72 1994/11/29 tue 学園購買:○※△□!
いったい何だろう?
きっとオーマイゴッドなんだろうけど。
「うっ!」
「えっ!」
「ぎゃっ!」
「ふみゃっ!」
皆が皆、声にならない悲鳴をあげる。
そして俺達の前には、昨日と同じくモーゼの道が拓けた。
今日はきっと、原因は俺だけじゃない。
このメンツじゃそうなるよなあ。
恐らく最たる原因であろう龍舞さんがつかつかと進んでいく。
その後ろをついて─って、えっ!
えええええええええええええええええええええええええええええ!
そこにいたのはオーマイゴッドの店長。
いや、店長と同じ顔・似た体型をした「何か」。
スキンヘッドに太い眉。
エラの張った顎とかなりいかつい。
唇を囲む様に蓄えたヒゲ。
さらにパーチャファイターのキャラとして出てきそうな筋骨隆々の体。
ここまでは店長と同じだ。
決定的に違うのは……胸。
これはきっと「乳房」なのだろう。
胸部にこれでもかといわんばかりの膨らみがついている。
もしコイツが女なら「巨乳」とか「魔乳」と形容するのが相応しい。
だが、コイツは絶対に女じゃない。
「クリーチャー」と呼ぶべき代物だ。
「あら、いらっしゃい」
「うげええええええ!」
声まで店長じゃないか!
「あら失礼ね。あたしの顔に何かついてるかしら?」
しかも喋り方からイントネーションに至るまで全てがオネエ。
は、吐き気があああああああああ!
見たくもない脂肪の塊がある場所にネームプレート。
「【店長子】?」
「『たな つねこ』よ。キレイな名前でしょ?」
「読めるか!」
……って、ちょっと待て。
「店長もまさか」
「兄ね。あれは『たな つかさ』って読むの」
なんてムダに凝った読み。
シナリオライターの語彙力、すごすぎる。
と言うか、このクリーチャーは店長の妹なのか。
決して外見で他人を差別するつもりはない。
もはや俺自身がクリーチャー呼ばわりされてもおかしくない身だし。
けど、それでも長子の前では……ただ固まる。
どうして性別女でヒゲまで生えてるんだ!
「うふっ、そんなに見つめないで。照れちゃう」
「見つめてるわけじゃない!」
二葉が視界に入る。
やはり口をあんぐりしたまま固まっていた。
ギギっと不自然な音をたてそうなぎこちない動きで、虚ろな眼差しを向けてくる。
(この人もゲームに出てきたの?)
(知らない)
無言のまま、僅かに首を振って問いに答える。
いや、正確には……スペシャルディスク、いわゆる番外編に出てきたような気はする。
脳が記憶に留めるのを拒否しただけで。
確かゲーム進行において全く意味を持たないネタキャラ。
ただ笑いをとるために存在するだけの。
今再び記憶から消し去っても、きっと何一つ問題はない。
芽生を見る。
微笑をたたえている。
きっと何食わぬ顔しながら固まっているのだろう。
──しかしこの人だけは違った。
「けろさんど一つ」
龍舞さんが顔色一つ変えず五〇〇円玉を差し出す。
しかしクリーチャーはそれを受け取らず、机を指さす。
「買ってくれるのは嬉しいんだけど……まずはこれを食べてみてくれない?」
机の上には試食用に細かく切った緑色のサンドイッチ。
傍らにはポップ。
【「けろさんど」リバース! その名は「げろさんど」!】
・
・
・
きっと「転生」と「カエルの鳴き声」で上手く掛けたつもりなのだろう。
だが、斜め上にも程がある。
味だけじゃなく、名前まで不味そうにしてどうするんだよ。
傍らには同じく試食用の真っ赤なサンドイッチ。
【店長就任記念! 本日限定うささんど半額! まずは試食を!】
「店長就任? えっと……店さん? 長子さん?」
「店長でいいわよ。兄はネパールへ修行に行っちゃったから」
はあ?
「ネパールううううううううううううううう!?」
「一か月くらい帰ってくるつもりないって。だからしばらくあたしが店長」
ぶっ!
今すぐ忘れるどころか、一か月もかよ!
まあいい。
あのオヤジからこのクリーチャーに店長が変わったところで、俺と二葉の運命に欠片も影響あるまい。
ただ不快感がマシマシになっただけのことだ。
気を取り直して質問を続ける。
「修行って?」
「あたしもよくわからないんだけど『あんなつんつるの胸した小娘に敗北を喫した我が身が情けない』とか言ってたわ」
「つんつるじゃない!」
二葉の声が購買内に響き渡った。
目を吊り上げるのはわかる。
だけどまず、その前に……お前は店長に何をした。
「ああ、お嬢ちゃんがその小娘なのね」
「小娘じゃない!」
再び声を荒げる。
ついさっき病院で、アイに小娘呼ばわりされまくった直後だしなあ。
クリーチャー、もとい店長が柔らかに目を細める。
「『げろさんど』は、こちらのとてもかわいらしい女の子……群がる男をばったばったとちぎっては投げ捨ててそうなナイスバディのお嬢ちゃんね」
「えへへ、二葉と言います」
二葉がはにかむ。
ホントおだてに弱いヤツ。
店長もこう見えて、さすがは客商売というべきか。
この点は兄と違ってマトモらしい。
「二葉ちゃんが置いていった見本を、あたしが全力で創意工夫を加えてアレンジしたものなの。まあ、とにかく食べてみて」
わざわざ変なところを強調しやがって。
変な創意工夫こらさず、そのまま出せよ。
それこそ全力で嫌な予感しかしないじゃないか。
とにかく食べてみよう。
ベースが二葉の改良品なら、どんなに手を加えたところで人類が食べられるレベルにはあるはず。
ただ、調理したのが人外のクリーチャーだからな。
ええいままよ!
口に投げ入れる……噛む。
──ん?
・
・
・
美味い!
文句なしに美味い!
ベースは二葉の改良作。
そこにカレー粉とハラペーニョを交えたピリッと感。
ここまでは二葉も昨晩考えた。
しかしもう一つ、辛味が付け加えられている。
鼻を抜けていく様なこの清涼感は……わさびだ。
この三つの食材のハーモニーによって、まるで冬の露天風呂につかりながら夜風にあたるかのような感覚に陥らされる。
それだけではない。
具もぐっと滑らかな口当たり。
ふにゅとしてくちゅっとした歯触り。
どことなく、とろっと脂身が加わったようなこれは……アボカドだ。
そして、この日本人なら懐かしい風味。
ほんのわずかに醤油がきかされている。
醤油は何にでも合う万能ソース。
このカオスとしか言いようのない食材達を見事なまでにまとめあげている。
パンもバサバサ感がなくなり、ふんわり。
俺はパンの作り方を知らないから具体的にはわからない。
ただ、ここにも何らかの工夫が凝らされているのは間違いない。
悔しいが認めるしかない。
飽きない味だし、毎食でも食べられる。
しかも栄養満点ときたものだ。
「すっごーい! あたしのより全然美味しい!」
二葉が感嘆の声をあげる。
でも無理もない。
これは二葉が考案した「けろまん改」の遥か上をいく。
「なかなかね……」
芽生も続いた。
二葉が一枚かんでいるのはここまでの会話の流れでわかるだろうに。
美味い物は美味いと認める主義なのか。
それともアレンジを施した店長に敬意を表したのか。
見渡すと、他の女の子達も恍惚の表情。
体育館のチアリーダー達がごとく、ヨダレだらだら白目を剥いている。
昨日と違ってどことなく殺伐としてないのはそのせいか。
──この和やかな場を、けたたましい不協和音が切り裂いた。
「C'est piquant!《辛い!》」
龍舞さんは顔を真っ赤にし、涙目で口を押さえている。
きっと吐きたいのだろう。
しかし煽る様に天を見上げると、ごくりと喉を鳴らして呑み込んだ。
……と思いきや、龍舞さんは二葉に掴みかかっていた。
「キサマか! キサマがアタシからけろさんどを奪ったのか!」
しかし二葉も負けてない。
腕を突き上げ、龍舞さんの胸ぐらを掴み返す。
「不味い物を美味しく作り替えて何が悪いの!」
「不味いだと! もう一度言ってみろ!」
「な・ん・ど・で・も言ってやる! 不味い、まずい、マズイ!」
「Tu as arrogant,mais mignon《ちっちゃくてかわいいからって生意気なんだよ!》」
「何言ってるかわかんない!」
「Une vantardise peut cuisiner! D'une femme fiere!《料理できるのがそんなに自慢か! 女らしいのがそんなに自慢か!》」
「ここは日本だ、日本語で喋れ!」
どうしよう……俺じゃとてもこの二人を止められる気がしない。
「やれやれ、仕方ないわね」
芽生が龍舞さんの肩をつつく。
「ねえ、アキラ」
「芽生は引っ込んでろ!」
龍舞さんが血走った目で芽生を睨つける。
すると芽生は涼しい顔で、艶やかに縁取られた口を大きく開いた。
「あーん」
「は?」
龍舞さんが釣られて口を開く。
すかさず芽生はテーブルのうささんどを摘み、龍舞さんの口に投げ入れた。
「○※△□!」
「さあ、行きましょうか」
のたうつ龍舞さん。
芽生は見向きもせず食堂へ歩いていく。
俺と二葉は顔を見合わせる。
仕方ない。
頷きあって、芽生の後ろをついていく。
食堂に入る頃、後方から龍舞さんの叫び声が聞こえてきた。
「アタシのけろさんどおおおおおおおおおおおおおおおお!」




