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68 1994/11/29 tue 写真部部室:だけど精神は治せないからさ

 再び写真部部室、暗室で現像中。


 定着終わり、後は乾燥だ。

 乾くまでの間、病院でのこと──アイについて整理しておくか。

 あまりにもゲームと違いすぎる。


 一つ目、ゲーム内では普通の幼女だったが、この世界ではロリババアということ。

 ただこれについては当たりがつく。

 現実だとそうなるのかなあ、くらいには。


 二つ目、一樹に懐いていること。

 これは全くわからない。

 そもそも一樹に懐く女がいること自体が理解できない。

 アイのごときロリ幼女とくれば尚更だ。


 三つ目、この点は重要だ。

 アイの「ワシの父様は凄腕のマッサージ師」。

 この台詞がおかしい。

 ゲーム通りなら、アイはその台詞を言えるはずないのだ。

 なぜならアイは自分の下の名前と死因以外の記憶を失っている設定だから。


 もちろん記憶はゲーム途中で思い出す。

 しかしそのフラグはまだ成立していない。

 なぜなら記憶を思い出させるのは金之助であり、現時点において金之助がアイとのフラグを立てていないのは明らかだから。


 金之助がアイとのフラグを立てるにはケガをして入院することが必要である。

 それによって「一八歳未満・純粋・ケガをしている」という三要件がみたされるのだ。

 だが二葉の話によると、金之助は今朝自宅にいた。

 つまり昨夕にゲーセンで俺と遊んで以降も入院していないことになる。 


 一方で同じ点もある。

 まあ、そこはわかってること。

 あとで検討すればいいだろう。

 ただ一つ言えることは……アイは本当に優しく、そしてかわいそうなヤツなのだ。

 それはあのトラウマになりそうな姿からわかる。


 ──よし、写真があがった!


 って、これ……ホントに俺が撮ったのか?


 パンツの方は言うまでもない。

 日曜日の晩に見たパンチラ写真集と比較してもまるで遜色ない。

 大量に見ただけに今更語る気はしないが、目が惹き付けられて止まない。


 アンスコもそうだ。

 俺が昨日スーパー一樹になる際にイメージしたそのままに撮れている。

 この青いナイロン素材に形どられた芽生のお尻。

 手の平を当てればプニっと弾きそうな、それでいてキュウっと吸い付きそうな。

 ああ、なんて瑞々しい。

 まさか俺にこんな素晴らしい写真が撮れるなんて。


 ……素晴らしくはないな。


 でも、そうも言いたくなる。

 だって先程撮った若杉先生の写真がどうしようもないから。


 技術的には申し分ない。

 ピンぼけもなく、露出や角度その他の点において欠点は見あたらない。

 元の世界の俺より遙かに巧く撮れているのは間違いない。


 でもそれだけなのだ。

 単にキレイな人がキレイに撮れているというだけ。

 つまらない、その一言で全てが形容できてしまう写真にすぎない。


 日曜日に見た金之助の写真を並べてみればわかる。

 金之助の写真には男の俺ですら食い入ってしまう色気がある。

 自分はゲイなのではないか、と勘違いする程。

 それくらい素人目にもわかる凄さだ。


 何が違うんだろうか?

 リハビリとやらをしてないからなのか?

 それともスーパーじゃない一樹の腕はこんなものなのか?


 うーん……スーパー一樹を試してみないとわからなさそうだ。

 どこで試したものかと思うけど、今ここで考えるべきことではないだろう。 


 さて、保健室に出頭するか。


                ※※※


 保健室の扉には【Don’t disturb】。

 つまり入っていいということ。


「失礼します」


 若杉先生は机に向かっていた。

 仕事をしている最中らしい。

 

「ああ、どうだった?」


 返事をしながら椅子を回転させ、体ごとこちらに向ける。


 机には書類が山積み、テレビもゲームも電源オフ。

 本当に忙しいのだろう。

 それでいながら、キチンと手を休めて相対してくれる。

 こういう細かな所からも若杉先生の人柄がわかる。


「CTでは特に異常ないそうです」


「よかった。じゃあネガと写真を出せ」


 言われた通り差し出すと、若杉先生は立ち上がって受け取った。

 しげしげと写真を見つめつつ、ニヤリとする。


「よく撮れてるじゃないか」


 なんか意外な台詞が飛び出たぞ。


「そうですか?」


「特にこの芽生のアンスコ写真なんて、女の私ですら頬ずりしたくなってくる」


「何を言ってるんですか!」


「本音だぞ? ああ、ツルツルザラザラながらも至高の心地が伝わってくる。写真を見ているだけでほっぺがムズ痒くなってくるではないか」


 こっちは照れくさくてムズ痒い。

 それでいて気持ちいい。

 俺の人生、他人から褒められるなんてほとんどなかったからなあ。


「いやいやそれほどでも」


 自然と謙遜してしまう。


「さすが天才を自称するだけあるな」


 そこまで言ってくれるのか。

 褒められているのはアンスコ写真。

 スーパー一樹の能力によるものだが、発動させたのは我が妄想力だ。

 だったらここは、思い切り鼻を高くさせてもらおう。


「ふん、当然でしょ──いたああああああああああああ! 何するんですか!」


「本気で反省してるか試してみれば。どこまで調子に乗る気だ」


 つま先にはヒールが乗っかっていた。


「そこまで褒めちぎられたら調子に乗って当然でしょうが! 教師の体罰ってPTAに訴えますよ!」


「やればいい。お前が女の子達の心に何のキズも与えてないと思うならな」


「パンツはともかく、アンスコは見せるためのものじゃないですか!」


「アンスコだって同じだ。女の子にしてみれば下半身にカメラ向けられること自体が恥ずかしいんだよ!」


 いたた! さらに体重が!


「ごめんなさい! 今度こそ本気で反省しました!」


 ようやく足をどけてもらえた。

 若杉先生がライターを取りだし、写真とネガに火を点ける。


「ふん、燃やしてやるだけ感謝しろ」


 この独特のフィルムが焼ける臭いがたまらない。

 若杉先生もそう思ったのか、窓を開ける。


 あれ? でも……確かにおかしい。

 どうして燃やすんだ?

 若杉先生なら証拠として保管した上で、延々脅しをかけてきそうだが。

 これじゃ結局、事なかれにする学園の姿勢と同じじゃないか。


 もちろん俺としてはその方がありがたいのだが。

 もう既に燃えた後、口に出したところでヤブヘビにはなるまい。

 問うてみよう。


「なんで燃やしたんですか?」


「渡会兄のためじゃない、この子達のためだ。万一があるからな」


「万一?」


「ここはかよわい女教師が独りぼっちで住んでる保健室。仮に夜な夜な保健室へ通い詰める男子生徒に、ふっと寂しさに耐えかねて○○○○プレイを許してしまい、後ろ手に縛られた後は細長いモノを握らされ、さらに○○○ペンペンで果てたところに写真とネガが盗まれて外部に流出しようものなら、私はこの二人の前で切腹モノだよ」


「先生は何を口走ってるんですか!」


 それって金之助とのエッチシーンじゃないか!

 写真とネガとやらは違うけど!


「渡会兄こそ変な想像してないか? サターンプレイを許して、後ろ手にコントローラー握らされて、それでもボタンペンペンしながら勝利する。それはゲーマーとして当然だろう」


 若杉先生はニヤリとしている。

 本人はきっとやりこめたつもりなのだろう。


 まあいい、ここは乗っておいてあげよう。

 たまには優位な気分にさせてもらうのも悪くない。


「そんな男子生徒いるわけがないでしょう」


「そ、そ、そうなんだけどな。それでも万一は万一、絶対はないだろう」


 言い淀んでるんじゃありませんよ。

 ああ、もうなんと返したものやら。


「わかりました」


 とりあえず返した適当な言葉。

 それを契機に若杉先生の表情が戻った。

 いかにも大人の、小粋な微笑み。


「ま、そのくらいは私にも信じさせてくれよ。渡会兄さえ再び盗撮しなければ、証拠握っておく必要なんてないんだからさ」


「……わかりました」


 同じ返事を繰り返すしかないじゃないか。

 意味は全然違うけど。


 灰皿にくべた写真とネガが燃え尽きる。

 若杉先生がコップで水をかけながら問うてきた。


「やっぱりこれから授業に出るつもりか?」


「はい」


 「ふう」と、軽く吐息が漏れた。


「じゃあしかたない。私から一つだけアドバイスをしておこう」


「アドバイス?」


 その黄色がかった瞳で、俺の目をじっと覗き込んでくる。


「『俺は天才だからいじめられる。他の奴等が俺をいじめるのは凡夫だから。クズに俺は理解できない』、そのくらいに思っとけ」


 ちょっ!


「『反省しろ』って言ったばかりじゃないですか!」


「『盗撮をやめろ』とは言ったけど『プライドを捨てろ』とは言ってないよ」


「でも……」


「さっき引っかけたのは悪かった。でも半分は本音。田蒔のお尻を見て『若いっていいよなあ』くらいは思ったぞ。盗撮を忌み嫌っているはずの私にそんなこと思わせるのは、天才でしかなしえない技だろ?」


「もう引っ掛かりませんからね!」


 若杉先生が、その女性にしては高い背を折り曲げながらお腹を抱えた。


「あははは、別にいいさ。私だって教師に相応しくない事言ってるのはわかってるし、真に受け取られても困るからな」


 大口を開けながらけたけたと。

 まったく……。


「いったいどこまで本気なんですか」


 若杉先生がタバコを咥え、火を点ける。

 煙を吐き出し、目を伏せながらゆっくり口を開く。


「全部本気だよ。そう思ったところで何も解決しないけど、心の慰めにはなる」


「はあ……」


「肉体が傷つく分には私が治せる。だけど精神こころは治せないからさ」


 この人なら精神でも治してくれそうだけどな。

 そう思えるくらいにいい人だし、頼りがいがある。

 でもそれを口にはすまい。


「ふん。せいぜい先生の功夫の時間を減らさない様に努力してみますよ」


「はは、いい子だ。行ってこい!」


                ※※※


 教室へ向かいながら思う。

 なんか……一樹が羨ましい。


 これまでの俺の人生、肉親以外でここまで親身になってくれる大人がいただろうか。

 親身になってもらう必要がないほど、可も不可もない人生ではあった。

 今みたいな最悪な状況はなかった。

 それでも一樹になってよかった。

 ほんの少しだけだが、そう思ってしまう。


 一方で何だろうか。

 このモヤモヤした気持ち。

 さっき若杉先生が頬を赤らめるのを見てからずっとだ。


 この世界だと、程なく若杉先生は金之助に攻略されてしまうだろう。

 元の世界の言葉で言えば、ぶっちゃけチョロインにあたるし。


 でも、イヤだ。


 若杉先生に恋をしているわけではない。

 それは間違いない。

 あんな怪物、俺の手に負えるわけもないし負いたくもない。

 だったら二人が何をしようと、俺には関係ないはずだ。


 それでも……若杉先生にはずっと先生のままでいてほしい。

 金之助に汚されたくない。

 お尻ペンペ──かつて画面の前であんなに喜んだ場面を、今は絶対見たくない。


 そう思ってしまうのは俺のワガママなんだろうか。

 それとも俺がガキで童貞だからなんだろうか。

 あるいは今、一樹の肉体の影響を受けているからだろうか。

 まさかギャルゲー世界で、こんなこと思い悩む羽目になろうとは……。


 くよくよしても仕方ない。

 戦場に向かおう。

 そして精一杯戦おう。

 若杉先生の功夫の時間を減らさない、その言葉を違えないために。


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