表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/178

74 1994/11/29 tue 学園食堂:パンツじゃなくて?

 再び給仕がやってきた。

 芽生に向け、メニューを差し出す。


「田蒔様、どうぞ」


「結構よ、本日のランチコース二つ」


 二つ? 三人なのに?

 給仕もつい顔に出してしまったか、わずかに口を開けている。

 えっ、と問い直したげに。

 しかし芽生は何食わぬ顔で、二葉に手のひらを差し向けた。


「メニューは彼女へ」


「かしこまりました」


 給仕が厳かに二葉へメニューを差し出した。

 受け取ると同時に、芽生が口を開く。


「まさか自分も御相伴に預かれると思うほど、厚かましくはないわよね」


 芽生はすました顔。

 二葉はイラついたか。

 八重歯が一つ、キラっと光った。


「芽生の世話になるつもりは毛頭ございませんから御安心を」


「当然よ」


 芽生は表情一つ変えず、顔を正面に戻した。


 あのなあ……。

 確かに芽生の言い分はスジが通ってる。

 しかしそんなことは関係ない。


「芽生」


「なに?」


「そんなやりとり見せられた後で、俺だけが奢られるわけにいくか」


 それこそ、そこまで厚かましくないわ。


 芽生がうつむき、上目遣い気味に見つめてくる。


「まさか一樹君の口からそんな言葉が出るなんてね……ちょっと見直しちゃった」


 この女は何を言ってるんだ。

 さすがにもう、あざといのは慣れたぞ。


「もっと見直してくれてもいいんだぞ」


「そうさせてもらおうかしら、でもその前に──」


 芽生が頭を下げてきた。


「不快な思いさせちゃって、ごめんなさい。でも一樹君は気にしないで。わたしが御馳走してあげたいだけなんだから」


 ど、どこまであざとい。

 しかし二葉も続けてきた。


「そうそう。アニキは気にしないで奢られちゃいなよ。お昼代浮くし」


 お前ら、どうしてこんな妙なところだけ意見が合う。

 言葉が続けられなくなったじゃないか。


 節約できたのが嬉しいのか、二葉がほくほく顔でメニューを開く。

 渡会家としては半額でランチにありつけるも同然だし。

 自分が奢られるのは絶対イヤなんだろうけど、俺が奢られる分には構わないのだろう。

 つくづくちゃっかりしている。


 ──しかし二葉はメニューを開くや顔を引きつらせた。


「うっ」


「二葉さん、こういうときは同じメニューを注文するものじゃなくて?」


「そ、そうね……【和】だと三〇〇〇円くらいなのに……」


 芽生の問いかけに、二葉はすっかり言葉を詰まらせてしまっている。

 どことなく勝ち誇った芽生の態度に、二葉の口から漏れた台詞。

 もう状況は火を見るより明らかだ。


「すみません、こちらにもメニューください」


「一樹君?」


 給仕から受け取ったメニューを開く。


【本日のランチコース 15000円】


 ……正気の沙汰じゃない。


 二葉はこれを見て面食らったのだ。

 俺でも驚く額だが、節約志向の二葉だと尚更だろう。

 例え半額でも昼食の値段としてありえない。


 メニューを閉じ直し、表紙を見る。


【VIP ROOM Presented by willow】


 なるほど……。

 willowの意味は俺でもわかる、「柳」だ。

 この部屋は、とある「柳」を冠した超高級フレンチレストランを参考にしたものらしい。

 あそこのランチの値段も確かこれくらいだったはず。

 北条が仕事で使ったことあるから知っている。

 まさに社用族御用達。

 そんなレストランと提携するなんて、さすが出雲学園としか言いようがない。


 でも真人間に戻れた今なら、こんな事態を打開するのなんて簡単だ。

 所詮はゲームの設定。

 まさかすべてが現実と同じってわけじゃないだろう。


 だったらこうすればいい。

 給仕に声を掛ける。


「すみません。VIPルームって、どの部屋も同じ系列が経営してますよね?」


「左様でございます」


 給仕がうやうやしく答える。


 ここは芽生の前でVIPルームについて知らないという態度を見せてしまっても大丈夫だ。

 中等部から学園に通っている二葉ですら、詳しくは知らなかったのだから。


 そして給仕はドアの前に一人で立っていた。

 だとすると、この給仕一人で和洋中すべての部屋を賄っている可能性が高い。

 同じ系列と考えるのが妥当なところだ。

 現実ではフレンチ専門レストランだろうと、ゲーム内では多角経営してたって何らおかしくないし。


「予約に手違いがありまして。できれば【和】の部屋に移りたいのですが」


 【和】の部屋は、まず空いているはずだ。

 もし他の部屋にも客がいれば、この部屋で悠長に俺達のやりとりを眺めている場合じゃないはずだから。


 給仕の答えは思った通りだった。


「かしこまりました。ただいま用意してまいりますので、少々お時間くださいませ」


 給仕がにこりと笑い、立ち去った。

 きっとやりとりを見ながら事情を察していたのだろう。

 ただ店員の身から申し出るのはさしでがましく映るから言えなかっただけで。


 つまらぬ見栄を捨てればいい。

 要はそれだけのことだ。


 言うべきことは物怖じせずハッキリ伝える。

 これは交渉の基本。

 外国人相手の交渉が当たり前だった俺にすれば尚更だ。

 はっきり「ノー」と告げたせいで殺されてしまった身ではあるが、それでもセオリーとしては間違っていない。


 芽生が不快そうに問うてくる。


「一樹君、どういうこと?」


 芽生が二葉をバカにしようとしていたのは明らか。

 しかし、ここで芽生の顔を潰しても仕方ない。


「さっきのげろさんどで醤油が恋しくなったんだよ。ゲストのリクエストに応えるのがホストの務めだろう?」


 当たり障りないように、俺のわがままを通す形にする。


「もちろんそうだけど……」


「せっかくなんだし、気楽に楽しませてくれよ。芽生の御尊顔拝みながら食事できる機会なんて早々ないんだからさ」


 芽生がくすりと笑う。


「パンツじゃなくて?」


「そうさせないために応援してくれるんだろ」


 芽生の顔が緩む。


「ごめんなさい、わたしが悪かったわ」


 心なしか作っていないように見える、安らかな笑顔。

 さっきの「ごめんなさい」とは、まるで印象が違う。


 続けて芽生は二葉へ顔を向けた。


「二葉さん、今だけは(・・・・)手を取り合いましょう」


「そうね」


 二葉が応えたところに、給仕が戻ってきた。


「準備が整いました。案内させていただきます」


               ※※※


 【和】に移ってからはつつがなく食事会を終えた。


 秋刀魚定食が三〇〇〇円と聞いたときは掘りごたつをひっくり返しそうになったが、三陸沖から直送がどうのなどと説明を始められた時点で諦めた。

 美味いには美味かったが、三〇〇〇円と考えるとどうにも割り切れなさが残る。


 部屋にいる間は和みつつ雑談してたが……楽しめたかというと微妙だ。

 こういう場合はホスト役が気を使って話題を切り出すものだが、ゲストは一樹。

 芽生に提供できる話題なぞあるはずがない。

 盗撮ではない写真のことくらい。

 そんなの振られたところで、俺もボロを出せないから迂闊に答えられない。

 「みんなが信用した暁にはチア部の写真撮ってね」。

 せいぜいそれくらいで、実に不毛な時間だった。


 もうとっくに午後の授業が始まっている。

 そのためできるだけ授業の邪魔とならないように、昨日と同じく外を迂回する形で高等部校舎の中央入口へ向かっている。


 バイク置き場の前を通りかかると、龍舞さんのバイクが停められていた。

 これも昨日と同じ。

 龍舞さんはあの後どうしたのだろう?


 昨日と違うのは俺の右に芽生、左に二葉がいること。

 しかし二人とも学食を出てからはずっと無言。

 手を取り合ったのはまさに「今だけ」だった。

 こんなの両手に花どころか苦痛でしかない。

 ああ、一刻も早く別れたい。


 芽生からは特段気になるような話題を振られなかった。

 二葉がいたせいか。

 それとも本当に応援したいというだけだったのか。

 まさかなあ。

 前者と考える方が自然だろう。

 だとすれば、近いうちに何らかのアクションを起こしてくるはず。

 余裕をもって、その時に備えなければ。


 中央入口が見えてきた。

 わずかな段差を踏み越えてから左へ曲がって──


「きゃっ!」


 芽生の叫び声。

 気づいたときには、わしっと抱きつかれてしまっていた。

 髪からふわりと女の子の香り。

 頬から伝わる肌のすべすべ感。

 ああ、わかっていても──ん?


 上着のポケットを軽く引っ掛けられた感触。

 それに続くように、耳元で芽生が囁いた。


(後で読んで)


 芽生が離れる。


「ごめんなさい。考え事してて段差に躓いちゃった」


「ああ、いや」


 今のはなんだったんだ?


「アニキ、ラッキーだねえ」


 二葉が毒づく。

 しかし表情も口調もどうでもよさげ。

 これ……さっきの芽生の動きにまったく気づいてない。

 そりゃ気づかないよな。

 俺も二葉も進路方向を変えようと、意識が左に向いてしまっていた。

 つまり右は死角。

 芽生はそれをついてアクションを起こしたのだ。


 いつ来るかと思えば、早速来たか。


                 ※※※


 二葉達と別れてからトイレへ。

 個室の鍵を掛けてからポケットを探る。


 出てきたのは四つ折の紙片、手紙かな?

 芽生は会食の途中で一度離席した。

 お手洗いと思っていたが、そのときに書いたのだろう。

 広げてみる。


 書かれていたのはシンプルな短文だった。

 にもかかわらず、まったく意味が飲み込めない。

 ただガラス窓を通る日差しがごとく、俺の角膜をすり抜けていってしまった。


【放課後すぐ、体育倉庫に来てください

 待ってます

                芽生】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ