? どうして俺は一緒じゃないんだ?)


 大部屋があるなら、俺だって同じだろう。

 もちろん大部屋が空いてなかったことも考えられる。

 でも全治二週間と言ったって、所詮は捻挫と打撲。

 下手すれば「家で寝てろ」と言われかねない程度のはず。

 こんな部屋に通常料金で入院させてくれるほど、病院だって慈善事業しちゃいまい。


(ワシに聞かれても……ただ、最初は子供と同じ大部屋に担ぎ込まれとった)


(はあ?)


(それが、この重要人物用の部屋に移されての)


(はあ?)


 つまりVIPルーム?


(小娘は「こんなときだけ……」とぼやいとった)


(訳わからんな)


 どうやら病室が他に空いてないというわけじゃなさそう。

 あと県警本部長の息子って、そこまでの重要人物なのか?

 父親本人なら、まだともかくだが。


 これ以上考えても仕方ないか。


(二葉は?)


(病院に来たのは夕方六時頃だったかの。最初はかなり取り乱しとったよ。「アニキのバカバカバカ!」って)


(そうだろうな)


 あいつでも同じ事しそうだが。


(ただ、医師から容体を報された後は落ち着いた様子での。逆に子供や姉を励ましとった)


(そうか)


(憎々しいが、さすがは一樹の実妹ってところじゃの)


(その後は?)


(入院手続したり、家族に連絡したり。兄妹は両親と離れて暮らしとるんじゃろ?)


(ああ)


(大部屋から個室に移されたのは、その連絡の後じゃ)


 ということは、両親がVIPルームを指定したのか?

 両親は一樹を嫌っているはずなのに……。


 ただ、さすがに事故。

 例え嫌っていたとしても、普通の親なら息子を心配するだろう。

 だから二葉がぼやいてみせた。

 「こんなときだけ……」に続く台詞は、きっと「普段からアニキを気にかけてあげて」。

 こんなところかな?


 アイが続ける。


(その後は面会時間が終わるまで傍についとったよ。やたら数式の書かれたプリントと睨めっこしながらじゃけどの)


 妙に抑揚の無い口調。

 恐らくアイの目には「プリントと睨めっこ」というのが人情味なく映ったのだろう。

 ただそこは仕方ない。

 アイはプリントが出席代わりになるという事情を知らないから。


(それって俺のためだから)


 アイに説明しても仕方ないので簡単に伝える。

 実際にそうだし。

 二葉が割り切りのできるヤツだからこそ、ここまで頼れるんだし。


 むしろ二葉にプリント解けたのか。

 そっちの方が心配になる。

 数学が不得手というのもあるけど……例えどんなに落ち着いて見えようと、内心では気が気じゃなかったはず。

 そこはもう、聞かなくたってわかるから。


(そうか)


 俺の意を汲んでくれたのか。

 アイも簡単に、そして普通に返してきた。

 この辺り、やっぱりヒロインの一人と思わされる。


 現状の把握についてはこんなところかな。

 次の話題に移ろう。


(じゃあアイ、今度はゲームとのズレについて確認させてくれ)


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