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64 1994/11/28 mon 自室:騙されてたっていいんだよ!

 ベッドに潜る。

 恒例となった一日の総括だ。


 まず、ちょっと気になることがある。

 「六法全書」を本棚から取り「軽犯罪法」を捲る……やっぱり。


 どこで調べたのか、法解釈やら判例やらを書いた付箋紙が貼ってある。

 つまり一樹は若杉先生の話した内容について知っていたということ。

 一樹なら知っているのかもと思いはしたが、さすがというべきか。

 あれ以上、法的問題をつっこまれなくてホントによかった。

 心底ぞっとする。

 他の法律にも付箋が貼ってあるっぽいから、時間のあるとき読んでおこう。


 明日やるべきことを考えよう。


 まず二葉と一緒に病院。

 そう言えば病院にもヒロインがいたな。

 正確にはヒロインもどき。

 数尾先生みたいにヒロインのなり損ないではなく、正式なヒロインではある。

 だけど、とにかく色んな意味で「もどきさん」だ。

 まあ、二葉にも芽生にもヒロインBにも関係ないからどうでもいい。

 そもそも俺に「もどきさん」を見つけることはムリ。

 彼女はそういう属性だから。


 その後は図書館行ってノートの印刷。

 どの程度の蔵書があるかも見てみよう。

 もしかしたら一ヶ月を過ごすにあたって心強い味方になるかもしれない。


 プリントアウトし終わったら、二葉と別れて、写真部部室へ。

 写真を現像して、ネガ持って、若杉先生の元へ出頭してと。

 その後を考えると気が重くなる……果たして何が起こるのか。


 そう言えばハンダゴテ返してなかった。

 これは若杉先生に甘えて、保健室で預かってもらおう。

 できれば数尾先生とは顔を合わせたくない。

 要らぬトラブルを避けるためじゃない。

 単に不快だ。

 二葉の話を聞いて、もっと不快になった。

 あの人が仮にヒロインとして採用されていたらどんなルートだったのだろう。

 理想と現実の狭間で揺れる社会人の姿?

 そんな生々しいエロゲーなんて御免被りたい。


 終わった、寝よう。

 灯りを消して、ベッドに潜る。



 

 ……眠れない。


 昼間の芽生のアンスコが頭に焼き付いて離れない。

 見ただけでも引き締まっていて、それでいてぷりっと弾力ありそうなお尻。

 それが青色のアンスコによって、より瑞々しく映る。

 男なら欲情して当たり前だ。


 さらに、アンスコと肌の境目からすらりと伸びる長い足。

 細くてまっすぐで、それでいて肉付きもしっかりしている。

 現実のオンナに言わせれば「ガリガリの栄養不良」。

 しかしそんなことはない。

 絶妙のバランスをとれるラインというのがあるのだ。

 その証拠に芽生の脚はなんと健康的なことか。


 しかも今日はそんな女の子に窮地を助けられたのだ。

 その裏にどんな思惑があったっていいじゃないか。


「一樹君、大丈夫?」


 ああ、あの瞬間を思い出す度、股間がいきり立つ。

 このカラダはなんて若いんだ。


 いいんだよ!

 騙されてたっていいんだよ!

 むしろ、あざといからいいんだよ!

 「もしかして俺に……」って思わせてくれるじゃないか!

 そんなことないのはわかってても夢を見たいんだよ!

 芽生みたいな美人なら何やったって正義なんだよ!


 現実で騙されるわけにいかないのはわかっている。

 でも妄想の中くらいはいいじゃないか。

 誰にも迷惑をかけないんだから。


 ああ、ちきしょう。 

 仕方ない、日課だ。

 生理現象はどうしようもない。

 二葉だって「するなとは言わない」と言ってたし。


 俺も同じ過ちは二度と繰り返さない。

 結局ゴミを出す日を聞きそびれたし、明朝はまた二葉が起こしに来そうだからこの部屋ではできない。


 だとすればトイレか。

 よし行こう。


 ──ひゃあ!


 ドアの前に立った瞬間、ノック音が鳴る。

 開けてみると二葉がいた。


「ノックしたばかりなのに出るの早かったね」


「ちょうどトイレ行くつもりだったから。どうした?」


「夕べのしゃぶしゃぶの材料を利用して『けろまん』の改良版作ってみたから味見してもらおうと思って」


 はあ?


「お前、この時間に何してんの?」


「だって急ぐんでしょ?」


「いや、それ以前。別にそこまでする必要ないだろ」


「『代案もなしに否定することなかれ』っていうじゃない」


「今回は代案なしの言いっぱなしでいいと思うぞ」


「ううん。歯に衣着せず率直に言わせてもらうつもりだから」


「はあ……」


 お人好しにも程がある。

 でも今回はそれだけじゃなさそう。

 言葉には若干の怒気が篭もっている。

 よっぽど不味さに腹が据えかねたんだろうな。


 二葉が「けろまん改」を差し出してくる。


「家にある材料かき集めて、なんとかそれっぽく仕上がったとは思う」


 ぱくつく。


「ん!?」


「どう?」


「普通に食べられるな。この風味はカレー?」


 二葉がこくりと頷く。


「カレー粉は化学調味料と並ぶ魔法の調味料だからね。入れすぎるとカレーまんになっちゃうから、味がまとまる程度に混ぜてみた」


「なるほど」


 元の世界でもカレー好きなカエル型宇宙人はいたし。

 その意味でも正しい方向での改良だとは思う。


「あとはこれにハラペーニョ入れればそれっぽくなると思う」


「店長はどうして最初からそうしなかったのか、不思議で仕方ないよ」


「んじゃ明日、病院の行きがけに寄って感想伝えるわ」


「ああ。それじゃ俺はトイレ行くから」


 通り過ぎざま、背中から二葉が呼び止めてくる。


「アニキ、言い忘れたことがあった」


「何?」


「『するなとは言わない』って言ったけど、トイレではやめてね。あたしも使うんだから」


 ぶっ!


「まるで今から俺がそうするみたいな言い方だな」


 そうするつもりだったのだが。


「被害妄想過ぎ。単に言い忘れてただけだよ」


「別にいいけどさ」


「次の燃えるゴミの日は水曜日だから覚えておいて。部屋の外に置いといてくれればあたしが持っていく。もし自分で出すなら、家を出て右手に歩いた最初の交差点にある電柱がゴミの収拾場ね」


「わかった。でもきっとお前に頼むことはない。自分のことは自分でやる主義だ」


 こう言っておかないと、頼まなかった日イコールいたした日になりかねない。

 そこまで監視されるのはさすがにイヤだ。


「そうしてくれると、こっちも手が掛からなくてありがたいよ」


 二葉が微笑む。

 きっと悪気はないんだろうなあ。


 でも思い切り気勢をそがれた。

 だからといってトイレに行かないのも怪しまれる。

 小用だけ済ませて、とっとと寝ることにしよう。


「んじゃ、おやすみ」


「アニキ、おやすみ」


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