92 1994/11/30 wed 図書館:うんうん、アニキすごーい!
龍舞さんのノートをプリントアウトしながら、打ち合わせを継続。
「アニキ、これからどうしようか?」
ゴミ回収車は、二葉の読み通り、ジグザグに南端から北上していくルートで間違いないだろう。
だとすれば、俺達は二手に分かれて、一七時に北東と北西の角にそれぞれ立っていればいいことになる。
それが一見効率的に思えるが……。
「早めに出て現地に向かおう」
「いいけど、どうして?」
「下見するのは監視の基本だからさ。この辺りは初見になるし」
いきなり行ったとしても支障はないと思う。
ただ前もって見ておけば精神的なゆとりが生まれる。
その結果、見落としも少なくなる。
まさに「基本」だ。
「了解。他に急ぎでやることがあるわけじゃないしね」
「そういうこと……よし、印刷終わった。あとは休憩時間になるのを待って、龍舞さんに渡したら出発かな」
でも教室には戻りたくない。
さっきの騒ぎの後でヤツらと顔を合わすのもなあ。
そう思ったところで、二葉が名案を出した。
「芽生に言付ければいいじゃん。あの二人つながってるなら、それで問題ないでしょ」
「ああ、確かに」
「芽生は教室に戻ってるんだよね? じゃあ、渡しに行こう」
──A組前。
中に入った二葉は、すぐに出てきた。
まあ、ノート渡すだけだし。
「アニキ、お待たせ」
「芽生は引き受けてくれた?」
「何か言いたそうだったけど、無視して机に置いてきた」
「おい」
「ちゃんと【緑色した似非フランス人に渡しといて】と手紙も添えといたから大丈夫」
なんだかなあ……。
ま、いいや。
まさか芽生が、その手紙まで龍舞さんに渡すこともないだろうし。
「んじゃ、行くぞ」
「あいさ」
※※※
出雲学園は出雲町の最南東。
学校を出て、そのまま東端を伝うように北へ向けて真っ直ぐ歩く。
──まだゴミが回収されていない通りに出た。
二葉が地図を広げる。
「アニキ、ちょっと待って……うん、計算通り。この色塗りした通りでいけそう」
「二葉、さっき聞きそびれたんだが」
「ん?」
「燃えるゴミの回収日っていつだ?」
「月水金」
週三回って多くないか?
二葉がつらっと当たり前に「一七時に回収終了」と言うわけだ。
実益があるわけじゃないけど、一応確認しておかないと。
「『一七時に回収終了』って、燃えるゴミの日に限らないか?」
二葉が戸惑った表情を見せる。
「んっ? んー、そうかも? でも、どうして?」
「単純にゴミの回収量の話。例えば資源ゴミの日なら、どう考えても燃えるゴミの日より回収量が少ないはず。きっと回収も燃えるゴミの日より早く終わるよな」
「あーっ!」
二葉がポンと手堤を打つ。
「ごめん、アニキ。そこまで意識してなかった」
気にするな、と手をひらひらさせる。
「あと燃えるゴミ以外だと、突っ込んだ際のクッションになりづらい」
「ペットボトルの日でもいけそうじゃあるけど回収終了時間が違うか」
二葉が呟く。
恐らくペットボトルの日も出現はするのだろうけど、時間は燃えるゴミの日と異なる。
きっとこれがゲームにおける難易度を上げていた要因だ。
「つまりBさんを一七時に町の北端で発見できるのは月水金だけってこと。今日を逃せば一日空いてしまう」
「そっか。できれば今日見つけたいね」
「うむ、頑張るべ」
──さらに北上。
「だんだんと街並が古びてきたな」
つまりはゲームセンターやイジラッシの家のエリア。
「出雲町も、全部が全部お屋敷街ってわけじゃないからね」
「北の方だと普通の人も住んでるってことか」
二葉が苦笑いを浮かべる。
「『普通の人』って表現もどうかと思うけどね」
渡会家は金持ちというほどではない。
かと言って「普通の人」に比べれば、明らかに恵まれた立場。
その辺りの微妙さ加減が顔にも台詞にも表れている。
「すまん、変なこと言っちまった」
「ううん。あと北の方が南に比べて治安も悪いかな。公園には変質者が出るって話だし」
それ、一樹……黙っておこう。
一樹の中身が俺である以上、少なくともクリスマスまで変質者は出ないのだから。
──二葉が立ち止まる。
「アニキ、着いたよ。このブロックが出雲町の北東端」
悪く言えば小汚い。
ただそれは、南の高級住宅街を見慣れてしまったせいで。
本来の俺からすればむしろ安らぐ。
そんな昭和な光景。
基本的には小さな頃の実家近辺の景色と同じだものな。
一七時にこのブロックにBさんが五〇パーセントで出現するのは決めつけるとして。
実はまだ課題がある。
「さて、ここから更に絞り込まないと」
「この四隅にある交差点のどこに出現するか、をだね」
二葉に頷く。
ブロックは一つでも交差点は四つあるのだから。
Bさんが出現するのは、その中の一つ。
だから何とかして絞り込まないといけない。
もっとも一つはすぐに削れる。
「まず、俺達が今立っている、この北東角ではない」
「L字型だと、Bさんを助けようがないものね」
金之助、ヒロインB、トラック。
発見して助けることを前提とすれば少なくとも三方に道が必要となる。
つまり出現ポイントはT字路か通常の交差点に限定される。
勘にかけざるを得ない状況というのは確かにある。
しかし理で詰められるなら、できるだけそうしたいもの。
無駄な労力は少ないに越したことないから。
「他を見て回ろう」
南東の角は来る途中に見た。
何の特徴もないT字路の交差点。
なので北西へ向かう。
北西の角も、同じく何の特徴もないT字路。
「この時点で、ヒロインBが出現する可能性あるのは南西の四つ角に絞られるな」
「どうして?」
「角に何の特徴もないからだよ。まずヒロインBが金之助から見て正面から歩いてくる場合は考えなくていい。トラックは脇道から出てくることになるが、T字路だから絶対に曲がる。つまり、かなり減速するから」
「あーっ!」
声を上げて得心を示す。
ここは車を運転している者でないと、すぐに思い浮かべづらいだろう。
二葉はまだ高校生だからな。
「続けるぞ。何の特徴もない、つまり視界が特に開けた状況ではない。だからヒロインBが脇道から出てくるパターンの場合、気づいて助けられるのはBが交差点上に出てからということになる」
「うんうん」
「しかしその場合、トラックが来るのは正面から。飛びつくのも正面に向けて。つまりヒロインBに飛びついて助けるなんてできない」
できたとしてもかなり難しいだろう。
「うんうん」
「だからBを助けたいなら、角がその角度に向けた空き地とかになってる必要がある。早く気づくという点と、斜めに駆け出すのを可能にするという点において」
「うんうん、アニキすごーい!」
「『すごーい!』って、最初の条件以外はお前だってわかっただろ」
「そこまで考えなかったよ。それに理路整然とした説明聞くのは、なんか清々しいもの」
まあ、本音で言ってるのは、顔を見ればわかる。
「素直に受け取っておこう。あとは残る南西の交差点の確認だ」
「いっそ条件満たさなければいいんだけどね」
それだともう一方の北西端にあるブロックで確定になるからな。
ただ世の中そんなに甘くあるまい。
──南西の交差点。
「うーむ、見事なまでに条件を充たすな」
「そうだねえ……」
二葉が交差点を南へ抜けたところで立ち止まる。
今度は二葉に説明を任せよう。
「ここから見て左……西が空き地で視界開けてて、北側の角にはゴミ収集場。つまり金ちゃんはここから歩いてくれば、Bさんよりも早めにトラックに気づいて、走って飛びついて、向かいのゴミにダイブできるよね」
「そういうことだな」
そして、この交差点の状況がきっと、Bの出現条件だ。
これが判明したなら、恐らく全ての出現ポイントも調べればわかるだろう。
一七時時点でのポイントが二つに絞れている以上、調べる意味は無いけど。
「と言うか、アニキ。ここに金ちゃん連れてくれば早いんじゃない?」
「ポイントが一つならなあ。二つあるなら、あいつの狩猟本能に任せた方がいい気がする」
二葉が苦々しく笑う。
「狩猟本能……あたし達ヒロインはターゲットですか」
「何を今更。んじゃ、もう一方のブロック行ってくるわ」
「行ってらっしゃい──って、『行ってくる』? あたしは?」
「どうせ二手に分かれるんだから、一緒に行く必要はないだろ。二葉はこっちのブロックよろしく」
「了解」




