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66 1994/11/29 tue 出雲病院中庭:きっとじゃぞ! 絶対じゃぞ!

 ──目覚めると、病院の外で寝ていた。


 正確には芝生の上。

 どうやら中庭らしい。


「大丈夫?」


 先に目覚めたのであろう二葉が傍らで見つめていた。

 寝た……正確には気を失ったからか、先程までの悪寒は消えていた。


 アイの姿はない。

 上体を起こしながら、二葉に返答する。


「アイは?」


「いるぞ」


「ぎゃああああああああ!」


 二葉が叫びながら抱きついてきた。

 完全に怯えきっている。


「小娘、しつこい」


 アイの声はすれども姿は見えない。


「こ、こ、小娘に小娘よば……わ、わ、わ、わりなんてされたくないもん!」


 いつもの歯切れの良さがまったくない。


「二葉、もしかしてお前って……」


「オバケ平気な人がいるわけないでしょ!」


 それもそうだな。


「で、アイ。どこにいるんだよ」


「霊力使いすぎたんでオフにしとる。声だけ聞こえれば会話には事足りるじゃろう。ワシが見えない現在こそが普通なんじゃよ」


「何を言ってるか、まるで理解できない」


 ついでに何をどうしてこうなってるかも全くわからない。


「それはワシのセリフじゃ。兄様にいったい何があった?」


「何があったって?」


「まず一つ目。兄様の体に入ったお前は誰だ?」


 ちょっ!

 向こうから俺の顔が見えているのかわからない。

 でも努めてさりげない素振りを装う。


「誰って? 渡会一樹その人だが?」


「肉体はな。幽霊相手に誤魔化せると思うなよ」


「どんどん言葉の意味がわからなくなってきたんだが」


「幽霊のワシは魂そのものが見えると言うことじゃ」


 ぶっ!


「だ、だ、だったら最初からそう言い、言い、言いなさささいよ! あ……あ……『兄様』とか呼んで、そんなの気づかない振りしれららない!」


 二葉が先に突っ込んだ。

 小娘呼ばわりされたせいか、何か言い返さないと気が済まなくなってるのだろう。

 気丈な二葉らしくはあるが、哀れかな。

 舌がぜんぜん回ってない。


「バカか小娘。魂が別人なのはわかっても、何が起こっとるかまではわからんじゃろうが。様子見るのが当たり前じゃ」


「バ、バ、バカなんかじゃないもん! だいたい他人様のアニキ捕まえて、て、て、何が『兄様』よ!」


「そんな親しげに呼びかける幽霊相手に初対面な反応しといて、誤魔化せると思う時点でバカじゃろうが」


「ぐっ」


 二葉がやりこめられた。

 むしろ、バカにされてるのは俺の方なんだが。


「そこのお前! 兄様はどこいった!」


「すまんが俺の方が聞きたいよ」


「黙れ! ワシの兄様を返せ!」


 感情で突っ走る辺りが、やっぱり子供だ。


 でもこの態度はいったいなんだ?

 どう見たって、アイは一樹を慕っている。

 この二人にゲーム内での関係なんてなかったはずだが。


 今度は二葉が叫び返した。


「『ワシの』って何よ! 一樹はあたしのアニキだ!」


 なんだかんだ言って、こいつはやっぱりブラコンだ。

 口調まで戻った。


「そうか、小娘が話に聞いてた兄様の妹か」


「そうよ。だったらどうかしたの?」


「実妹だからってえらそうにすんな! この醜女!」


「し、し……しこめぇ!? あんたこそ幽霊だからってえらそうにすんな!」


 子供相手に大人げない。

 怖いのと人外相手なのとで混乱してるんだろうが。


「黙れ! 兄様はワシの兄様じゃ!」


 このままじゃ話が進まない。

 罵り合いを続ける二葉の肩を叩く。


「あ……」


 二葉は我に返ったのか、口を閉じた。

 さてと。


「アイ、まずは俺の話を聞いてくれないか?」


 こうなった以上、隠す必要はないだろう。

 人外だからバラす相手もいないはずだし、


「……わかった」


 どことなく気まずそうな返事。

 すぐ感情的になる辺りは幼いが、それなりの分別は持ち合わせてるっぽい。

 まさに見たままのロリババアだ。


 ──これまでの経緯を簡単に話す。


「事情はわかった。そういうこともあるんじゃのう」


 納得してくれた様子。

 こちらからも聞きたいことは山ほどあるが、先にアイの疑問を片付けよう。


「さっき『一つ目』と言ったな。二つ目はなんだ?」


「いったい何をしたんじゃ? 魂の緒が腫れあがっとったぞ」


「ごめん。まったく何を言ってるかわからない」


「じゃあ後で話す。とにかく、さっきロビーでワシの姿が見えたのもそのせいじゃ。もしかして他にも霊がみえんかったか? あと気分悪くなったりとか」


 あの白っぽいのは霊だったのか。


「ああ。でも今は見えないし、悪寒も止まったぞ」


「ワシのゴールドフィンガーで緒のズレを治してやった、感謝しろ」


「それってどんな技だ!」


「ワシの父様は凄腕のマッサージ師。その娘かつ一番弟子だったワシも指先一本で肉体から魂まで修復操縦に気絶させるまで自由自在じゃ」


 お前はどこの拳法使いだ。


 あっ……でも、そういう設定あったな。

 肩を揉まれた金之助が「至福の境地」とイキそうになったシーン。

 「パパがマッサージ屋さんだったから教えてもらったんだ」と言ってたっけ。

 たったそれだけの話が、まさかこんな形でつながっていようとは。

 しかもその前のセリフは「お兄ちゃん、キモチいい? えへへ」。

 あんな可愛らしかった子が、一体どうなってこんな話し方してるんだ?


 ツッコミたいのは山々だが、黙ってアイの言葉に耳を傾ける。


「お前がロビーで見たのは、ワシの実の姿であり死んだ時の姿。本来、普通の人間には見えないはずなんじゃ。わしとよほど波長が合うか霊能力者を除いての」


「その波長というのは一八歳未満・純粋・ケガをしているということか?」


 これが「上級生」で語られるアイを見るための三要件。

 俺は一八歳未満でも純粋でもない。

 二葉はケガをしてない。

 純粋な面もあるが、立ち回りを見ると言い切るには微妙な面もある。

 だからゲーム通りなら俺達には見えない。


「それは化粧しとる時のワシの、かつ最小限しか霊力使ってない状態の時の話じゃの」


「化粧?」


「ワシとて醜い姿でいたくない。普段はエクトプラズムで覆って、生きとった頃の姿を模しとるんじゃよ。髪型に髪の色と衣装はオリジナルじゃが」


「ふむふむ」


 ピンク色の髪した人間なんて、染めてもなければいるはずないしな。


「その要件一つ一つが霊力を高めるものでの。三つ揃えば化粧した状態のワシなら見える。そういう理屈じゃ」


 二葉が問う。


「でも、さっきはあたしだって見えたじゃない」


 ふっ、と明らかに小馬鹿にした笑いが聞こえる。


「バカか、小娘。『最小限』と言ったろうが。その気になれば霊力濃くして誰にでも姿を見せることは可能。霊力も無限じゃないから、普段は使用を差し控えとるだけじゃ」


「そんな人外の理屈なんて知らないわよ!」


「ワシを見て気絶しただらしない小娘の代わりに、誰が兄様をCT室まで運んでやったと思っとるんじゃ。その時点で気づけ」


「気づくか! 空間からいきなり女の子現れて、気絶しない方がどうかしてるから!」


 ここまで二葉が一方的にやられるなんて。

 しかし……。


「その小さな躰で、どうやって俺達を運んだんだ?」


「霊力をアップすれば力も出せる。ただ消費も激しいから、こうして霊力を切る時間も必要というわけじゃ」


「はあ……」


「話を戻すがの。魂が入れ替わるのはワシとて見たことがない。ただ察するに、なんかの拍子で緒に霊力がブーストしてしまったんじゃろう。心当たりはないか?」


「心当たりぃ?」


 声がひっくり返ってしまう。

 現状をありのまま認めるのが精一杯なのに、心当たりなんてあるはずもない。


「例えばじゃが、臓器移植を考えてみよう。記憶転移の現象がある通り、臓器もそれ自体記憶がある。それどころか能力まで移転することだってあるし、移植された者の行動を支配することだってある」


 なんかそんな漫画あったぞ。

 天才サッカープレイヤーだった兄の心臓を移植された弟が、時折兄としか思えないプレイをするみたいな。

 この時代にその漫画はないから、一般常識として話してるのだろうけど。


 アイが続ける。


「臓器に記憶があるなら肉体に記憶がある。魂に肉体を移植したと考えれば臓器移植と同じじゃ。肉体がお前の意思と無関係に動くこととかなかったか?」


 ん!?

 あ……ああ! 昨日の!

 勝手に体が動いてシャッターを切ってしまった!


「……あった」


「それなら話が通じそうじゃの。その肉体の行動を無理に抑え付けようとしなかったか? あるいは意思に反して無理に操ろうとしたとか」


 無理に……無理に……あっ!

 もしかして、芽生のアンスコ!


「操った。無理矢理思いこむことで一樹の能力を発揮させた」


「それで緒に負荷がかかって腫れ上がったんじゃ。きっと兄様にすれば、よっぽどイヤだったんじゃろうのう」


 一樹にとってアンスコを撮るのは、そこまで主義信条に反するのか。

 下半身を包む、同じ外骨格じゃないか。


「じゃあ原因はそれとしてだ。俺はどうすればいい?」


「お前じゃどうにもならんじゃろ」


 このガキ、なめてるのか……おっと、いけない。


「茶化すなよ。なんか対策があるから言ってみせたんだろ?」


「仕方ないのう」


 ひぃっ!


 空間にうっすら人の輪郭が浮かんだ。

 おぼろげにだんだんとアイの姿が現れてくる。

 こ……こんなの超常現象以外の何物でもない。

 これは二葉じゃなくても気絶するわ。


 完全にアイが現れた。

 やっぱりムスっとしながら、俺に向けて両手を突き出してくる。


「動くなよ」


 アイは両手を突き出したまま近づい、て!?


「ぎゃああああああ、手がっ、手がっ、アニキの中に!」


 二葉が叫ぶ。

 俺の側は固まってしまって声が出ない。

 動くなという前に、体が硬直してしまってる。

 まるで金縛りにあったよう……って、金縛りそのものじゃないのか!?


「静かにしろ、小娘。人目につくじゃろうが」


 アイが目をつぶる。


 ……ん?


「あ、あひゃ、あひゃひゃひゃひゃ。やめろ」


 痛くて、くすぐったくて、それでいて気持ちいい。

 この感覚はなんなんだ。


「お前も黙れ、集中できん」


 あ……なんだか体の芯が熱い。

 頭がぼーっとして、まるでとろけそう。

 もしかして金之助は肩を揉んでもらった時,こんな心地だったのだろうか。


「アニキ……よだれまで垂らして、なんてだらしない顔を……」


 これは絶品なんてものじゃない。

 ああ、まさに極楽……なんかお星様が見える……。


「終わったぞ。ったく、霊力の無駄遣いさせおって」


 ──はっ。


 気づくとアイはまた消えていた。


「いったい何をしたんだ?」


「魂と肉体を結ぶ配線をいじった。あとは一晩もリハビリすればお前の意思でその肉体を動かせる」


「リハビリ?」


「自分の意思で肉体能力を発揮する、あるいは制御する練習ってことじゃ。要するに無理した時や暴走した時の事を再現すればええ」


「わかった」


 これでアイの側からの話は終わったかな。

 次は俺の番──


〔番号札52番の患者様。繰り返します番号札52番の患者様。検査結果が出ましたので至急CT室までお越し下さい〕


 アイがぼそっと呟く。


「52はお前じゃ、はよいけ。札は小娘の上着ポケットに入れてある」


「ここ中庭だぞ。こんなとこまでアナウンス流すのか?」


「ここは医者にナースに患者まで、いつどこでちちくりあうかわからん病院じゃからの。どこでも聞こえるようにアナウンスを病院中に流すんじゃ」


 まさに男の願望、さすが一八禁。


 そんなことはどうでもいいな。

 行かないと。


「じゃあ行ってくるよ」


 アイの姿がうっすらとだけ浮かんだ。

 いかにも寂しげで自信なさげな上目使い。


「ま、ま……また来てくれるかの?」


「ああ、また来るよ」


「きっとじゃぞ! 絶対じゃぞ!」


 アイの顔がパアっと緩む。

 これだ。

 この表情こそが「上級生」におけるアイのデフォルト顔。


 ああ、やっぱり、こいつはアイなんだ。

 わかってはいる。

 だけど改めてそう思ってしまう。

 聞きたいことは山ほどあるから、言われなくともどうせ来る。

 そう思う自分がゲスに思えるほど、アイからは純粋な思いを感じ取ってしまう。


「きっと絶対くるよ。じゃあ二葉、行こうか」


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