表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/178

80 1994/11/29 tue 体育館裏:てきとー

 ど、ど、どうして龍舞さんが芽生とのことを。


 しらばくれるか?

 問い返すか?

 それとも肯定してしまうか?


 いや、待て。

 ここは一旦黙るんだ。

 まずは相手に喋らせる、その上で出方に応じた対応をとる。

 これがスパイの基本じゃないか。


 心の中で深呼吸。


 い~ち……に~……さ~ん。


 息を整えたところで、龍舞さんが言葉をつないだ。


「さっき呼ばれていったじゃないか」


 ああ、そうか。

 昼休憩に芽生が来た時の第一声は「アキラ、ちょっと一樹さん貸してもらえるかしら?」だったわけで。

 当然用事があるからきたわけで。


 さらに龍舞さんがぼやいた。


「あの女、よくもアタシの口にうささんど突っ込みやがって。タバコ吸ってチョコ食べても、まだ口の中がジンジンする」


 あれは同情する。

 結局、芽生が来てから龍舞さんがうささんど食べさせられるまで、俺と会話らしい会話はしていない。

 となると、龍舞さんは芽生の用事を知らない。

 聞かれても当然か。


「まあ、ちょっと、いろいろ」


 曖昧に答えておく。

 具体的に返事できる話でもないし、その必要もないし。


「体育倉庫でくっつきながらか?」


 うああああああああああああああああああ!

 この女、わざとか?

 わざとなのか?

 知っててからかってるのか?


 待て。

 落ちつけ。

 もう一度深呼吸だ。


 い~ち……に~……さ~ん……し~……ご~……ふう。


 空気が後方から緩やかに流れていく。

 撫でるような、それでいて突き刺すような、晩秋の風。

 普段はこんなの「寒い」とか「冷たい」くらいしか思わないのに。

 心が落ち着くと、思考が詩人めいてしまうらしい。


 ──ん?


 後方から? 

 そして俺の前方には龍舞さん。


 これってもしかして。

 答えに行きついたとき、龍舞さんが正解を発した。


「アタシがここに来るとき、芽生が体育倉庫に入るの見えたからさ。で、その香水って芽生の使ってるやつじゃん」


 つまり残り香。

 あれだけ組んず解れつ絡み合えばなあ。


 ただ理屈は通ってるが、実際は当てずっぽうのようなもの。

 その程度の感覚なら、龍舞さんは本気で問うているわけじゃない。

 適当に思ったままを口にしているだけだ。


 と言っても、どうすればいいんだ?

 龍舞さんの心理状態がわかったところで、答えようがないのは変わりない。


 しかし龍舞さんは勝手に続ける。


「どうせ芽生のことだから何かやらかしたんだろ。災難だったな」


「あ、ああ……」


 これ幸い。

 言葉を濁して調子を合わせる。


「アイツも真正面からいけばいいものの、どうして変な小細工弄するかなあ」


「にゃあにゃあ」


 龍舞さんはまるで独り言のように呟く。

 どうやら勝手に納得してくれたらしい。

 トラちゃんまで相槌打っちゃってるし。


 でも変だ。


 龍舞さんが想像してるようなことで疑うのは……普通、一樹の方じゃないか?

 芽生が女子の間で「腹黒」とみなされてるのはわかった。

 しかし一方の俺は「変態」と忌み嫌われる盗撮魔なのに。

 それが「芽生のことだから」に「災難」とくる。

 龍舞さんの台詞の裏側には、それだけ芽生を知っているという事実がある。


 単刀直入に聞いてみよう。


「龍舞さんって、芽生と仲いいの?」


「ああ、うささんどを口に投げ込まれるくらいには」


 答えになってはいるがなってない。

 出雲学園で芽生の他にそんな身の程知らずなことをする生徒なんていないから、その意味では答えになっている。

 しかし俺が聞きたいのはもっと具体的な話だ。


 龍舞さんがトラちゃんの頭を撫でる。


「おーよしよし、タイガーってマジでかわいいなあ」


「にゃあ!」

 

 はぐらかしているようにはみえない。

 むしろその逆。

 会話に頭を使ってないから、結果的にこうなっているだけだろう。

 だったらもう少し突っ込んだ聞き方でも大丈夫か。


「二人が友達って、なんか意外だからさ」


「ダチって言われると微妙だな。一緒に遊んだりとかつるんだりとか、そういう付き合いじゃないし……ただ」


「ただ?」


「ああ見えて、信じられるヤツだとは思ってるよ」


「はあ」


 出てきた意外な言葉に、つい生返事。

 あの芽生のどこをどうとれば信じられるのか。

 しかも、ついさっき龍舞さん自身が腹黒扱いしたばかりじゃないか。


「キサマも付き合ってみればわかるさ。さっきは『わたしとお付き合いしてほしいの』とか言われたんだろ?」


 ぶっ!


「知ってるのかよ!」


 ここまで随分とおちょくってくれやがって。

 しかし龍舞さんは首を振る。


「てきとー。ただ芽生に『わたし、一樹君の味方になりたいの』くらいは聞いてたから」


「『わたし、一樹君の味方になりたいの』?」


「アイツなら色々ねじ曲がって、そうなっちゃいそうだなあって。頭いいヤツって、考えすぎて大変だよなあ」


 この場合の「頭いい」は単なる皮肉だろ。

 確かに龍舞さんは何も考えず生きてそうだし。

 その「てきとー」で正解に行き着くのだから、大した勘だとは思うけど。


 それはいい。

 もう少し突っ込んでおかないと。


「どういうこと?」


「本人に聞けよ」


 なんて無情な一言。

 しかもこのぞんざいな言い方。

 さすがにこれは続けようがない。


「じゃあそうするよ」


 現時点でそうするつもりなんて決めてない。

 ほとんどただの負け惜しみ。


 すると龍舞さんがクスリと笑った。 


「そうしとけ」


 やっぱり「てきとー」な返事。

 ただ、「促している」。

 何となく、そんな風にも受け取れた。 


 役に立つ情報を仕入れられたような、そうでないような。

 いずれにしてもこの辺りかな?

 既に二葉が待ち合わせ場所に着いていてもおかしくない時間。

 そろそろ切り上げなければ。


「じゃあ俺はこれで」


「ああ。明日もノート忘れるなよ」


 こ、この女……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ