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91 1994/11/30 wed 図書館:小動物系ってやつかな?

 図書館到着。


 芽生は「授業があるから」と教室へ戻った。

 「名残惜しいけど」と、相変わらずのあざとい一言を残してから。

 でも今回は本音も入ってそうだ。

 それがわかるくらいには打ち解けられたと思う。


 午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴る。

 もうすぐ二葉が来る。

 それまでに用意しておかないと……あった。

 出雲町の地図。

 今からの話合いには、これが必要。

 抱えて、一人掛けのソファーに腰を下ろす。


 ──あっ、二葉だ。


 結構、距離が離れてるんだけどな。

 いつの間にかシルエットだけでわかるようになってしまっていた。


「アニキ、お待たせ」


「お疲れさま」


「ふう……」


 二葉は息をつきつつ、背から倒れ込むようにソファーへ座った。

 表情は不機嫌そう。

 聞くまでもなくアンケートの結果はわかるけど。


「どうだった?」


 二葉が手をぱたぱたと大きく扇ぐ。


「戦果なし。アンケートはとれたけど『縞パン』って回答はゼロ」


「ということは?」


「今日学校を休んでるか、たまたまその場にいなかったか……」


「アンケートは無記名式?」


 記名式なら、逆にアンケートを出していない人の側から割り出せそうだが。


「下着の色とか記名式じゃ聞けないでしょ。でも、どっちにしたって同じ。アニキの言いたいことはわかるけど、割り出すにはちょっと骨の折れる人数かな」


「そっか」


「無記名式でも『縞パン』って答えが得られれば所属クラスは判明する。そこから割り出せれば、と思ったんだけどね」


 二葉がソファーの背に首を乗せ、気怠げに天井を見上げる。

 明らかに不機嫌ではあるのだが。


「その割に落ち込んだようには見えないな」


「アニキ、何か思い出したんでしょ? 落ち込むなら、その話を聞いてからかな」


「聞いて落ち込みそうにも見えないが」


「朝の様子からすると、かなり期待してもいいかなあって。アニキって軽々しく『探し出せるかも』なんて言う人じゃないでしょ」


「随分と見込まれたものだな」


「見込んでるんだよ。昼休憩を潰した作業が無駄に終わったのは悔しいけどね」


 不機嫌な顔はそういう理由か。


「じゃあ早速話そうか」


 二葉がソファーの背から上体を起こす。

 そのまま身をぐいっと乗り出してきた。


「お願いします」


 こちらも身を乗り出す。

 図書館という場所的にも、話の内容的にもおおっぴらに話せる内容ではない。

 ひそひそ声で話を切り出す。


「俺が朝思い出したのは、『フラグ成立』そのものの状況だ」


「ふんふん、どんな感じなの?」


「ヒロインBが道路の交差点に飛び出す。死角から走ってくるトラック。『轢かれる!』ってところを、通りかかった金之助が助けるって流れ」


 二葉が呆れたように口を開く。


「ベタすぎるほどベタだね……」


「そこはシナリオライターに文句言ってくれ」


「それで、場所と時間はわかるの?」


「正確には思い出せない……けど、どういう場所かは思い出した。ゴミ収集場のある交差点だ」


 二葉の眉がぴくっと跳ね上がる。


「ふん?」


「ヒロインBを抱きかかえて助けたとき、二人は勢い余ってゴミ置き場に突っ込むのさ。で、ヒロインBはゴミまみれになりながら『ありがとうございます』って」


「そんな状況なら確かに無傷でやり過ごすためのクッションが必要だろうけどさ。なんて無駄にリアルな設定……」


「そこもシナリオライターに言ってくれ。ここで大事なのは、ゴミには収集時間があるってことさ」


「収集時間? あっ、そうか!」


 二葉が声は小さいままだが、大きく口を開けて驚きを示した。


「気づいたか」


「Bさんを発見できるのは夕方だけだったよね。そしてゴミがクッション代わりになるということは、その時間にゴミがまだ回収されていないということでもある」


「そそ。つまり、回収が夕方以降になる地域の交差点に限定されるってわけだ」


「それなら絞り込めるかも。えっと、地図があれば話しやすいんだけど……」


「ほら」


 準備しておいた地図を渡す。


「アニキ、さすが。じゃあ説明するね──」


 二葉が地図を指し示す。


「──出雲町のゴミ収集は南から北へ向かって進んでいくの。そして夕方には収集を終える。だからBさんの出現ポイントは必然的に出雲町北部ということになる」


「ふむ」


「Bさんの出現時間帯を具体的に思い出せる?」


「放課後から日没まで、くらいは。時間にすると一五時三〇分から一七時までくらいだったかな?」


「確か一七時って、ゴミ収集完了の時間だったはず……ちょっと待ってて」


 二葉が席を立つ。


 すぐに戻ってきた。

 手には二枚の紙、その一方を手渡してくる。


「コピー?」


 二葉がポケットから蛍光ペンを取り出した。


「地図に書き込みながらの方がいいかなって。回収時間からするとBさんの出現するエリアは、およそここからここまでになる」


 地図の上部が黄色いラインで囲まれる。


「近所でもないのに、よく違うエリアのゴミの収集時間まで知ってるな」


「単に収集時間全体からみた比率で計算しただけだよ。収集開始が八時。一七時までなら九時間。その内の一時間三〇分だから、エリア面積に換算すると六分の一だよね」


「なるほど」


「実際には休憩時間があるだろうし、その分広めにとってある」


「こうして見ると結構広いな」


 出現ポイント絞れるというのは早計だったか?

 しかし二葉はそこまで読んだか、ふるふる首を振る。


「そんなことないよ。極論しちゃうと、出現ポイントは二箇所に絞れるから」


「へ?」


 どういうこと?


「一七時がBさんの最終発見可能時刻でしょ。それとゴミの収集完了時刻はほぼ一致。つまり、Bさんの一七時における出現ポイントとゴミの収集ポイントは一致することになる」


「Bが出現するにはクッションとしてのゴミが存在しないといけないからだな」


「さっきアニキの言った通りね。そしてゴミ収集車は南から北へ進んでいくから、効率のいいルートを辿る限り一七時におけるポイントは──」


 二葉が地図の右上端と左上端を指し示す。


「──ゴミ収集の終わる場所として考え得る、この二箇所しかあり得ない」


 乱暴な理屈ではある。

 しかし納得もしてしまう。


「二葉こそ、さすがだな……」


「へへん」


 二葉が笑いながら、鼻先を上に向ける。

 でも、ホント大したもの。

 自慢するだけの価値はある。


「俺と二葉は一七時少し前から、それぞれのポイントで待ってればいいわけか」


「そこに出雲学園の制服着た女の子が通りかかれば、ってところかな。顔わからないけど、そんな女の子何人もいないだろうし。何とかしてパンツ見ちゃえば正解かどうかわかるわけだし」


 それで縞パン以外のパンツだったら、その子にとっても俺達にとっても悲劇極まりないな。


「大丈夫。顔もおぼろげには思い出した」


「おー! どんな感じなの?」


 二葉が目をらんらんと輝かせる。

 まさに興味津々って態度。


「三つ編みで、地味で、真面目そうで、気弱そうな感じ……小動物系ってやつかな?」


「これまで出てきたヒロイン達とは全くカラーが違うねえ」


「ギャルゲーに同じようなヒロインばかりいても仕方ないだろ」


「それもそうだね。うん、納得──」


 二葉がぴょこんと跳ね起きる。


「──出ようか、大体の場所がわかったと言っても下見くらいはしておいた方がいいでしょ」


「そうだな──と、その前にだ。もっかい座れ」


「何?」


「いや芽生の事なんだけど……そのしかめっ面はなんだよ」


「名前聞くだけで不快だから。顔だけで足りなければ『うええええええ』って言葉も吐こうか?」


「いや、いらない」


 二葉が足をたんたんと鳴らす。


「座るまでもないよ。あたしが芽生の目的わかったのは『とにかくアニキの味方になりたい』という動機から。アニキと芽生の共通項って言ったら鈴木くらいだもの」


「芽生が鈴木嫌ってること知ってたの?」


「知らないけど、あんなの好きな女いないでしょ。それに他の男相手なら、あの詐欺師は手玉にとるよ──」


 二葉が怪訝そうに付け加える。


「──ただ目的はわかったけど、どうして鈴木を敵に回したいかはわかんない」


「どういうこと?」


「だって芽生なら、鈴木にしたって適当にあしらいそうじゃない? わざわざ敵に回る必要なんて全然ないじゃん」


「確かに」


「それを手の込んだ真似してまで敵に回るんだから、何か意味はあるってこと」


「なるほどなあ」


「ま、それを今考えても仕方ないよね。せっかくだし、次は芽生にどんな命令して遊ぼうかなあ」


「二葉……」


「にひっ」


 お前、どこまでタチ悪いんだよ。


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