67 1994/11/29 tue 出雲町駅:『情報は武器、それを得るための図書館こそ力の源泉なり』って
出雲町駅到着。
検査結果は異常なし。
予想より早く病院が片付いたので「定期券を買うべく駅に行こう」という話になった。
購入書に必要事項を記入してマロ券と一緒に提出。
定期券を受け取ると同時に、二葉がニヤつく。
「ね? ちゃんと使えたでしょ」
「うんうん」
定期の中央にもバラを咥えた華小路の顔。
マロ券もそうだったけど、このセンスはどうにかならんか。
二葉が定期券をひらひらさせる。
「これで今日の放課後は、心置きなく金ちゃん尾行できるね」
「は?」
「だって金ちゃんの行動範囲って出雲町と天照町なんでしょ? もう電車乗られても大丈夫じゃん」
「いや、そうじゃなくて。今、尾行とか言った?」
「内調のスパイさんが何言ってるのさ。金ちゃんを保健室から追い出したのはBさんとのイベント起こさせるためでしょ?」
「そら、まあ」
「だったら、あたし達はその後を追うのが効率的じゃない。何の手掛かりもない以上、金ちゃんの本能に賭けるのが上策と思う」
「お前、そんなこと考えてたわけ?」
二葉は呆れ顔。
「まさか何も考えてなかったとは言わないよね?」
「すまん。Bさん探しはするつもりだったけど、具体的には考えてなかった」
今日これからどうなるかすらわからないのだから。
何も起こらないとタカをくくっていた病院ですら、あんな事態になったわけで。
いや、それ以前にコンビニだってそう。
初っぱなから先が読めないのに、今後の事なんてわかるものか。
二葉が肩を落として溜息をつく。
「はあ……『呑気ね』って言いたいところだけど仕方ないか」
「ん?」
「アニキが無事に放課後迎えられるかってのが、そもそも怪しいしね」
気遣ってくれたつもりなんだろうけど、トドメさしやがった。
「それを言うなよ。でも部活は?」
二葉は部長。
練習の指揮を執ったりするはずなのだが。
「昨日の今日だし『アニキ見張るから』ってことにして休むよ。あとは芽生に頼んどく」
「芽生に?」
「副部長だから。クラス行ったら『よろしく』って声かけとく。たまには芽生にも華持たせないとだし、あたしが頭下げてあげれば喜ぶだろうし」
やっぱり純粋とは言い難い。
ただ、口とは裏腹に表情は忌々しげ。
ホントは「よろしく」なんて言いたくないのがよくわかる。
「あとそれ以前にさ。金之助が今日学園に来てる保証はあるまい」
「大丈夫。もう手を打った」
「はあ?」
二葉は得意満面。
「朝方、金ちゃんの家に電話掛けてさ。『相談があるから、放課後珍宝堂前に来て』って言っといた。あとは約束をすっぽかせばいい。人の往来激しいしデパート客で賑わうから、あたし達も隠れやすいでしょ?」
「お前……」
言い直す、こいつは絶対に純粋じゃない。
「何か言いたげだけど、今は手段を選んでるとき?」
「いや、手回しいいなあと感心してしまっただけ」
二葉の顔が緩む。
それはそれで本音だし。
これが一般人相手なら早朝の電話ってところに引っ掛からなくもない。
だけどヒロインからの電話なら、金之助はむしろ喜んで飛び起きるキャラだ。
「とにかく放課後は、授業終わったら待ち合わせ。おっけー?」
「おっけー。んじゃ学園行こうか」
※※※
出雲学園の校門を抜ける。
銀杏並木の坂を登り切り中央棟へ。
すると二葉が右に折れ、呼び寄せてくる。
「アニキ、こっち。図書館は西棟の更に向こうだから」
そういえばそうだった。
文字通り図書「館」だっけ。
──図書館到着。
独特の澄んだ空気に、この場が図書館であることを実感させられる。
外観は校舎と同じくレトロ。
しかし中はやっぱり近代的、そして広い。
ぱっと見はゲームの中の光景と同じだけど、奥行きが全然違う。
上の階もある。
「すげえ。一介の高校の図書館じゃないぞ」
「なんせ学園の威信を賭けて建てた代物だからさ。『情報は武器、それを得るための図書館こそ力の源泉なり』って」
出雲学園のくせして、なぜかストレートにまともな言い分だ。
本棚の横にはジャンルを示した表札。
法律学とか医学とか、どうみても高校の図書室に必要なさそうなジャンルまで。
これは相当使えそう。
きっと今後の生活における拠点となってくれるに違いない。
二葉が図書館の片隅へ歩いていく。
突き当たった先にはパソコンが一〇台並べられていた。
それもプリンタとセットで。
視聴覚室でもあるまいに、やっぱり贅沢な学園だ。
「【COMEPACK】?」
パソコンの筐体には、そう書かれている。
「DOS/V互換機のメーカーだよ。数年前にコメパック・ショックって価格競争を引き起こして、海外では一気に急成長したんだ。日本じゃやっぱり98が強いけどね」
ああ、聞いたことある気が。
元の世界だとHPが頭文字な企業に買収されたんだったっけ。
急成長した企業が元の世界では名前も残ってない。
まさに諸行無常の栄枯盛衰。
強かったはずの98ですら、俺が父親からもらった時には既に開発中止してたし。
二葉がフロッピーディスクを取りだしてパソコンへ。
ソフトを起動し、印刷を始める。
やっぱりプリンタはカメの歩み。
ウィーイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン、ガシャ。
ウィーイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン、ガシャ。
一分四枚だものなあ。
レーザープリンタの形そのものは元の世界と同じなんだけどな。
そんなに枚数無いからいいけど、ネットページとかの大量印刷だったらぶち切れるぞ。
その前に、この時代にはネットがないんだけど……。
「どう? 早いでしょ?」
「ああ、そうだな」
ニコニコする二葉に笑って頷く。
昨晩話には聞いていたが、こうして目の当たりにするとイライラして仕方ない。
こんな変なところだけ自分が未来人だということを実感させられる。
未来人ならもう少し何かのメリットがあってもいいだろう。
過去に介入できるのがお約束ってものじゃないのか。
「禁則事項」なんて昔流行った言葉、俺にはその中身が全く思い浮かばない。
……ようやく、打ちだし終わった。
「じゃアニキ、あたしは授業出るね」
「その前に案内して欲しいコーナーがあるんだけど、いいか?」
「どこ?」
「新聞や雑誌のバックナンバーコーナー。これだけの規模の図書館ならあるだろ?」
──二葉の案内に従って二階へ。
「ここ。新聞各誌の年鑑はもちろん、教養から娯楽まで大抵の雑誌はある」
これは助かる。
今の俺に必要なのは、とにかくこの世界の知識だ。
演技する上でというのもあるが、それだけではない。
ここまで出てきたキャラの親は、その全員が何かしら業界での有名人。
当然新聞や雑誌でも名前が出てくるはずだから。
直接役に立つかはわからないが調べておくに越したことはない。
目を通している内に見えてくるものだってあるかもだし。
何より、これで独りでも調査できる場所が手に入った。
いつも二葉を付き合わせるわけにはいかないからな。
「これでいい?」
二葉が首を傾げながら聞いてくる。
プリンタなんかより、こっちに自信を持ってくれ。
「最高、文句なし」
「よかった」
「それじゃ俺は部室行ってから若杉先生のとこ出頭するよ」
「また放課後ね」
※※※
部室に到着。
カメラを手にし、再び外へ。
アイのマッサージの効果はどんなものなのか。
ひとまずスーパー一樹抜きで試してみたい。
もちろんパンツ以外。
何かいい被写体はないか。
──東棟を出る。
校庭にはブルマ姿の女の子達がいっぱい。
この時代の体育の授業はまだブルマだったんだな。
ああ、なんて若くてぴちぴちはつらつ。
こんなおっさんくさい表現をしてしまうくらいに格好の被写体。
しかしこんなの撮影しようものなら、またもや盗撮魔扱いに逆戻りしてしまう。
中央校舎裏手へ、バイク置場を通りかかる。
緑色のバイクは止まっていない。
龍舞さんはまだ来てないのか。
お、ちょうどいい人を発見。
白衣姿の若杉先生が校舎へ入っていく。
ここからなら気づかれないはず。
もし仮に見つかっても、この人なら大丈夫だろう。
──カシャリ。
うーん、本来の自分より巧く撮れたつもりだけど。
カメラに指が吸い付く感触。
だけどこれは日曜日にカメラを手にした時点でも感じていた。
昨日みたいな撮影した後で愕然としてしまう様な感覚はない。
まあ、目的は果たした。
昨日の盗撮写真と一緒に現像しよう。




