83 1994/11/29 tue リビング:龍舞建設?
「あー、生き返った」
体中冷え切ってたからなあ。
バスタオルで頭を拭きつつ、二葉作成の水玉パジャマに着替えてリビングへ。
「アニキ、随分ゆっくりだったね」
二葉の方も既にパジャマ。
「風呂の中で考えまとめてたから。待たせたか?」
「ううん? こっちも夕食できたばかり」
席に着き、テーブルを眺める。
並んでいるのは御飯、味噌汁、エリンギの細切り炒め、シイタケのバター焼。
「買物行く時間なかったし、ありあわせだよ」
肉巻の中身はシメジ。
味噌汁の具はマイタケ。
昨日のしゃぶしゃぶの残りなのはわかったけど、何というキノコラッシュ。
──献立を一口ずつ摘まみ終えた頃、二葉が口を開いた。
「アニキ、今日の話は何から整理する?」
そうだなあ。
「帰り際の話の続きかな。珍宝堂関連の話」
「つまり、『フラグ』だよね」
二葉が淡々と口にする。
特に動じることもなく。
さすがに二度目、本人も何が起こったか自覚はしているのだろう。
話題が話題だけに、変な間を開けたくない。
単刀直入に聞きたいことを口にする。
「あの時のお前って、いったいどんな感覚だったわけ?」
「雨降り始めた瞬間、胸が締め付けられるようになって……金ちゃんのことが頭に浮かんだと思ったら駆け出してて……その後は夢うつつというか。何をやったかは覚えてるんだけど、我に返ったのはアニキが飛び込んでくれてからだった」
まさに感情的かつ衝動的。
「程度はともかく、基本的には日曜日と変わらない?」
「そうだね。『上級生』で、あたしと金ちゃんにこんなイベントあったの?」
首を横に振る。
こんなあざといイベントがあったら、さすがに覚えてる。
「単純に、会う回数がアップしたことによって好感度がアップしたんじゃないかな。それもフラグの一種には変わらないし」
好感度が足りなければ、仮に全イベントをクリアしても攻略できない。
それが上級生のゲームシステムだから。
「あたしって、随分と安っぽいヒロインだね……」
「むしろ真っ当なポジションのヒロインだからこそ、イベントの他に好感度まで要求されるんだよ。例えば今日の空さんは、イベントの消化だけで攻略できる」
「全然慰めになってないけどね……」
二葉の顔は鬱々全開。
めんどくさいなあ。
気持ちはわかるけど、どうやって機嫌をとろう。
二葉の皿を見る、おかずがもうない。
それならいつものパターンじゃあるが。
「俺の肉巻をやろう」
「好き嫌いはダメだよ」
違うから。
しかしツッコミを入れる空気でもない、話を続けよう。
「二葉さ、空さんイベントのとき、妙にどぎまぎしてたろ?」
「うん」
「これは推測なんだけど……もしかしたら今日のフラグ発動は、あの時点で既に始まってたんじゃないかって」
「よくわかんない。それって、空さんのフラグがあたしの攻略に影響するってこと?」
二葉は腑に落ちない様子。
それもそうだろう。
芽生とまだ見ぬヒロインB。
二葉の攻略に影響するのはこの二人だけと説明してるのだから。
「かく言う俺自身引っ掛かるところがあったから、湯船にのんびり浸かりつつ必死に思い出したんだが……」
「まるで龍舞さんみたいに矛盾した日本語、やめてくれないかな」
明らかにイラついた口調。
龍舞さんもこんな喋り方してなかったと思うが。
要は結論を早く言えってことなのだろう。
「攻略そのものには影響なかったと思う。ただし追加グラフィックかなんか。要するにオマケ要素で関係あった気がする」
二葉が即座に切り返してきた。
「つまり、あたし達のバッドエンド回避という点に絞り込むなら、空さんは無視で構わないのかな」
何か関係あるのは間違いないんだけど……。
「そうだな。そもそも何のグラフィックだったかが思い出せないし。それがあってもなくても二葉を攻略できるわけだし。帰り際に話した『金之助を動かす』という点においてのみケアかなあ」
「了解」
二葉は答えるや、俺の皿の肉巻をひょいぱくひょいぱくと全部平らげてしまった。
「アニキ、ごちそうさま」
──じゃねえよ!
「何しやがる!」
「あー、美味しかった。お陰様で慰められました」
「お、おまっ!」
ツッコもうとすると言葉にならない。
「アニキの考えることなんてお見通しって言ったでしょ。そのまま思惑に乗るのも悔しいから、少しずらしてみた」
「なんてかわいげのない」
二葉がニッと笑い、ぺろりと舌を出す。
「お詫びはデザート用意するから、それで許してよ」
「まあ、それなら……」
騙されてやるか。
二葉が立ち上がり、重ねた食器を流しへ持っていく。
背中越しに二葉の声が聞こえてきた。
「今日はありがとね……色々と」
「ああ、うん」
「色々」というのが妙に意味ありげ。
いきなり何を畏まってるんだかな。
──出されたのは豆乳プリン。
「豆乳も飲むばかりじゃ飽きるから、バリエーション考えないとね」
健気というか、ムダな努力というか。
考えてみたら二葉にはゲーム設定として貧乳属性が与えられてるわけで。
胸を大きくするなんて、運命どころか神に抗うようなもの。
フラグ回避よりも高く険しい壁だと思うのだが。
「アニキ、なんか変なこと考えてない?」
「いや、別に?」
「ささ、食べて。そして感想聞かせて?」
口に入れる、じわっと舌の上に溶けていく。
「美味しいな」
「もうちょっと気の利いた言い回しはないの?」
二葉が頬を膨らます。
そんなこと言われてもなあ。
「これだけとろとろのプリンを食べたら、説明する口も滑らかになりそうだ」
「ま、いっか。じゃあ何から話す?」
今日はいっぱいあったからなあ。
とりあえず最初から行こう。
「オーマイゴッドの店長は……」
二葉のこめかみがぴくつく。
「触れない方がアニキのためだよ」
だから、お前は店長に何をしたんだよ。
怖いので話題を移そう。
「クリーチャーは放置で構わない。ただのネタキャラだから」
「いい人そうだし、料理上手いしね」
一見当たり障りがないようでボケまくった返答。
まあ、あの芽生すら凍り付いてたくらいだしな。
さて、ここからが本題。
「アイのことなんだが」
「パス」
「パスって。嫌いなのはわかるけど」
しかし二葉はふるふると首を振る。
「そういうのじゃなくて……あの子、かなりの訳ありでしょ?」
「どうしてわかる?」
「去り際のアニキへの態度、尋常じゃなく寂しそうだったじゃん。しかも幼くして幽霊のヒロインとくる。もう、泣けるエピソードが隠されてないわけないもの」
お前って、一番つまらないタイプのゲーマーだよ。
「そうなんだけどさ」
「なんか今聞いちゃうと、いい方向にしろ悪い方向にしろ偏見持っちゃいそうな気がしてさ。もうちょっとアイちゃんを知ってからにした方がいいかなって」
「知ってから?」
「あたしもあの子よりはオトナ。我慢するよ」
実際にはアイの方が遥かに年上、「小娘」と呼ぶ通りなのだが。
この台詞は二葉の優しさと解するべきだろう。
「わかった。その前に俺がアイに色々確認する方が先だろうしな」
「問題はむしろリハビリだよね」
「いったい何をすればいいんだろう?」
「あたしが昨夜やったスカートまくり上げじゃない? それでパンツに反応しなくなればおっけーみたいな」
めっちゃ投げ槍口調の返事。
「ふたば──」「あたしはやらないからね」
即答で拒否られた。
「じゃあどうするんだよ。リハビリ手伝ってくれる女性なんて他に心当たりないぞ?」
「店長さんは? 気に入られてたっぽいじゃない」
一樹はあのクリーチャーのパンツにも反応するのだろうか?
もしそうなら、俺は心から一樹に敬服する。
「まあ……おちおち考えるよ」
続いて鈴木と佐藤、さらに龍舞さん登場。
二葉の返事は、「予想が当たったねえ」、「災難だったねえ」、「助けてもらってラッキーだったねえ」。
他人事のつもりはないだろうけど味気ない返事。
終わった以上は単なる過去話、検討する意義もないから仕方ない。
ただ一点。
図書館で調べた結果と合わせて気になったことを聞く。
「華小路と龍舞さんの関係に心当たりはあるか? 家の仕事絡みじゃないかと推測してるんだけど」
「龍舞建設?」
「知ってたか」
「そりゃ、みんなの親のことは。出雲学園ってそういう学校だし」
「さいですか」
なんて嫌味なスノッブ感。
決して悪気はないんだろうけど。
「そんな顔しないでよ。自然と耳に入ってくるし、否が応でも対応しないといけない場面があるんだから」
「ごめんごめん」
「まったく。で、二人の関係なんだけど……もしかしたら天照町に建設中の出雲大学絡みじゃないかなあ?」
出雲大学?
「つまり、出雲学園の大学?」
二葉が頷く。
「出雲町・天照町と出雲学園の半官半民の計画でさ。町興しが何とかかんとか」
そんな話、初めて聞いたぞ。
「ふんふん、それで?」
「そのプロジェクトに華小路も絡んでるわけね」
「というと?」
「両町の地場産業みたいなものだし、特に華小路鉄道の活性化へつながるでしょう。だから資金調達は華小路銀行だし、他についても華小路グループが手配してるって話」
「ふむ」
頷いたところで、二葉が間を開ける。
「ここからはしっかり聞いて欲しい」という合図だろう。
「……その例外が龍舞建設なのね」
「例外って?」
「だって華小路グループの中にはゼネコン『華小路建設』だってある。それなのに出雲大学の工事は龍舞建設が取り仕切ってる。『いったいどうして?』って話でさ」
確かに謎だな。
それでもだ。
「理由くらい調べればわかりそうだが」
「さすがにそこまで興味ないし調べようとも思わないよ。ランチタイムのちょっとした雑談って感じだし」
「華小路本人に聞くとか」
「華小路って、いかにもな快楽主義でしょ? 学校で仕事のことなんか聞いたら、タイミング次第では瞬殺されちゃうよ」
なんて横暴な。
ただオトナとしては気持ちがわからなくもない。
例え快楽主義でなくとも、職場の外でまで仕事の話を持ち出されたくはない。
「談合持ち回りの順番だったとかさ」
元の世界じゃすっかり見られなくなった光景だが。
この時代で官製プロジェクトとくれば基本は談合だろう。
しかし二葉は首を振る。
「華小路グループからのガチ指名らしいよ」
……という答えがすんなり出てくる女子高生というのもいかがなものか。
「わかった、後はまた図書館とかで調べてみる」
「あたしも情報集めてみる……そうだ!」
二葉が何かを思い出したように叫んだ。
「どうした?」
「Bさんの縞パン調べる手配つけたよ。慌ただしくて言うの忘れてた」
ぶっ!
「いったいどうやって!」
「んとね、孝お兄ちゃんの話はしたでしょ?」
「出版社に勤める又従兄弟だっけか。女性誌の編集の」
二葉が頷く。
「昨夜の内に電話してさ、『お嬢様校の生徒達がつけてる下着』みたいな企画を装ってアンケート用紙作ってもらった」
ちょっ!
「そんなことして大丈夫なのかよ!」
「毎年一回はやる企画だし、そういえば今年はまだやってなかったなって」
確かにどこかの雑誌が毎年一回はやってそうな企画だとは思う。
「それで?」
「チア部の後輩達にクラスで採ってもらうよう頼んだ。もう用紙渡してあるから明日の昼にはわかるよ」
「そうか。それは楽しみ──」
二葉がぎろっと睨んできた。
「そういう意味じゃない!」
「わかってるよ。わかってるんだけど、つい……アニキはこれまでがこれまでだし」
俺としても一樹としても、否定できないところがもどかしい。
「気をつける」
それしか言いようがない。
「うん、気をつけて」
そしてそれしか返してもらえないことに一抹の寂しさを感じる。
……と思いかけたところに、二葉が続けた。
「ま、イラつくのはそれだけじゃないんだけどね」
「というと?」
「芽生だよ、芽生。あの詐欺師が何か企まなければ、今日中にわかった話だもの。昼休憩まるまる潰されちゃったからさ」
ああ、いよいよ本題に入ったか……。




